夜の食堂は不気味だった。奥の方にある真っ暗な調理作業場が、特に怖かった。
刃物を持った誰かが潜んでいて、私を殺そうと、今か今かとうかがっている。そんな考えが浮かんできてしまい、さらに怖くなる。

もう、杏ったら何で集合場所にこんな所指定したのよ。あーあ、もっと遅く来ればよかった。なるべく少しでも明るい場所で待っていよう。

そんな悪態をつきながらも、食堂の入り口でしゃがみこんで待つことにした。チッチッチッと、時計の秒針が動く音が聴こえるだけ。杏が来る気配すらない。

そのままの体勢で待っていたときだった。奥の真っ暗闇の中から、誰かが私に向かって、懐中電灯の光を当てた。

「!!」

びっくりして声も出ない。逃げようと思っても体が動かない。足音はだんだんと近づいてくる。

一人じゃない。二人? 誰か助けて。

心の中で叫んだとき、光の方から聞き慣れた声がした。

「……めぐみじゃん」
「ブ、ブン太……?」
「おう。ブン太だぜ。ジローもいるぜ」

ホラ、とブン太が後ろの方を懐中電灯で照らす。そこには、ふらふらしながらも、何とか立っているジローの姿があった。彼らの姿を見て緊張が解け、やっと体が自由に動くのが分かった。

「……脅かさないでよぉ」

ゴメンゴメンと謝りながら、ブン太は私の隣に座った。

「で? 何でめぐみはここにいんの?」
「私? 私は……えーと、杏に呼ばれたの」
「ふーん。俺は雅治に呼ばれたんだけど……集合場所かぶっちゃったかな?」

ブン太がガムを膨らませながら言った。それと同時に食堂の入り口の戸が引かれ、誰かが入ってきた。

「よう。待ったと?」

入ってきたのは雅治だった。彼はよくブン太といるのを見かける。

「うっお! 雅治ビビらせんなよな!」
「知らんわ。さ、温室に行くぜよ。立ちんしゃい」
「はぁ? 何で?」
「ブン太の声が外まで聞こえんのよ」
「……」

そして雅治の後ろから、杏が口を出してきた。珍しい組み合わせだと思ったが、二人とも反発組だ。きっと一緒になって打ち合わせをしていたのだろう。これからの秘密の会議について。

◇◇◇

学生寮の横、一番日当たりのいい場所に、その温室はある。夜でも明かりが点いていたので、目が慣れるまでに少し時間がかかった。私は一番後ろになって、温室の奥へと入っていく。改めてメンバーを見て、私は話の内容が何となく分かった。
脱走について、だ。

「全員そろっとう?」
「おう。ばっちりだぜ」

雅治が周りを見渡す。私と目が合ったとき、雅治は露骨に嫌そうな顔をした。睨まれた私は少したじろいだ。

「……何でお前がおると?」

いつもより低い声で雅治が言う。それに合わせて全員が私の方を見る。私は気まずくなって黙り込むと、杏があわてて横からきっぱりと言い切る。

「私が誘ったの。逃げるならめぐみも一緒よ」

杏の口調は強かったが、それにも雅治は負けてなかった。ちらりと横目で、杏の方を見てから、鼻で笑って言い捨てる。

「なら俺は脱走せん。お前らだけで逃げんしゃい」

その言葉に全員が驚き、理由をたずねる。雅治は目線をこちらに向けたまま言う。それはきっと私に向けて言った言葉だ。

「こいつが精市を殺したけん。そんな奴と逃げんのは嫌じゃ」


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完璧な庭