僕は「私」を理解出来ない
全てを思い出した。そうして僕は今、この暗闇の中でただ一人漂っている。
ブラックホールの中、だとは思う。だけどどうせ偽物だ。本物のブラックホールなら、遊星だって逃げることはできなかったはずだから。
……いや、違ったね。一人じゃない。ここには、僕と──
「……分からないよ、『私』」
呟いてみたその言葉は、黒い闇に呑み込まれていった。ぼおっと、光の輪郭が現れる。次第にそれは人の形をとっていって。
──ああ、いつの間に僕は《ここ》にいたんだろう?
「……なにが分からないんだ、『僕』?」
現れたのはジョニーであり、アンチノミーである『私』。『私』は儚く笑って、精神世界の僕に言う。
……どうして、どうしてだよ! なんで!!
「なんで、なんで笑ってられるんだっ! いくら遊星のためとはいえ、あんな……っ」
──僕らは、遊星と戦った。それも、命懸けで。本意は遊星に勝つことじゃなくて、遊星に強くなってもらうため。
……だけど一歩間違えれば、僕らは遊星を殺していた。代わり、と言えば少し可笑しいんだけれども、僕はこの擬似ブラックホールに閉じ込められたのだ。
悔いは、多分ないのだと思う。……いや、無くはない。
一番愛しいあの子を──名前を、置いてきてしまったから。
勿論、あの子をここにつれてきたいだなんて思わないけれど、僕らがいないと知ったら、彼女はどうなるのか、気が気じゃなかったんだ。
「……僕は、僕は『私』を理解できないよ」
「私は『僕』に理解してもらおうとは思ってないさ」
だから。そう『私』は言って、僕に歩み寄る。何を──。
「『僕』は、『僕』の人生を歩めばいい」
「──え?」
「ここに捕らえられるのは、私だけで十分だ」
ふっと、消え入りそうな笑みを浮かべた『私』。瞬間、彼は僕の身体を押した。とんっ、と、優しすぎる手つきで。
ふわり、からだが浮く。あ れ?
†
「Amazing grace how sweet the sound...
That saved a wretch like me...」
耳障りの良い歌声を聞きながら、僕は目を冷ました。
僕は、いったい? ここは……?
目線の先には満点の星空。足には微かに、水の冷たさがあった。
「あ、起きました?」
歌声が止んで、星空の片隅に優しい笑顔を浮かべる女性が映る。誰だろう、この人。何処かで見たこと、あるよう、な……。
「海岸で倒れてるんですもん、ビックリしました」
「僕が……海岸で……」
なんで、海岸なんかで僕は倒れているんだろう? ……あれ?
僕は、誰だ? 僕は、海岸に倒れるまえ、いったい何をしてたんだろう?
「大丈夫ですか?」
「あの……すみません。僕はいったい……誰なんでしょう?」
へ? と、歌声の持ち主は一瞬間の抜けたような顔をする。あ、当たり前か……いきなり見ず知らずの人にそんなこと聞かれても。
すると彼女はぽんと自分の拳で手のひらを叩いて、思い付いたようにいった。
「記憶喪失……かな」
「え、あ、多分……」
「そっかぁ……」
いきなり敬語が崩れた彼女は、僕の横に座り込む。なんだろう。僕、この人のこと知ってる?
でも、彼女は僕のことを知らないみたいで……。
「わかると、おもったけどなぁ……」
「あの……?」
「あっ、いや、気にしないで! ……貴方と何処かであった気がするの」
「!」
僕は思わず、勢い良く身体を起こした。
そんな、どうして。それは僕も、僕だって!
「あの……きみ、名前はっ?」
「私? 私は……名前」
名前。やっぱり聞いたことのある、名前だ。それがどういうことなのかは分からないけど。
酷く愛しく、切ない響きを込めた名前。
「貴方は? ……って、記憶喪失なら分からないか……」
「僕、は──」
──私と違う人生を歩んでくれ、『僕』。否……──
「ブルーノ」
「ブルーノ?」
「そう、僕の名前」
そう、だ。
僕はブルーノ。『アンチノミー』でも、『ジョニー』でもない。この世界を歩む、『ブルーノ』だ。
それが、『私』のくれた世界だ。
「……ふふ、なんだか懐かしい名前」
「……うん」
記憶喪失。前にもそんなのはなったような気がするんだ。覚えてないから曖昧ではあるけれど。
でも、たしかに言えること。きっと僕は、これからこの世界を彼女──名前と歩んでいくのだろう。
「ねえ、名前」
「うん?」
「……ずっとまえから、愛してるって。そう言ったらきみは、どうする?」
「そうね」
──理解できないよ、『私』。きみはそれで、幸せかい?
だけどきみがそれを望むなら、僕はそれを受け入れよう。『ブルーノ』が、この世界で、名前と生きる幸せを。
僕は「私」を理解できない
(私もずっと昔から貴方を、愛してる)(それがこの世界での出来事でなくても)
title…Cock Ro:bin
2013.07.11 執筆
2015.06.12 加筆修正