拝啓、白む昼の夢へ

じゃり、靴の下の細かい砂粒が僅かに擦れる音を感じる。
笛の音、腹に響く太鼓の音、あかあかと照る提灯。そこはたしかに祭りの只中だった。

「あ!天草!」

聞き覚えのある声に振り返る。

「よかったあ、もう会えないかとおもったや」

ぱたぱたと駆けてきたそのひとは、マスター礼装に身を包んだカルデアのマスターの一員だ。日本の微小特異点だ!とテンション高めに飛び込んだためか、頬は少し紅潮していていつもより楽しげに見える。

「藤丸もラーマさんも見つかんないね。はぐれちゃった」
「おふたりの位置はわかりますか?」
「うーん、ここは地道に探そうじゃないか!そう広い特異点じゃなさそうだしさ」

言うが早いか、彼女は早速早足で駆け出して鳥居をくぐる。

「ほら天草!マシュへの通信も繋がらない、藤丸たちもみつからない、なら探索をするしかなかろう!」
「仕方ない人ですね」

私の返事も聞かずに、彼女は人の間を縫って軽やかなステップで進む。
人の波に呑まれかけ、明るい茶色の髪を見失う。

「ああもう……」

人混みを抜けたときには、彼女の姿は見えなかった。
もう会えないかと思った、なんて私を見つけておいてものの数分でいなくなるとは、全く自由なひとだ。
一旦立ち止まり辺りを見渡す。幸いここは日本だ。黒髪の中にぽつんと現れる薄茶色の髪は、恐らくすぐに見つかるだろう。
そう思いかけて、いつか彼女が眺めていた白い花畑を思い出す。一面の白の中にひとり佇むたった一輪の赤い花を見つけた彼女は、果たしてどんな想いでその花弁を撫でたのだろうか。

「天草!みっけた!」

本日二度目である。

「一応特異点なんですから、一人でうろうろしないでください」
「ごっめーん!でもほら、私が天草を見失うわけないし!」
「なぜ?」
「私がサーヴァントの魔力を見逃すわけがないでしょう」

ふふん、と胸を張って見せた彼女に、私は言う。

「コサラの王の居場所はわからないのに?」
「…………わからないとは言ってないし」

しまった、なんて顔で目をそらす。嘘をつくのは得意なくせに、誤魔化すのがずっと不得手なところが見ていて可笑しい。

「まあ、一理ありますね」
「でしょ!さ、早く探しに行くよ!」

駆け出した彼女を追おうとして、突然動きを止めたそのひとにぶつかりそうになる。急に止まらないでください、と文句を言おうとしたが、彼女の視線の先に興味をひかれて出しかけた言葉は引っ込んだ。

「りんご飴!おいしそう」
「買えるんでしょうか」
「ま、無理だろうねえ。ここに馴染めるようなカモフラージュの礼装も付けてないし。目立たないようにしなくては」

駆け回っている時点でかなり目立っているのではと思ったが、どうやらそうでもないらしい。祭りの中で、はしゃぎ駆け回る子供は珍しくない。

「天草、赤いの脱いでてよかったね。着てる時よりは目立たないよ」
「それはよかった」

彼女の灰色の瞳は既に屋台に向けられていて、わたあめ、チョコバナナ、射的、輪投げ、並ぶ全てをひとつひとつ丁寧に眺めていた。

「りんご飴おいしいんだよ!食べると口の周りが真っ赤になったりしてさ。口紅塗ったみたいになるんだ。輪投げもね、全部外しちゃうと屋台のおじさんがおまけでちっちゃいスナック菓子くれるんだよ」

指をおりながら、祭りというものの魅力をひとつひとつ語っていく。彼女の髪を透かし照らす太陽は、いつまで経っても傾かなかった。

「博識ですね。よく来られていたんですか?」
「んーん、ウワサ。あとは想像?お祭りなんて初めてだよ。憧れてた」

思わず彼女の顔を見る。その表情は穏やかで、明るくて、心の底から今の状況を楽しんでいるように見えた。

「あ、私んちが恵まれてないなんて思ってないよ!?お家事情なんて色々あるし。うちはたまたまそうだっただけだ。私は充分幸せで恵まれたお家に生まれたよ」

ふふ、と頬を緩めたその表情に嘘はなかった。彼女の憧れに、楽しいと思うものへの不満の色は見えなかった。

「ゆーうきーやこーんこ、あーられーやこーんこ」

道行く子供の持つかき氷に目をやりながら、彼女が口ずさむ。

「ずいぶん季節外れですね」
「だね!でも私は、冬にやる花火にも、夏に来るサンタクロースにもロマンを感じるよ」
「豊かな感性ですね」
「褒め言葉と受け取っておこう」
「……豊かな感性ですね」
「なんで今二回言った!?」

ぱん、どこかで水風船が弾ける音がした。
照りつける日差しが眩しい。

「太陽、沈まないね」

いつかの新宿とは違い、ここは夜の来ない世界なのだろうか。

「夜だったらきっと、もっと素敵だったのに」

そう言って彼女は振り返る。しかし、それでも、太陽の光を受ける彼女の髪の金色は、ひるのなかの方がきっとよく映えるのだろう。

「浴衣だったら、もっと、ね」

彼女が背を向ける直前、どこか儚げな微笑みが見えた気がした。明るい髪のその人には、きっと深い青にアサガオの咲く浴衣が、昼の花火に似合うだろう。

「天草、私は君と、お祭りに行きたいな。夜の世界で花火がみたい」

歩を進めるごとに、祭囃子の音が耳に響く。彼女のささやかな望みを聞き逃さないよう、その後ろを歩きながら耳を澄ませた。

「叶わなかったら──」

どん、腹に響く太鼓が音を高める。
後ろ姿では唇を読むこともできない。

「カツキ、」

振り返った彼女の表情を見て、気づいた。彼女はまだ言葉の続きを言っていない。そう思考する途中、私の腕が彼女の白い手に引き寄せられる。

「手を繋いで帰ろう」

白い陽光は変わらず熱く照っている。
するりと私の腕を離して、微笑む彼女はまた軽やかに人の間を縫っていく。
太鼓は既に止んでいた。