意地悪で不器用な京介
「ねえ、京介。今日京介の家に泊まりたい」
「ダメだ」
心の底からの願いを言ってみれば一刀両断、躊躇なんてものは一切なく否定されて思わず真顔になる。明日は誕生日だから、ほんの少しだけ期待していたんだけれど。
目の前にいる町長兼私の彼氏は私に視線すら送らずにそんなことを言ってのけた。視線くらい送ってくれたっていいじゃない、そう思ってじっと見つめてみたけれど見事にスルーされた。ちょっと、なにその顔。
「……せめて理由をそえてくれてもいいんじゃないの?」
「ダメなもんはダメだ。仕事もあるし、ニコとウェストの面倒も見なきゃならねえんだよ」
……わかってたことだけど、やっぱりか。京介は町長で、二人の面倒も見なきゃいけなくて。
ああ、なんか、悲しいなぁ。大事にされてないわけじゃあないけれど、その、誕生日くらい日付変わった瞬間に祝って欲しかった。そんなワガママ言ったって、聞いてくれないのはわかってる。
はぁ、と思わずため息。京介の視線が一瞬私に向いたけど、それをどうこうする気にはならなくて思わず立ち上がった。
「……うん、わかってたから、いいよ。帰るね」
「名前……」
半ば逃げるようにして家を飛び出した。途中、私にお茶を運びに来たニコがびっくりした顔で私の名前を呼んだけど、曖昧に濁してそのまま家を飛び出た。
追いかけてくれるかなぁ、なんて淡い期待を抱いて見たけどそんなことしてくれるはずもなくてとぼとぼと帰路につく。
……こんな気持ちで誕生日、迎えたくなかったんだけど。まぁ、自業自得か。自分が情けなくなって、自嘲的な笑みをこぼしてしまった。
†
ピピピピ、と携帯が軽快な音を奏でる。寝ていた私は重い瞼を無理矢理開けて、不機嫌なまま携帯に手を伸ばす。
あの後私は帰ってお風呂にも入らず眠りについたらしい。記憶が飛んだわけではないけれど、ぼーっとしていたせいで記憶が曖昧だ。
意識の底から浮上してきたものの、まだ眠い。覚醒しきらない頭で携帯のディスプレイを見てみれば、そこには見慣れた字列が並んでいる。
メールではなく電話らしくて、ゆるりと身体を起こしながら通話ボタンを押した。
「もしもー……し……」
『名前、……その声は、寝てたな?』
「……京介」
京介の声を聞けば段々と思考がはっきりしてきた。電話の向こうから聞こえてくる京介の声は少しだけ呆れてるようにも聞こえて思わずため息をつきたくなる。
仕方ないでしょ、夜なんだから。はっと顔をあげればまだ日は越していないものの、23:42という微妙な時間を指していた。
「……どうしたの? こんな時間に」
『今から家これるか』
「……は、今から!? ふざけ……っ!!」
今さっきまで寝てたし、そうじゃなくても今はもう深夜と言って差し支えはない。……こんな時間に呼び出すなんて非常識にもほどがあるでしょう!
今度こそ、はー、っと大きなため息をついてしまう。む、と声が聞こえてきたのは、きっと気のせいだろう。気のせいじゃないとしても、これくらいは許してよ、夜中に呼び出される方の身にもなって。
『……まぁ、とにかく……って、うあっ! ニコ、ウェスト、暴れんな! おい!!』
携帯の向こう側からガタンガタンと大きな音がする。こんな時間まで起こしてるなんて、躾がなってないんじゃない? ……っていうか、その大きな音何があったの。
なんて思っていると京介の声が遠くなっていった。代わりに聞こえてきたのは──。
『もしもし名前さん!』
『名前姉ちゃん!』
「……ニコ、ウェスト? こんな時間まで何をしてるの、早く寝なさいっていつも……」
『そんなこと言ってられないです! はやく鬼柳さんの家に来てくださいね!』
『絶対だからね!』
……そんなに慌ててどうしたの、ふたりとも。そんな疑問をぶつける前に、携帯からは無情にも通話終了の音が鳴る。勝手に切られたな、これ。
何。何事。それを知るにはやっぱり、いくしかないのだろうか。憂鬱な感情に駆られながらも、結局私は髪の毛を整え家を後にするのだった。
†
……人を呼んでおいて電気がついてないってどういうこと? 見つめる京介の家は真っ暗で、私はまたため息をつく。
治安が良くなったとはいえここは犯罪人が流れてくる場所なのに、よく恋人をこんな夜中に歩き回されるわね、バカ京介。……あ、京介も犯罪してたんだった。完全に忘れてた。
って、そんなことはどうでもいい。で、これ、どうすればいいの?
合鍵はある。……来いと言ったのは京介だ、入ってしまってもきっと大丈夫だろうと、合鍵を鍵穴に差し込んだ。
「お邪魔しまーす」
がちゃんと鍵の開く音がした。続け様に扉を開けば、ぎぃ、と扉独特の音が空気を震わせる。
中は勿論暗くて、何にも見えない。けど、甘い匂いが漂っているのはなんとなくわかる。催眠剤とか巻かれてるわけじゃあなさそうだけど。
どういうこと? とりあえず電気つけなきゃ、どうすることもできない。
スイッチ、どこだったっけ。この辺りの壁にあったはずだと、手探りで壁を調べる。手に当たる感覚が一箇所だけ変わって、そこがスイッチなのだと判断した。手に当たる出っ張りを押そうと、力を込めたその時。
「──名前」
「きゃっ!?」
小さな呟きと共に、私の体が誰かの温もりに包まれる。私の名前を呼ぶその声の持ち主が誰かなんて想像に難くない。この家の主人──京介だ。
何が起こってるの。錯乱した私はその場に固まってしまった。硬直して数秒後、京介が小さく言った。
「名前、愛してる」
「、は」
「──誕生日、おめでとう」
「……!」
暗闇に慣れてきた目でばっと腕時計を確認すると、日付が変わった瞬間で。……嘘、覚えてたの?
そんなことを聞く前に京介の手によってスイッチがつけられて、大きなクラッカーの音が鳴り響く。何が何だかわからない私が部屋を見ると、ニコとウェストが私に向かってクラッカーを引いていた。
「ハッピーバースデー!!」
「おめでとう、名前姉ちゃん!!」
……二人の笑顔を見て、足から力が抜けてしまう。それでも京介が支えてくれているから、倒れることはなかった。
え、え、え? なんでこんなことになってるの? 訳が分からなくなって、思わず振り返って京介を見る。
「その、昨日は悪かった。色々……っつーかケーキの準備してんの、バラしたくなかったからよ……」
本当、悪ィ。そういう京介は今までよりも弱々しくて、思わず笑ってしまう。笑ってしまったら睨まれたけど、仕方ないじゃない。
……って、なんかとんでもないこと言わなかった?
「ケーキ?」
「うんっ、鬼柳兄ちゃんが作ったんだよ!」
ウェストが嬉々として机を指差す。そこにあったのは、酷く不格好なショートケーキ。下手くそな文字で書かれたチョコプレートのおまけ付きだ。
お世辞にも綺麗とは言えないし美味しそうにも見えないけど、食べられないものには見えなくて。
「な……んで。料理ひとつまともに作れない京介がこんな……!?」
「お前なぁ……。……名前のためなら、なんだってしてやるってことの証明だ」
下手くそで悪かったな。なんて言って、京介は私を解放する。じっと京介を見つめてみれば彼の顔は真っ赤に染まってた。
嘘、本当に京介が。ちらと視線を落とせば、デュエリストにとって大事なものであるはずの指が絆創膏塗れになっていた。料理で、怪我したのか。そこまでして、私に……。
感極まって泣いてしまうと京介が面白いほどにあたふたとしだした。
「な……ッ!? な……に、泣いてんだよ名前!?」
「うええええ……何かもう、京介がめちゃくちゃ頑張ってくれたことの嬉しさと、昨日のことの混乱と、京介が恥ずかしがってることへの恥ずかしさとで、わけわかんなくなってぇ……!!」
「あー、もー! 何でそんなに俺を困らせたいんだよお前は……。
……おら、俺のケーキじゃ満足出来ないかもしれねェけど、食うぞ。お祝いは後で存分に、……満足させてやるから」
涙でくしゃくしゃになった顔で、頷く。
不器用な京介が作ったケーキは涙で少ししょっぱかったけど、なんだか、今までで一番幸せな誕生日になった気がした。
……ありがとう、京介。小さなつぶやきは彼に聞かれることもなく、消えていく。
意地悪で不器用な君
(……しょっぺぇ)(鬼柳さん砂糖と塩間違えましたね……)(涙の味じゃなかっただと……)
Title…反転コンタクト
2015.06.17 加筆修正