双子物語





予感めいたものではなかった。
夜勤というか、朝方に帰宅、そのままベッドに雪崩れ込むように寝て数時間。日はすっかり昇りきっている。

今日は、夕御飯を食べようとあいつの行きたがっていたレストランでの食事以外、予定はない。
午前のうちから出掛けた同居人からのメールが届いていた。
現地集合で。
簡素な1文のみのメール。

これまでも、こんな日はいくらでもあった。あいつと飯に行くことも。女らしくない簡素なメールも。


だから、談話室で。何気ない話のなかに、息が詰まるような瞬間が来るなんて。思いもしなかった。


「だから、街中のカフェよ。」


全身が、強ばった。それから、じっとりと嫌な汗がにじみ出る。心臓の鼓動が、やけに早い。




「誰と?」

「んもぉ、あなたでしょ?前髪をそーんなに伸ばして。ティアラのせた人なんて。他にいないじゃない。」

「行ってねーよ。」


携帯に電話を掛ける。電波が届かない?そんな筈はない。電源が切れた、ならば。と、GPSで開いた所在地は、エラーを出して教えてはくれない。
オレそっくり、幻術ならば分かる。が、もしかして。


「貴方じゃないなら、あれは…」


昔、覚えのある記憶。
誰か、と間違えられる忌ま忌ましい記憶。
メイドや、親でさえも間違い、呼んだ名が頭に浮かんだ。


「…あいつ、殺されっかも。」

「…すぐ出れるわ、スクアーロにも聞きましょ。マーモンに念写してもらって。」















双子物語














街を歩いていたら、よく知った顔が話しかけてきた。


「よぉ。」


けれど、何て言えばいいのかな。確かにその顔も声も、一緒なんだけど。全然違う、何か、引っ掛かるものがある。確か、名前は…


『ジル、でしょ?』


双子とは聞いていたし、よく武勇伝のように語られていたけれど。それでも、双子は双子で。そっくり。仕草も、いたずらな笑みも。


「…やーっぱバレんだな。こんなちんちくりんの癖に。」


失礼なところも。


「なぁ、付き合えよ。オルゲルトの奴どっか行きやがって。王子の付き人にしてやるよ。光栄に思え。」


バカなところも。


『悪いけど、先約があるから。』


面倒なことには関わらない方がいいよね。って歩き出した私の腕をつかむジル。いやいや、ふざけないでよ。


『いや、行かないし。今からベルとご飯だから。』

「なおさら来いよ。死にたくねーだろ?」


笑みを見せたその顔が、ベルに似ていたから。ご飯食べるのも夜だし、いいかなって。そんな甘い自分を殴りたい。


『…メールだけ、打たせて。』


現地集合で。
それだけ打って送信。すると取り上げられてまさかのバキっと捨てられる。


「王子の前で何してんの?」


どいつもこいつも、王子の前なら逆に何をしたらいいんだよ。知らないって。…はぁ、ガキのお守りは懲り懲りだっていうのに。


「買ってやるよ、最新型の。」

『いや、要らない。自分で買う。だからもう帰ってくれない?
本当ならベル呼んで殺してもらうのが一番なんだけど。』

「本気かよ、それ。アイツにこの俺様を殺せるとでも?」

『じゃあなんで今すぐ殺さないの?ベルのこと。』


ずっと、疑問だった。
生きているのなら、邪魔なベルを殺しに来たらいいのに。


「その話もしてやっから。王子にいつまで立たせるつもり?」


ぐるり、と360度見渡して彼は私の腕を引いて店に入った。そして、「客を追い出して。」とお札をばら蒔くように床へ落とせば、奥にあったふかふかそうな椅子へどっぷりと座り込んだ。


『…それで?』

「あん?」

『本当は何のために来たの。』

「別に?車から外眺めていたらどっかで見たことのある間抜け面を見かけたんだよ。ちゃちゃ入れ。」

『それだけ?』

「もしかして、殺されるとか思っちゃってんの?誰かこんな。王子はこんな奴相手になんかしねーんだよ。」

『でも私に話しかけたでしょ?』


つまり、あれか。弟のおもちゃを遊びに来たのか。
いや、自分のことをおもちゃとか卑下するのはやめよう。


『暇人。』

「生意気だな、てめぇ。こんなやつのどこを気に入ってあのクソ弟は。」

『その弟の話、聞かせてよ。あいつの口からは武勇伝しか出てこないから。』



にんまりと、わらう。その顔は。本当にそっくり。けれど、話し方とか。接し方とかは違うベルを目の前に話しているみたいなのに、なんだか見た目と心が噛み合わなくて、なんだか変な感じ。


「それで、あのバカは…」


ふっと、言葉を区切ったジルは何かを探るように。だめだ、笑いそう。だって、その身構えるような姿は


『ベルそっくり。』


彼にとって、一番言われたくない言葉、だと思っていたのに。それなのに、彼は驚くことを口にする。


「──……─…─」

『え?』


目の前のジルが一瞬にして消えた。いや、上に、屋根を突き破って上に逃げただけ、か。


「生きてるかしらぁ?」

『…え?ルッスーリア?どうしてここに。』

「んもぉ、ベルちゃんが貴方と連絡がとれない。GPSも反応しないっていうから。」

『あー。』


なら、上で始まったのは兄妹喧嘩か。


「なぁに?もしかして、また貴女、敵さんと仲良くなったの?」

『敵じゃないよ、顔見知りなだけ。』


一度、ベルに真っ白なファーがついたコートをプレゼントしてみようか。ティアラのつける位置も逆にして。彼が、今日、私を欺くためにベルになりきったように。


「澪」

『喧嘩終了?』

「…言えよ、こう言うの。」

『話してみたかったんだよ、それにさ、』


ベルそっくりなんだよ。あの強引なわがままに、打ち勝てる方法を教えてよ。


『そっくりだけど、分かってたよ。』

「…パーマ、あてっかなぁ。」

『えええ?せっかく綺麗なストレートなのに。』

「るせ。」

『ん、』

「あ?」

『彼はエスコートしてくれたけどなぁ。
お手をどうぞ、王子様。』


重ねた手は、きゅっと包まれるのではなく、まるで骨を穿つかのように強く、強く、捕まれた。


「今日はお前の奢りな。」

『はーい。』


そう言いながらも、彼は新しい携帯も、夜ご飯も、さらっと払うものだから。本当に天邪鬼な王子様だこと。





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