お酒は20歳になってから
いつだって、窓際の深々と座れる椅子がボスの指定席だ。何でもない外の風景を見ながらボスは呑む。椅子を寄せて座るスクアーロも頬杖しながら。そんな彼らの間に挟まれたワインは赤。いつも誰がどこで調達しているのかは知らないけれど、読めない筆記体でかかれたラベル。わたしはいつも開けろ、といわれて開けて。注げ、といわれて注ぐ。ときどき溢して舌打ちを食らう。あとは氷が入っているなぞのバケツみたいなものにワインをさすようにおく。そこまで。
「やけに見るじゃねーか、ガキ。」
スクアーロは、私のことをガキだと言うがこの姿のせいだ。わたしはもうとっくに20歳は超えたし、スクアーロもすっかり30超えたいい大人なんだから女性に対しての言葉遣いのひとつふたつ覚えればいいのに。
『ナッツが食べたい。』
「おらよ。」
投げられたナッツをキャッチして食べる。…動物園のサルかな、わたし。
「たまには付き合え。」
『ええ、いいよ。そう言うのはレヴィに言ってよ。』
「あんなむさ苦しい野郎なんざ呼んでねぇ。」
『かわいらしい女の子がほしい?』
「銃ぶっ放して、走って転んで鼻血だす女がかわいいなんつー言葉知ってるとはな。」
『スクアーロって、女にモテないでしょ?』
ボスのグラスが開いたので注ぎにソファを立つ。後ろではベルとマーモンが何やらレヴィをからかって騒ぐ声が聞こえる。
『ねぇ、ボスって酔ってる?酔える?酔ったの見たことないけど。』
「…てめぇが酔うまで付き合ってくれんのか?」
『ボスまで言う?』
「ゔぉ゙おい…こいつには無理だろ。」
そうやって、煽られたら私、乗っちゃうんだよね。
『いいよ、呑む。味は嫌いじゃないし。』
「ッハ、言ってろ、ガキ。」
ボスに注いだはずのグラスを渡される。新しいグラス持ってくるのに。
『いただきます。』
まずはひとくち、それから喉をならしてのんだ。苦味に顔をしかめたいけれど、これ以上ガキだと罵られるのは勘弁。
『ごちそうさま、あたらしいグラスと、ボトル。用意して。』
「ぶはっ!おいカス鮫。てめぇも潰れんなよ。」
「誰に言ってやがる。」
ナッツをつまんで口に放りこんだ。体の内側があったかい、大丈夫。もしなにかあったところで彼らになんて気を使う必要がないんだから。
とくん。
無いはずの心臓が大きく跳ねた気がした。
おかしい。
その違和感はいつからだったか。
あいつがボスやスクアーロに混ざって酒を呑む姿は珍しく、横目で見てはいたけれど、今は完全に出来上がっていた。近くのソファに亀のように手足をひっこめ丸まってうつ伏せになっている。
「なぁ、もー連れて帰るけど。」
「起きたら張り合うなんざ100年早いっつっとけ。」
「へーへー。…なぁ、起きろって。担ぐの嫌なんだけ、ど…。」
肩を引いてひっくり返した。ほんのりと香るワインの匂い、それから紅潮した頬に細い黒髪がかかっている。いや、違う。
「…は?」
「あ?どーした、よだれでも垂らしてたか?」
「ちげーって。なぁ、…澪?」
思わず視線を下に思えば幾分か伸びてないか、身長が。どこか幼さが抜けた顔、もしかして。
「なぁ、こいつ。…歳とってねぇ?」
脇に手を入れてゆっくりと起こす。寝ている目が、ゆっくりと開いた。そして、笑う。『ん、ふふ。ベルだ。』いや、俺だけど何。
『寝ちゃった。まだ、のめる…のに。』
ソファに立ちあがって見下ろす姿は、やはり澪じゃない。
「あら!」
「ぬ。…よ、妖艶だ。」
火照ったこいつは、いまよりも10歳程歳をとっていた。それでもまだ身長差はあるのだけれど、どこか大人びたこいつが、酔ったこの顔で笑うのは卑怯だ。
「え、なんで?」
「驚くこともないよ、いいんじゃないかい?年相応で。」
「お前はまだまだガキだけどな、っしし。いーじゃん。へぇ、大人っぽくなった方が王子的にもいいし」
「つーか、こいつ意識あんのか?」
「なさそ。」
写真とっとこ。と、こいつの携帯を探る。ぽちっと押せば何故かホーム画面はベスター。
カメラを起動してパシャり。スクアーロなんかはすぐさまあいつ専用の医者に電話をしている。すっ飛んでくるだろう。なんせ、いい研究ができるとかいうのだから。
「心臓…は、相変わらず…ですが。いや、しかしこれは。」
「なにこれ。こいつの寝ぼけた頭とか覚ませねーの、マーモン。」
「ム、幻術にかけてもいいけど酔った頭じゃ何もかわらないよ。」
相変わらず無防備な顔で寝ている。幹部総出でこいつの体がどうなったのか見ているのにも関わらず。
「起きたらでいいじゃねーか。」
「そうね、それにいいことじゃない。綺麗になったわね、澪ちゃん。んふ、服買いなおさないと。」
「つーか、胸あるけど。へぇ、あっこから成長すんだな。っしし、まじウケる。」
「んもぉ、そんなこと言ったら殺されるわよ?」
「ねーって、まじで。」
誰もが待ちわびただろう。結局、そのまま談話室で話し込んでいれば朝になって。毛布に埋もれていたこいつが起き出したのも朝。
『…い、たた、頭、いたい。』
「っお、年増女。っしし、起きた?なぁ、鏡見てみ…はぁ?」
『何?朝一番でその声。』
見慣れた姿。幼い顔、足りない胸。いつも通りの身長差。
『はぁ?私が成長した?そんなことあるかなぁ、だって見てよ。ほら、いつも通り。』
「まじだって。ほら、写メ見てみろよ。」
『うわ、私の携帯だし。』
そういって見たら、確かに自分じゃない自分に興奮していた。跳び跳ねたり、医者に詰め寄ったり。さらに言えば、昨日飲んだからってワインを飲んでみたり。
「え、ワイン?」
「っそ、あいつ。寝るまでワイン飲んだら成長してんだって。ほら。」
「ゔお゙ぉい!あのカスガキ…一体何本開けてって、また高いの開けやがって…!」
『んん、うるさ。』
それでも、どこか大人びた寝顔は見ていてもいいものだった。
一番大人になりたがる癖に、飲みすぎねぇとなれないっつーバカみたいな現実。
(だめだ、どうしたらいいの。私、買い物とかしたいの。)
(そのままでもできるっしょ。)
(違う。ほら、なんていうの?大人っぽい服が着たい。)
(お前はそのままでいーって。)
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