夜を支配する魅惑の女王

「すいませーん、ブラックバード・デリバリーでーす」


 これは、チーム5D’sに所属していた頃のクロウ・ホーガンの小さな物語。
 面白くもなんともないけれども、少しだけ変わった恋だった。
 周りから見たらきっと異常で、それでも彼らにとっては真剣な、恋。


「す、みません」


 ドアベルを鳴らした数秒後。
 開いた扉の隙間から見えたのは金糸の髪と、真紅の瞳だった。

 麗しいを代名詞にしてもおかしくないくらいに、艶やかで綺麗で。
 サテライトで育ってきたクロウにとっては、少なくともこのときまで見たことの無いような細い金色と深い赤。
 形容するならば――宝石のような。


「……あ、お届けもの、です」


 暫く、我をわすれて見つめていた。恥ずかしさに思わず咳払い。
 手に持った箱の重みがじんじんと響く。

 サインお願いします、と促しながらも、俺の目は彼女を眺めていた。
 と、気付く。


(……おかしくねーか?)


 太陽が真上に照りつけるこんな日に、全身が隠れるようなローブ。
 まだお世辞にも寒いとは言えない。まして、今は真昼間。夜ならまだしも、流石にTPOを忘れているとしか思えなかった。


「……暑くねーのか?」
「え……」


 あ、しまった……やっちまった。と口を濁す。
 クロウはどうやら思ったことを口に出してしまいやすいらしく、それで損をしてきたことも何度かあった。

 しかし、まぁ、戸惑っている。
 どうしようか、謝るべきか。
 自問自答しつつ考えてたら、彼女が桜色の唇を開いた。


「……私、太陽が苦手なんです」
「は?」


 あ、やべぇつい素が出た。と、また失言。
 すんません、と頭を垂れると彼女は口元に弧を描かせた。


(……あ、れ?)


 何故だろうか。自身に起こった現象に、クロウは疑問を抱く。
 心臓が――跳ねたのだ。強く。
 そんなクロウを知ってか知らずか、彼女は続ける。


「生まれつき肌が弱くて。なるべく肌を隠して過ごしてるんです」
「それって……大変じゃねえか」
「もう慣れました。それに……」


 若干うつむき加減になる。なぜか、凄まじいオーラを感じた。
 目元に影が射して――


「夜があたしの時間ですから」


 ぞっと背筋に怖気が這った。
 さっきまでおどおどした表情を見せていた彼女とは別人のような、妖艶な微笑みでクロウをみていた。







 ――程なくして、クロウの配達が終わる頃。

 すっかり夜も更け、彼の愛車であるブラックバードは夜の闇に混ざりつつ道を疾走していた。
 シティと言えど、やはり街灯が少ないところもある。視界が決していいわけではないのだが、サテライトで慣れていたのであまり関係ない。


「しっかし、まぁ……」


 今日会ったあの少女の事が脳裏に焼き付いて離れない。
 仕事は仕事、と割りきってはいるものの……何故か、最後に見せたあの妖しい笑顔が消えないのだ。

 うすら寒い、妖艶な笑顔。しかしそれでいて、物憂げで、美しいとすら感じたあの笑顔。
 忘れられない。消えない。まるで恋煩いでもしているような感覚に陥って、誰に向けるでもなく苦笑い。


「……ん?」


 気づけば、眼前に見覚えのある風景が広がっていた。
 クロウはブラックバードを止めて少し目線を上にあげる。

 確かここは、今朝の――。
 ……どうやら、知らぬ間にあの少女の家の前まで来ていたらしい。

 じっと、家を見つめる。
 窓から明かりは漏れることなく、ただ深深と黒く立ちはだかる。
 いないのだろうか。あの言葉の通り、「夜が彼女の時間」だとすると――


「夜がアイツの時間……か」


 いったい何を考えているのだろう。
 あの人は配達先の女の子で、おそらくもう会うことはないはずの人物。

 これ以上彼女に関係することは考えない方がいいだろう。
 と、再びブラックバードを走らせようとし、地面に目線を移すと――


「……カード?」


 クロウにとっては見慣れた形のものが、地面に落ちていた。
 ブラックバードのエンジンを落としそれに歩み寄ってみると、想像した通りにカードが落ちている。
 手に取り、表と裏を交互に見る。

 見たことのないカードだった。

「妖月女王……? ……掠れて読めねー」


 随分と古そうなカードだな。
 とかなんとか考えつつ、無理矢理カードの文字を読もうとする。
 しかし字の掠れと夜の闇とがあいまって、やはり見えなかった。


「……ん?」


 絵も、見えない。
 ただ一ヶ所、このカードに描かれた"目"以外は。
 そしてその描かれた目は――


(……似てる)


 今日見かけたあの少女が、自分に見せた最後の笑顔の赤い目に。
 ……ここまであの子のことを思っているとは、流石に自分自身も思っていなかったが、疑い様もないくらいに似ていたのだ。

 持ち主の分からぬカードをどうするべきか。クロウが首を傾げたその時に、こつんとヒールの音がなった。


「すみません、そのカードあたしのなの」
「あ、悪ィ」


 後ろからかけられた声に振り替える。何の疑いも、ためらいもなく。
 その灰色の瞳に映ったのは――


「……っ!?」
「今朝ぶり、ね?」


 ふふ、と美しく笑むのは、クロウが一日中思い描いた彼女。
 ルビーのような瞳、金糸のような髪。
 今朝はローブに包まれて見えなかった絹のような肌。
 女王と比喩されてもおかしくないような、美しさ。

 また、見つめてしまう。
 ただ今朝と違った感情を抱いて。
 何故なら彼女は、彼女の背中には――


「は、ね……?」
「ええ」


 まるでカラスのような、黒い羽。クロウのデッキに組み込まれたBF達のような、漆黒。
 彼女はそれを隠そうともせずに、その羽を羽ばたかせて少しだけ浮いた。
 にっこりと笑って、彼女はクロウの手元のカードを指差す。


「そのカード、あたしなの」
「……は?」


 思わず、カードをもう一度見る。すると――

 自分の手元に影が落ちる。
 何が――と思えば、彼女が自分の眼前にまで迫っていたのだ。

 ぎょっ、としてカードを落としかけたが、彼女が自分の手に手を添えた。
 何が起こったか分からぬまま、クロウはもう一度カードに視線を落とす。


「……妖月女王、名前……っ?」


 さっきまで掠れて見えなかった文字が、淡く光って浮かび上がる。
 そこにあったのは名前という単語。

 はっとして顔をあげると、彼女は再び小さく笑った。


「名前、それがあたしの名前。あたしは――カードの精霊なの」




夜を支配する魅惑の女王
(これが俺の恋の始まりでした)



title…王さまとヤクザのワルツ
2014.01.21…加筆修正
僕らが生きた世界。