本当はこんな学校、来たくもなかった。こんなふざけた学校が、あること自体も許せない。坊主憎けりゃ、袈裟まで憎いとはまさにこのこと。校風も、校舎も、制服も、授業も、生徒も、先生も、何もかもが嫌い。 何もかも、無くなってしまえば良い。 「……ハーイ、ほんじゃな、みんな仲良うしたってや」 顧問だと言うその先生は、なかなかにヤル気を感じられない。けれどもそのほうが好都合だった。私だってヤル気はない。面倒くさい。 私に部活なんて無理な話だと思っていた。実際、無理な話だった。 つい三日前に転校してきて、友達もいない私を可哀想だと思ったのだろう。担任は私に、部活に入ることを強く勧めた。私はそれを丁重にお断りさせて頂いていたのだが、いつの間にか、このテニス部のマネージャーになっていた。 どうやら、遠慮しているのだと思われたらしい。 「東京モンやからって、差別はアカンで。そりゃ、確かに、見た感じ……怖そうなお嬢さんや」 「……」 はいはいはいはいはい。そうです、言われなくても分かります。私は振りまく愛想も持ち合わせてません。分かったから早く終われ。今すぐ終われ。 私は心の中で何度も呟いた。丁度向かい側に立っている男子二人組が、私の方をチラチラと見て、何かを話しているのが見える。それが気に食わなかった。 決めた。今日はもう帰ろう。 初めからそのつもりだったが、今やっと決心がついた。 「なんや、可愛いやんか。別に怖くなんかないで!」 「おー、よくぞ言ったぞよ、金ちゃん。金ちゃんは仲良うできるかな?」 「もちろんや! よろしくな! 紗江!」 そう言って、「金ちゃん」と呼ばれたチビは、握手を求めて手を差し出してきた。私にはよろしくするつもりはない。ふいとそっぽを向いた。(もちろん、監督のいない方を) まさか拒否されるとは思っていなかったのだろう。「金ちゃん」は目を丸くしていた。この微妙な空気を読んだのか、監督は「金ちゃん」の前に出て、つとめて明るく言った。 「良い子やね、金ちゃんは。よし、そんな良い子の金ちゃんには、良いものあげよう」 「コケシ!?」 「じゃじゃーん! 秋田名物、曲げわっぱ!」 しん、と辺りが静まり返る。空気を読むはずが、空気が凍ってしまった。 バカじゃないの。 私は監督に心の中で悪態づく。さすがの「金ちゃん」も、これには固まってしまっている。……と思いきや。 「すっごいやん! 何やこれ! どうやって使うん!?」 「被るんや。それが今、めっちゃナウいんやで」 「なるほど! こうか!?」 「……」 意外とお気に召したようだ。監督と二人で、あれやこれやとふざけあって遊んでいる。私自身、それがどうやって使う物なのか知らないし、詳しくはないが、確実に「それは違うだろ」と分かる。呆れた顔で二人の様子を見ていると、二人はさっきから、チラチラとコチラをうかがっている。 「えー……、と、まぁ、こんなときは、『乗せただけやん!』」 「……」 「あー……、あかんか。せやったら、『ナウいは古いわ!』」 「……」 「あー、あー、あれやね、うん、やっぱここは王道で『なんでやねん!』で決まりやね!」 「……」 「……」 寒気がした。 ギャグがすべるだとか、オヤジギャグだとか、それ以前の問題。このノリが受け付けない。この部活が嫌だ。ここにいる人間が全員ムカつく。みんな消えてしまえ。 「あの」 「ん!? 何!? なんか思いついた?」 「下らないことしてないで、さっさと練習始めたらどうです?」 しん、と辺りが静まりかえる。 「……と、まあ、かなり手ごわい感じやけどね、みんな、仲良うしたってや!」 監督は部員の方に向き直ると、最後に少し大きな声でそう言った。妙に明るい「はーい」と言う声が、ちらほらと上がった。部員はそれぞれに練習を始める。それに混じってテニスコートから出ようとすると、監督に呼び止められる。 「あー、紗江はこっち。マネージャーの仕事教えるわ」 「大変申し訳ありませんが、本日はここで失礼します。私、今いろいろと忙しいもので」 わざと丁寧な言い回しで監督に告げる。 「あ、そう? まあ、急やったからね。ほんなら今日はここで。明日からよろしくしくよろ」 引き止められてしまうと思ったが、監督はあっさりと帰してくれた。 二度とこねーよ。 心の中でそう呟いて、私はコートの入り口に向かう。 「せやせや、紗江、明日からはジャージでな。マネージャーもめっちゃ動くからな。それと……」 「それと?」 「女の子はな、笑ってなあかんで。笑ってた方がかわええし」 そう言って監督は、ニッと歯を見せて笑った。 「……セクハラで訴えますよ」 あまりに下らない忠告に、私は女子の必殺技を使う。監督は肩をすくめるだけで、あとは何も言わなかった。 → TOP |