いつからそこにいるのかは忘れた。 最初、俺は此処から出なければいけない、どこか知らないところに取り残されたかも知れない、と思っていた。 しかし此処は居心地がいい。ノスタルジックというか、どこか懐かしい。暖かくてもう一度戻りたいけれど、戻ることの出来ない切なさの残す場所。まるで母親の胎内のような。 ついには此処から離れたいとは思わなくなっていた。 けれど胸の奥に感じる孤独。何かが足りない。誰かがいない。今まで自分のすぐそばにいた誰かがいない。 あのこはだれだっけ? ○○○ 「おい、起きろジロー!」 「んあ〜……?」 上の方から声がした。目を開けても逆光で顔は良く見えないが声で分かる。跡部とその後ろには樺地だ。 「ったくよ、お前は起きてる時間も寝てんじゃね〜かよ」 「……寝てない。目を閉じてただけ」 「同じだ! 少しはめぐみを見習えよ。あいつ、お前の分も働いてんじゃねーの?」 「……そうかも〜」 跡部と俺たちは幼馴染みで、幼稚園の頃からずっと一緒にいる。そして俺とめぐみの事情を知っている人物。 入れ替わりに学校に登校してくる俺たちの事情に、気付いてる奴もいるとは思うけど、すべてを話したのは跡部だけだ。否、跡部がこの事実を知っていなければならないと言うべきか。俺とめぐみがこうなってしまったのは、跡部に原因があるからだ。 ○○○ 俺がこの『逃避夢』に逃げ込む前日。跡部とめぐみがキスしていた。今思うと二人はませていた。まだ子供のくせにレンアイなんてしちゃって。 その日から俺は跡部のことを名前で呼ばなくなった。その日から俺はめぐみを避けるようになった。跡部に対する嫉妬とめぐみの裏切りに。 『逃避夢』から覚め、めぐみに避けていたことを謝ろうとした俺に両親は言った。めぐみが俺が起きているときにはずっと眠りについていることを。二段ベッドの下を覘いて見る。 何をしても起きないめぐみはまるで、死んでいるみたいだった。 涙が出た。朝の光が当たってそれは真珠のように光る。 本当に子供なのはどっちなんだろう? それからというもの、俺は自分が起きている時間もずっと寝ようと努力した。今寝たら夢の中でめぐみと会えるかもしれない。会ったら真っ先に謝ろうと思ったから。 けれども俺は今、あの『逃避夢』に潜り込むことが出来ない。何度寝ても、あんな居心地の良い夢にたどり着くことが出来ない。目をつぶっても胸が苦しくなって涙しか出てこない。 ○○○ 家に帰り、自分の部屋に向かうといつもの儀式を行う。眠っているめぐみの様子を見て、あいさつをする。朝が来たらおはようと言って、帰ってきたらただいまと言って、寝る前にはおやすみ、と言って……。 いつか返事が返ってくることを期待して。 めぐみの髪にそっと触れてみた。自分とはちょっと違う感触。それが気持ちよくて何度も何度も触ってみる。 「生まれ変わったら大好きって言ってあげる」 そしてそのときは。 ← → TOP |