「ジローが目を覚まさないの」

そう告げた母親の、虚ろな目を今でもよく覚えている。部屋のベッドで、寝息をたてている双子の兄を見た瞬間、事態を悟った。
ジローは何かの病気にかかってしまったのだ、と。
とにかく異常なくらいずっと寝ている。

そして不思議なことに、ジローが寝ている間、私は一睡も出来なくなった。睡眠導入剤も試してみたが全く効かない。ベッドに横になり、目を閉じて長い夜を過ごす。眠りにつくことはできないから、文字通り、身体を休めるだけの行為。

そんな日々を繰り返しているうちに、私はついに眠ることができた。まるで死んだかのように。ジローと同じように。
私が眠っている間、やはりジローは眠ることができなかったという。

両親はジローとめぐみを足して割ったらちょうどいいのにね、と悲しそうに笑った。それを聞いて私も悲しくなった。二人とも私たちが一緒に生活することを望んでいる。
私だってそうだ。
……でも私はきっと、今後目覚めているジローを見ることはないのだろう。口に出すと本当になってしまいそうで怖いから、心の中でそっと思う。

○○○

「ただいま、ジロー」

同じ部屋の、二段ベッドの上で寝ているジローに声をかける。学校から帰ったときだけでなく、朝起きたときも、学校に行くときも声をかけている。もしかしたら返事をしてくれるかもしれないと、そう思っているからだ。

残念ながら、返事が返ってきたことは一度も無いけれど、それでも何かの儀式のように、毎日欠かさずに続ける。

ベッドのはしごに登り、ジローの顔を覗いてみる。うなされる事も、寝返りをうつ事も無く、ぐっすりと眠っている。顔に手をかざしてみる。手の平に暖かい息が定期的にかかり、私はそれに安心する。

ジローは、私が寝ている間はどんな風に過ごしているのだろう。
私と同じように、顔に手をかざして息をしているか確かめてる?
挨拶もちゃんとしている?
もしかしたら、私のことなんて忘れているのかもしれない。

両親はいつも、ジローが起きたときの話をしてくれる。この間目覚めたときは、以前より身長が少し伸びていて、声変わりもしたらしい。とても残念なことに、私だけ変化したジローの声を聞いたことが無いわけで。

血を分けた姉弟、しかも双子の、なのに。

今にして思うとジローは繊細な子だった。思いやりがあって、その分傷つきやすい。けんかをして、ぎすぎすした雰囲気が流れているとジローが泣き出し、いつもそれでけんかはお終い。そのことを思い出して一人で私はふふっと笑った。

ジローはきっと今、終わることの無い『逃避夢』を見ている。

何がジローを傷つけたのか分からない。もし今でもそれがジローの周りに存在していて、それがジローを傷つけているんだとしたら。

私はそのものからジローを守りたい。

はしごを上って上のベッドに行き、そしてジローの隣りで寝てみる。ジローはやはり少し大きくなったみたいだ。ベッドが狭くなった。仰向けで寝ているジローに抱きついて一人つぶやく。

「本当に私たちがひとつだったらいいのにね」


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