アンフェアな復讐

この世のすべての生命は、生まれ落ちた瞬間に死ぬことが確定すると決まっている。

短い船旅だった。部屋を共にする男が、いずれ死地に向かうことを私は知っていた。
無謀なものではない。彼の人生には、確実に必要なものなのだと思う。

「波が荒いな」

私はポツリと呟いていた。
隣の部屋では、既にゴンとキルア、レオリオは眠りについていることだろう。

「そうか?」

落ち着いた声で、どこか空返事とも思えるトーンで。分厚い本をめくりながら、彼は顔をあげずに言った。

「君はいつも本を読んでいるな」

いつか、彼を初めて見た船でも、彼はハンモックで本を読んでいた。

「おもしろいのか?」
「……いや、これは暇つぶしだ」

これは、ということは、普段はそうでは無いが、その本は大して彼の心を動かすものではなかったということだろう。それでも最後まで読み進めるところが、実に彼らしい。

「僕との時間は暇か」

おどけた口調で、いたずらっぽく言ってみた。すると、彼が顔を上げたのが気配でわかった。深いグレーと視線が交わる。
ややあって、彼はパタリと本を閉じた。それからベッドの上で寝そべったまま体勢を変えて、顔をこちらに向けた。

「一理ある」
「冗談のつもりだったんだがな」

その本は相当おもしろくなかったらしい。私は向けられた視線から逃げるように、低い天井の木目を睨んだ。

「そう真面目な姿勢をされると、会話ってのはしにくいものだね」

脳内には文字を組み立てるほどのスペースがないのに、口からはすらすらと、流れるように言葉が出てきた。

「しにくい話があるのか?」
「あるとも」
「例えば」

そう訊いたのはクラピカだ。だから私は、君がこの話で何を思っても、責任を負わないからな。
心のなかでそう言い訳して、私は息を吐いた。

「ほんとうに、復讐をするのか」

彼が息を呑んだのがわかった。不思議と私の心は、少しも波を起こさなかった。

「僕には親がいたことがないから、君の気持ちはわからない。わからないけれど、君を喪いたくはないよ」
「同じだ」

間髪容れずに、彼は言った。

「私の仲間は殺された。私は、仲間を殺した奴らを許せない。それは、今お前が言ったことと、何ひとつ変わらない」

急に、涙が出そうになった。激しく泣き叫びたくなった。けれど、私が泣いたって彼の心も、仲間も、戻ってくることなんかないのだ。

「……クラピカ。復讐はなにも生み出さないんだ。すべてを殺して、次の恨みを買って殺されて、殺して、殺されて、その繰り返しなんだ。そこに終わりはないんだ。幻影旅団を許せなんて言えない。でも、仲間の死を受け入れられない理由を少し変えるだけでも、世界はきっと変わるんだよ」

彼はしばらくなにも言わなかった。こんな言葉ひとつで、彼を引き止めることなんかできない。わかっている。私に、彼を引き止める権利なんかない。わかっている。
わかっているけど、私はただ、ただ。

「……じゃあ、お前が断ち切ればいい。その暗く沈んだ負の連鎖を」

ただ、彼が不安のひとつでもこぼしてくれたら、私が隣に立つ理由になりやしないか、なんて。

「私が死んでも、お前は敵討ちなんてするな。復讐なんてするな。それで、その連鎖は終わる」

変に穏やかな口調で、まるで子守唄でも歌うみたいに彼は言う。ああ、どうしてか、私の言葉はいつだって、彼の生き方に負けてしまう。

「……………僕は、君が死んだら悲しいよ」
「ありがとう」

なにがありがとうだ。ふざけるな。

「消すぞ」
「クラピカ」

寝転がったまま、寝台の灯りを消そうとした彼の言葉を遮るように、私は呼ぶ。

「ん?」

私のこれは、恋のように可愛らしくて、甘いピンク色で、ドキドキするようなものではない。そして私は、愛のように質量と責任を伴うものを、この手には抱えきれなかった。
だから、彼が返したその一音が、どうしようもなく私の心に染み込むのだ。
行き場のない激しい情動と、捨てられないひとかけらの恋が滲んだ哀をしたためて。

「──おやすみ、また明日。」

まるで小さな子供の反抗のような、それは自分勝手で何よりも大切にしたいまじないだった。

「ああ、おやすみ」

ただ、明日も君の隣に立っていたかっただけなのに。
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