義理、友、本命
2月の凡そ第2週から3週目。その日は、男子女子が揃ってそわそわする日だ。多分、この国に住む中高生は特に。
斯くいう私も、その『中学生』に分類されるわけで、なんというか、そわそわは隠せるものではなかった。
……夜中の2時までかかってラッピングするくらいには浮かれている。
「遊馬、遊馬! これ、どーぞにゃん、ハッピーバレンタインデー!」
「ちょ、キャットちゃんいきなり……!!」
ふと、クラスの人気者のところへ視線を向けた。やはり──それが義理が否かはこの際どうでも良い──彼、九十九 遊馬の周りには沢山の女子や、まあ、普通に友達であろう男子たちもいる。
明らかに本命を持ってきた小鳥、キャットちゃん、アンナ。配るような感覚のセイやサチ、あと何故かミハエル。いやまぁ、確かに女の子っぽい出立ちだけど、そういう意味じゃなくて、ミハエルたちは遊馬にお世話になりまくってるからそのお返しなんだろうけれど。
わいわい、がやがや。
教室のその一角がやたら煩くて、なんだかため息。あれ、そういえば。遊馬のところに彼≠烽「ると思ったんだけど……。
いない彼≠ノ疑問符。また、遅刻だろうか。休みならせっかく作ったのも無駄になるかも、と首を傾げれば。
「あーっ! 名字さんそのこづつ──」
「わ"ー!!! わ"ぁあああ!!!!」
教室の雰囲気を阻害しない程度に大声を出しながら、鞄から少し見えていた小包を咄嗟に隠す。慌てて声の主を見てみると、わざとらしいほどに満面の笑顔を貼り付けた真月 零≠ェそこに立っていた。
──いつのまに。遊馬のそばにいると思って、油断していた。探していない時点で警戒するべきだったのだろうけど、てっきりこんな雰囲気は苦手だって言いながら学校をサボるものかと思ってしまった。
「べ、くた……っ」
「名前さァん、それなんですかァ?」
満面の笑顔はニヤニヤとした笑顔に変わる。私が名前を呼んだのがトリガーなのか、それとも元々こうするつもりだったのかはわからないけれど、そこにいた真月 零≠ヘ見事にベクター≠ノ変貌した。
紫の目が愉快そうに細められて、口元も歪に弧を描いている。この、確信犯め。
「僕ゥ、気になりますゥ、その歪んだラッピングの──ぐえっ」
それ以上なんか言ったら殴る、そういう前に私の手が動いていた。鳩尾に軽く一発、拳を。ベクターが少しよろめいたけど、多分これも演技だろう。証拠に、口元の笑みはまだ消えてない。
小さく溜息を吐きだせば、急にベクターはつまらなさそうな顔をして私の隣に座った。ベクターの席は其処だし、なんらおかしいことはないのだけれど、遅刻すらせずにきたベクターがなぜかおかしく思えて笑いそうになる。笑ったらまた何かされるだろうから、耐える。
また溜息が出た。というか、ベクターがベクターになってから(表現としてはおかしいけど間違ってない)溜息しかしてない気がする。
じっとこちらを見るベクター。何、なんなの。と、疑問を視線で投げかけたら馬鹿にしたような笑顔が返ってきた。むかつく。
「……何よ」
「くれねェのかよ」
「え?」
くれないのか、なんて。主語も目的語もあったもんじゃなくて、何を、と声を出しかけて気づく。
そうだ、今日はバレンタインデー。男子が女子にせびるものなんて、ひとつしかない。
「……あんた、チョコなんて食べるんだ……?」
「人間になってから腹減るようになったんだよ……バリアンのときみてェに食わなくて済むんならわざわざ言わねえ」
まあ、ですよね。ベクターだもんね、甘い答えが返ってくるわけはないか。
少し、ほんの少しだけ期待した私が馬鹿だったか。はあ、とまた溜息を零せば、ベクターはムッとしたように唇を尖らせた。
ああ、はいはい、あげればいいんでしょう。言われなくても用意していたさ。鞄の奥から出したのは、彼の瞳と良く似た紫色の包み。
「はい、……味は保証しないけどお腹の足しにはなるでしょ」
「不味かったら殺す」
「あんた人間にもなってもそれなの!?」
受け取ればすぐにラッピングを解いていく。一応夜中までかかってやったんだからもう少し見てくれても……とは思ったけど、見たら見たでまたうるさいんだろうな、分かりきったことだわ。
ひとつ、手にとって口に運ぶ。その動きに緊張している私は、なんなんだろう。
「……殺されなくてよかったな」
「素直にまずくないって言えない病気なの?」
まあベクターが素直に感想を言ったところでそれを真に受けられるかどうかはまた別の話だ。こいつは不味かったら不味かったで真月 零として私を褒めるだろうし。
まあ、でも不味くないのならそれでよかった。誰に渡してもいいだろう。それこそ、たくさんチョコをもらってる遊馬にも。
「……あ、遊馬の周り人少なくなってきたから、遊馬に渡してくる」
「……あァ、ちょっと待て」
「んぇ?」
遊馬の目と同じ赤いラッピングや、小鳥たちのためのチョコを持って席をたてば、珍しくベクターから呼び止められた。
どうしたの、とベクターを見れば、彼は普段からは考えられないほど真剣な瞳で私を見つめていた。
「これ何」
「何って、チョコだけど……」
「……あーァー、鈍感な名前ちゅわんは俺の問いかけの意味も分からないんですかァ」
「どういう──」
「義理か友達か本命か聞いてんだよ」
「──っ!?」
問いかけを聞いた瞬間、顔に熱が集まるのを感じた。まさか、聞かれるなんて思ってなかったのだ。
どうせ義理だって思って受け取るんだろうな、って思っていたのだ。しかも、思いの外真っ直ぐな、目で。……そんな目は、反則だ。
義理チョコ、友チョコ、本命チョコ
(さあ、どれにする?)(お前がどうしてもっつーんなら本命でもいーぜ?)
Title…ポケットに拳銃
執筆…2014.12.08