フルムーン──彼女が最もうつくしい夜

「……で?」
「で? じゃねーよ、なんか反応くれよ」


 相変わらず冷めた反応を返す幼馴染みにクロウは思わずため息をついた。解りきっていたことではあるが、少し物悲しいものである。
 あの青い髪のメカニックが居候としてここに加わったあの時も思ったが、もう少し幼馴染に愛想良くは出来ないものだろうか、彼は。幼馴染故に、と言われてしまえばそれ以上なにも言えないが、やはりなんというか、親しき中にも礼儀ありとはいうもので。
 ああでもこいつにはそんな概念ないのだろうな、と考えると頭が痛くなる。


「あ、あのぅ」
「悪ィな名前、少し待っててくれ」


 クロウに声をかけたのは全身をローブに隠した名前。見え隠れする真紅の瞳は酷く朧げな困惑を秘めていた。

 ブラックバード・デリバリーを始めてどれぐらい経ったのかは定かではないが、少なくとも半年以上やっているこの仕事。人との関わりは必然的に多くなるもので、様々な人間を見てきた。が、名前はクロウが今まで見てきた中でどのジャンルにも属さないような存在だった。
 彼女は、人間ではない。カードの精霊≠ニ呼ばれる存在だ。それを証明するかのように、彼女の背中には漆黒の羽がはためいていた。もっとも、今はローブに隠れているが。


「う、うん……」


 妖月女王―名前。
 その名が象徴するかのように、昨夜は悪く言えば人を惑わすような、よくいえば色香のある表情を浮かべていた。が、今はそんな様子は見受けられない。寧ろ自分が邪魔ではないだろうか、とびくびくしながら事の経緯を見守っているのだ。
 夜は私の時間=\―それは比喩でも何でもなく、本当にそうなのだ。夜しか彼女は、自分を出すことができない。


「ふん、信じられるかそんな話」


 遠くで話を聞いていたらしいジャックが突然口を開いた。あの傲慢ヤローは、また自分の話を信じない。もはやこれも予想の範疇であったことが虚しく感じる。
 働きもしないくせに口だけは達者なやつだ、とジャックを睨んでみれば睨まれ返された。座っているくせに、いや、座っているからこそ威厳があるように見える。が、幼い頃から彼を知っているクロウにとってその威厳は何の意味も持たない。というか、数年前の彼ならば幼馴染であっても威厳が意味を成したのだろうが、今は半分ニートと化している状態なので、やはり怖くない。


「しかも、居候だと? これ以上住む人間を増やしてどうする。男四人で生活は精一杯だろう」
「じゃあテメーが働けよ!」
「俺にあった職が無い以上仕方ないだろう!」


 ニートの正当化に務め出したジャックに深いため息が出る。クロウは前述の通りブラックバード・デリバリーとして宅配業を行っているし、遊星とブルーノに関してはエンジンの開発と並行し修理業をして資金を稼いでいるというのに、この男は完全に穀潰しだ。頭が痛くなる。

 ……話は戻るが昨夜、クロウは彼女を拾った。彼女のカードを拾った、というのが正しい表現だろう。
 拾ったカードを再び捨てるなんてことは、サテライト育ちのクロウには出来なかった。カード一枚の価値の重さをよく知っているし、なにより精霊として宿っている名前を傷つけることになるのだから。
 カードを持って帰れば、精霊である名前もついてくる。一定の距離以上は離れられないのは、カードを媒体としてこの世界に顕現しているから、とは彼女の談。
 ともかく、遊星にどうしようかと相談をした次第である。


「あの……私、本当、大丈夫ですから……」
「もう太陽出てるぜ? 外、出れるのかよ」
「うぅ……」


 本来、精霊と呼ばれる存在は普通の人間では見ることができない。精霊に選ばれた人間だけが認識できる存在だ。クロウが知っている精霊を認識できる人間はチーム5D'sのピットクルー、龍可だけ。伝説のデュエリスト、武藤遊戯や遊城十代らも精霊が見えたとされているが、残念ながらそれを確認する術はない。

 では何故、名前はクロウ達が認識できているか。それは精霊を認識する力とは別の神秘的能力が関与しているらしい。

 彼女の昔の主は、サイコデュエリストだった。
 サイコデュエリストというのはカードの力を具現化させる能力を持つデュエリスト≠フことを指す。そんな力を持つ人間達を集めていたらしい秘密結社、アルカディア・ムーブメントが崩壊したのは記憶に新しい。因みに、チーム5D'sにはそのアルカディア・ムーブメントに所属していたことのあるサイコデュエリスト少女、十六夜 アキがいる。アキは能力のコントロールを身につけることに成功している。

 そして名前の主も力をコントロールしつつ、デュエルを楽しむ日々を送っていた。
 しかし悲劇はすぐに起こった。他のサイコデュエリストが力を暴走させ、その暴走のせいで名前の主は命を落としたのだ。
 サイコデュエリストの暴走を抑えるために主人の力で実体化していた名前は、それ以来実体化を解けないでいる。

 そしてその頃から、彼女は太陽に当たれない。太陽に当たってしまえば、その存在が消えてしまうというから驚く。伊達に月の女王を名乗っていない、ということなのだろうか。


「が、頑張りますから……」
「だめだ! 拾ったのは俺だし、最後まで責任持つって」


 クロウの心からの言葉に名前は笑みを溢す。困惑も混ざっていたが、嬉しそうな笑顔だった。遊星が「まだ何も言ってないんだが」と言えば名前は「家事なら出来ます!」とよくわからない答えを返した。それで引き下がったところを見れば了承したようだ。遊星は甘い。
 それを聞いていたジャックの微かなため息は、誰に聞かれることもなく消えていった。







「ただいまー」
「あ、おかえりクロウ」


 クロウが配達を終えガレージへと入っていくと、そこにいたのは青い髪をした居候。その姿はだいぶこのガレージに馴染んできたが、やはり彼一人がこの場にいるのは珍しい。幼馴染み達の姿は何処にもないようで、クロウは目線を左右へと映す。
 不思議に思ったのか居候、ブルーノは首をかしげながらクロウに聞いた。


「クロウ、どうかした?」
「あ、いや……」


 ブルーノは名前のことを遊星達から聞いていないのだろうか。ジャックはともかく、遊星がそんな仲間はずれのようなことをするはずがない。
 そんな考えはどうやら顔に出ていたようで、ブルーノはくすくすと笑って口を開いた。


「名前さんなら外で夜風に当たってくるって」
「そうなのか?」


 確かにただでさえ夜しか外出することが出来ない名前だ。それ以上缶詰にしてしまえば名前の体に異常を来(きた)すだろう。そこまで行動を制限するつもりもない。
 しかし、夜も更けている。暴漢などに会わないとも言いきれないし、少し不安だ。シンクロモンスターだし実力行使に出ることもありえるが、それはそれでセキュリティが面倒。


「ちょい探してくる」
「いってらっしゃい」


 ブルーノの声を背後に、クロウは駆けてガレージを出ていく。
 ひやりとした風がクロウの頬から体温を奪った。冬になりつつあるのだろうか。済んだ空はおぞましい程に綺麗だった。



 彼女はすぐに見つかった。ガレージの裏、仄暗いその場所で。声をかけようとして息を飲む。そしてそのまま呼吸を忘れ、その姿を焼き付けるかのように見つめてしまう。
 彼女は一人、踊っていた。


(……すっげぇ)


 踊るというよりは、舞うという言葉の方が正しいのかもしれない。しかし、それすらも当てはまらない。当てはまる言葉が見つからないほどに、名前の姿は神秘的だった。
 どんな綺麗な宝石も、貨幣価値しか見出せなかった自分なのに、何故だか名前のことを美しい、と。ただ素直にそう思った。


「……!」


 と、気づく。
 仄暗いこの場所を照らすのは月明かり。その僅かな光を全て集め、反射しているかのように輝く何かが、名前の頬を伝っている。


「マスター……私は、間違いを犯しているのでしょうか?
 私、怖いです。クロウさんに優しくされて、幸せな今が。マスターを裏切っているみたいで、すごく怖いです。
 ねえ、マスター、私は……あたしはどうしたらいいの? マスター……あたしは、マスターの側から離れたくないよ、マスター……」


 クロウは名前に声をかけることも、駆け寄ることも出来ず、ただそこに立ち尽くした。
 まだ、彼女の心には主人が刻まれているのだと知ってしまった。何故、こんなにも心が痛いのだろうか。焼けるような痛みが、クロウをじわじわと殺していく。
 仄暗い暗闇の中――満月だけが、クロウと名前を照らしていた。



フルムーン──彼女が最もうつくしい夜
(彼女を美しく照らす月は俺のことを嘲笑っているような気がした)



title…王さまとヤクザのワルツ
2014.02.08 加筆修正
僕らが生きた世界。