私たちのカタチ



 温かい日差しに恵まれた今日こんにち
 世間ではジューンブライド≠フ広告がピークを迎える月で、結婚式を執り行うカップルたちが多いのもこの月。その例にもれず、私たちも今日結婚式を開く。玉狛支部で。
 お互いのこと、というよりヒュースのことを考えて静かな式。いつもより華やかなおめかしをしているだけで、みんなでごちそうを食べているときと何ら変わりはないのかもしれない。
 それでも特別な日。
 結婚だなんて遠い未来のことのように感じていたし、結婚がこんなにも簡単なものだなんて思わなかった。そして、相手がヒュースになるだなんて想像もしていなかった。



「オレと結婚してください」
「ほ、ほんと?」
 ヒュースはゆっくり、嚙み締めるかのように頷いた。
 私とヒュースはまさに茨の道と言えるような恋愛をしてきた。付き合い始めた当時は玉狛支部所属のB級隊員と玉狛支部の捕虜。陽太郎のおかげであっという間に玉狛に馴染んだけど、それで立場が変わるわけではない。捕虜と恋愛なんて笑えない冗談にも程がある。それはヒュースも分かっているはずだ。ヒュースが一番分かっているはずだ。
 エネドラッドが言っていたのは犬っころ=B近界でも犬という生き物がいて忠誠心の高いものの暗喩として使われているんだとも思った。でも、そのアフトクラトルという国家に忠義を尽くす兵士が、他国で、しかも敵国で恋愛に現を抜かすなんて誰も考えなかっただろう。私も生真面目なヒュースがそんなことするなんて想像もつかなかった。
 ヒュースが初めて告白してくれた時は何かのドッキリかと思って真に受けなかったけど、二回目でかなりの誠意を見せられた。本当なんだと思うと同時にどうしようと考えた。はっきり振ってしまえばよかったのかもしれないけど、私にはそれができなかった。ヒュースの期待の混じった瞳に見つめられ、口からこぼれたのは承諾の言葉。
 それからは内緒にすることを条件に密かに交際を始めた。ボーダーに所属する隊員は口が堅く、優しい人が多いからこのことを知ってもバラさなかった。ヒュースを近界民だと知らないからというのもあったと思うけど。だからといって周りの目を気にせずにイチャイチャしていいことにはならない。イチャイチャ、なんて人前でしたことない、はず。
 今までのヒュースとの日々を思い出していると、「おい」と不機嫌そうな顔が私を見ていた。
「返事は」
 頷こうとしてハッとした。私は、ヒュースと結婚の約束をしても良いんだろうか。私とヒュースは別の世界の住民で、それは絶対に変わらない。そんなこと分かって付き合っていたけど、結婚となると言葉の重みがかなり違う。
 結婚とは、つまり、痕の残るタイプのキズのようなものだ。夢のないことを考えている自覚はあるけど、実際そうだと思う。戸籍に登録するなら苗字を変えて、印鑑を変えて、諸々の名義を変えて。何か特別な理由がない限り同じ空間に住むわけで。相手にすべてを捧げる。どのような形であれしてきたという事実でありキズ。
 うだうだ考え事をしていると突然視界に大きな影が映りこんで、「遅い」という声とともに体が傾いた。包み込まれるような温もりが伝わってくる。
「ヒュー、ス」
「余計なことを考えるな。おまえはどうしたいんだ。別に、嫌なら嫌でかまわない」
「嫌、じゃない。けど、決意が固まらないの」
 ヒュースはどれくらい考えてこの結論に至ったんだろう。もしかすると何も考えずに行動を起こしたのかもしれない。素直にその気持ちを受け入れられる立場であったらどれほどよかったか。公言しないことを前提に私たちの関係も認められていたようなもの。きっと、ここまで続くなんて誰も思っていなかったんだろう。
「嫌じゃないなら、肯定として受け取ってもいいのか」
 人様がこんなに悩んでいるのにヒュースはそんなことも露知らず、簡単にそれを言ってのける。今考えを出せなんて難しい話。それなのに、頭では迷いがあってもその言葉を私の心は拒絶せず、それはスッと染み込んだ。気づけば、「いいよ」なんて承諾の言葉を吐いていた。あの頃からヒュースに流されてる気がする。はたしてそれがヒュースの意識的行動なのか無意識的行動なのかはわからないけど。それなのに、後悔した気分にならないのは不思議だ。
 ヒュースは安心したような柔らかい表情をしていて、玉狛のみんなが見たら確実にいじられそうな顔してる。ヒュースが安心できる世界になったことは喜ばしいことなんだよね。



「ほらほら〜。新婚さん撮りますよー」
 ニヤニヤというような顔で宇佐美先輩がチェキをかまえている。拒否する理由なんてないから、ヒュースの腕を半ば強制的に私の腕と組ませて、両手でピースを作って写真に写る。出てきた写真を見せてもらうと、混乱した様子のヒュースが写っている。普段見れない表情で微笑ましい。宇佐美先輩は満足したのか、ニヤニヤとした様子でみんなの輪の中へ戻っていった。最後にグーサインを送られた。
 写真をじっと見ていると、ずっとあった違和感の正体がようやくわかった。
「そういえば指輪貰ってないや」
 小さく呟いたつもりだったのに、ヒュースはそれに気が付いて呆れたような顔をしている。私が間違ってるのかな……?
 ヒュースは私の左手を包み、「必要がないと思って買っていない」とはっきり言った。知らなかった、というわけではないみたい。向こうにも同じ文化があるか、もしくはきっと迅さんあたりが吹き込んだんだろう。はたまた自分で調べたのかもしれない。でも、私は指輪があるものだと思ってた。どの家庭の事情も様々だけど、私の知っている限りでは結婚指輪を買わなかったという話を一度も聞いたことがない。だから、知らない間に指輪は必須アイテムだと刷り込まれていた。
 必要がない理由が何なのかは知りたい。
 私の顔に出ていたのか、元々説明するつもりだったのかはわからないけど、ヒュースは私の目を見て口を開けた。
「祖国には婚約指輪も結婚指輪という文化はない。結婚式のような儀式じみたものはあるが」
「儀式なんて夢のない……」
「大衆の前で愛を誓ってキスをすることで、今後他人とそういう関係にならないための」
「わー!! もういいよ! 指輪の話続けて……」
「……」
 ヒュースに呆れ顔をされたけど、結婚を冷静に分析すると虚しくなる。結婚をキズだと言った人間の考えることではないのかもしれないけども。
「指輪は夫婦であることの証明と自分たちの気持ちを具現化したものらしいが、別に気持ちをわざわざ具現化しなくてもオレたちは離れないだろう」
「何、その確固たる自信……恥ずかしい」
「おまえは離れるつもりなのか?」なんてわざとらしく聞いてくる。こっちの世界に住み始めた時と比べると、意地の悪さが成長している。ちょっと腹立つけどすぐにその気持ちは静まった。惚れた弱みのせいにしておこう。
「死ぬまで一緒にいる予定です」
「重い」
「なんで!? ヒュースが聞いてきたのに!!」
 心底めんどくさそうに、耳を塞いで適当にあしらうヒュースの顔は、本気で嫌がっている顔ではなくて今を楽しんでいるような顔をしている。ヒュースにとって玉狛ここが心を置ける場所で、私が心を許せる人になれてよかった。

 今日の日付は、『6月12日』。
 私とヒュースの結婚記念日になる日であり、ヒュースの誕生日である。
 一生忘れられない日になると同時に、見えないキズを負う日。
 
「ヒュース、これからは夫婦としてよろしくね。ヒュース、お誕生日おめでとう」
「あぁ」
「プレゼントは私でどうですか?」なんてふざけて言えば、触れるだけのあたたかいキスが額に落とされた。
「もとからそのつもりだ」
「貪欲め」

 これから、私たちらしく、私たちにしかつくれない、幸せのカタチを。



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