学校へ行こうと、部屋のドアを開ける。そこにはブン太の姿があった。私は目を丸くする。

「ブ、ブン太!? ……どうしたの?」
「えっ!? あっ、そっ、その……い、一緒に学校、行こうぜって……」

驚いたのは、向こうもだった様で。視線を泳がせながら話すブン太に、思わず笑みが漏れる。きっと、昨日のことで気を使ってくれているのだろう。それを思うと嬉しくなった。

「昨日はゴメン。雅治があんなこと言って……」
「……ブン太が気にすることじゃないよ。それに……」
「それに?」
「あ、ううん。何でもない」

本当に精市を殺したのは私かもしれないし。
そう言いかけて止めた。せっかくブン太が気を使ってくれてるのに、そんなことを口にしてしまったら、ブン太の苦労が水の泡になる。それはかわいそうだ。

「雅治は、精市のことすごい慕ってたって言うか、尊敬してたって言うか、意外に見えるかもしれないけど、仲いいんだぜあいつら。……だから、その、熱くなっちゃって……でも雅治も悪い奴じゃないんだ」

ブン太の話を聞きながら、穏やかでいつも優しかった、精市のことを思い出した。時折見せる真剣な表情や、柔らかい笑顔。同い年のはずなのに、何だか大人っぽくて、お兄さんみたいな存在だった。そんな彼に恋心を抱いている子も多く、私もその一人で密かに憧れていた。
と、そこまで思い出してしまって、ついつい顔が火照る。

「でさ、めぐみ」
「えっ! あ、うん。何?」

ブン太がいきなり顔を覗き込む。私は赤くなってる(かもしれない)顔を、急いで元に戻そうとする。ブン太は、そんなことお構い無しに真剣な表情で言う。

「俺、精市は向こう側にいると思うんだ」
「え」
「あのとき精市だけ脱走に成功して、そんで今学校の外にいると思う」
「……」
「だから、俺、それを確かめたいんだ。精市だってきっと待ってる。昨日あんなことあって、脱走したくなくなったかもしれないけど、俺はめぐみと一緒に行きたい」
「……うん」

肩を掴んで、一生懸命力説するブン太。そのときの表情が、昨日のブン太の表情と重なる。逃げよう、と私の手を引いたときと。

「ブン太……ちょっと、痛い」
「あっ! 悪ぃ……」

私がそう訴えると、ブン太はすぐに手をはなした。そして急に照れたようで「じゃ、そういうことだから」と早口で言い、走って校舎の中へ入っていく。私はその後姿をしばらく見送っていた。

◇◇◇

「お・は・よ! 見たわよめぐみ!」
「えっ」

教室へ行くと、杏が真っ先に私の方へ近づいてきて、楽しそうに私の方に腕を回す。これじゃ酔っ払いのオッサンだ。

「朝からブン太と仲よさそうに来るんだもん! ブン太もついに告ったの?」
「何それ? 違うよ。ただ、一緒に脱走しようって」
「……なんだ」

杏は意外というか、ものすごく「恋バナ」というものが好きだ。どんな展開を想像してたのか分からないが、それが違うと分かると、肩に回した腕をだるそうに外した。

「……でも、ブン太、本気だよ」
「え」
「本当はね、昨日みんなで脱走しようって決めてたの。私はめぐみが躊躇するの知ってて、それでも意地でも連れてこうと思ってた。でもブン太が、一緒に行きたい子がいるから、明日まで待ってくれ、って。その間に、ちゃんと失敗しないように計画を練っておこう、って言ったのよ。めぐみのこと言ってるんだなってすぐにわかった」

杏は付け加えた。そんなこと一言も言われていないから知らなかった。私はまた顔が赤くなってくる。

「幸せ者よめぐみは。ブン太にあんなに想われてるんだもん」
「……」
「でも、めぐみは精市なワケね」
「!!」

杏は鋭い。心のうちを覗かれ、驚いた私は否定する声も出てこなかった。杏はにやりと笑って「やっぱりね」と言った。

「ちが……精市はただ、憧れって言うか……その……」

言い訳がましく遅れて出てきたその言葉に、杏はただ静かに笑うだけだった。それが少し寂しそうで、私は何も言えなくなってしまった。


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