寄り道と副産物



 ショッピングセンターはというとかなり混んでいる。そりゃあ、日曜日だものね。
「では、買い出しメニューを発表します。まち針、裁ちばさみ、ミシン糸(赤)、画用紙、アイス、です」
「……ツッコまないからな」
「それでいいかもしれない。それで、どうする?」
「まち針と裁ちばさみとミシン糸は手芸店に行けばあるよな。画用紙は、文房具売り場か?」
「多分。あー、画用紙は折れたらヤだから先に手芸店行こうよ」
「そうするか」
 とは言ったものの、地図記号と図面記号は読めるけど地図読むのは苦手。今だに場所分かってないもん。スマホで内装調べてもさすがに出てこないし、私についてきたら迷子になれる。防火扉に付けられている地図を見てもどこが右で左なのかを理解するのに時間がかかるもん。
 人様が久しぶりに頭を使っているというのに、頭の上からため息が降ってきた。そこには呆れ顔している哲次が一人。
「場所なら覚えてるから早く行くぞ」
「まじですかい。ありがとうごぜぇます」
「そろそろ地図くらい読めるようになれよ」
「私には荒船哲次という万能人間がいるのでいいかなって。一家に一台、荒船哲次。まぁ、正直無理だし……」
 いや、でも、荒船哲次大量生産は恐怖かもしれない。総台数二台くらいでいいかも。
「アホなこと言ってんじゃねーよ。早く行くぞ」
「31のアイス一つで手を打とう」
「……わかったよ」
「え、ほんと!? やったー!」
 何も反応を示さなくなった哲次の後に着いていく。本当に場所を覚えているのか足取りに迷いはない。歩く速さは普段の速さ。気を使ってくれてもいいじゃない。歩行スピードを速くしているからさすがに疲れる。少しずつだけど着実に距離が離れていく。こちらの様子を窺うくらいなら遅くしてください。
 せめて隣に並ぼうと小走りしようと思うや否や、人が多い場所に来てしまい人混みに負けて哲次を見失ってしまった。流されているわけじゃない。人が多くて進みたくないだけ。
 人の濁流に圧倒されているとスマホに着信が入った。スマホをジャージのポケットから取り出して画面を見ると『荒船哲次』と表示されている。
「今どこにいるんだよ」
「下の階が見下ろせるガラスのとこ」
 ため息が聞こえて、動くなよ、と念を押された。電話は切れてないから見つからなかったら話しかけてくるかもしれないってことなのかね。
 ガラス越しに下の階を見下ろすといろんな人がいる。私たちみたいに買い出しに来てるのかなって人たち、休日を謳歌している学生たち、リア充たち、その他多数。アイス屋さんにたくさん人が並んでる。もしかしなくてもきびしいかな。
「おい、返事しろよ」
「ごめんごめん」
「あとでアイス奢りな」
「んげ、」
「んげ、じゃないだろ。俺がアイス奢らなきゃならない義理もないんだよ」
「うっ。じゃあ、アイス奢るからアイス奢って」
「意味わかんねー。とりあえず早く買いだし終わらせるぞ」
「あ」
「疲れる」
 ほら、手出せ、と言われ渋々両手を出すと右手首を握られた。流れ的に手を握られると思いました。
 次は歩行速度を遅くしてくれてついていきやすい。小学校に上がるくらいの時もこんなことしてたかもしれない。その時は……その時も手首だったかも。手をつなぐと歩きづらいと言われた記憶がよみがえる。それはそうだね。それにしても手首を掴まれている絵面は傍からどう見えているのかな。少女漫画であれば間違いなく周囲のモノが霞んでいるんだろな。……いや、ない。私と哲次がそういう風になるなんて想像がつかない。
 哲次に導かれるまま歩いていると、あれよあれよという間に買い出しが終わった。ほとんど何もしてない気がする。強いて言うならば、メモを読み上げたり、迷子にならないように哲次の側にいただけ。
 なんで買い出し任されたんだっけ?
「あ。アイス食べに行こうよ。アイス。奢り合いで」
「なんで奢ることにこだわるんだよ」
「人のお金で食べるアイスは美味しいから?」
「……ぜってー奢ってやらねぇ」
 けちんぼ哲次から離れないように歩いていると、視界にアイス屋さんがはっきりと映り込んだ。もちろんそれは哲次の瞳にも映り込んだだろうから念を送る。アイス屋さんを通り過ぎたところで哲次が大きくため息をついて立ち止まった。念が届いたのかな。やったね。
「手離せ。歩きづらい」
「あ」
「ガキ」
 鼻でフンと笑われたがこれは私が悪い。無意識のうちに左手で私の手首を掴んでいる哲次の右手を掴んでいた。……アイス、美味しいもん。
 丁度立ち止まったのがアイス屋さんの目の前ということもありそのまま強制連行した。なされるがままだったのは、きっと公の場でめんどくさいことを起こしたくなかったからだと思う。
 そこそこ人はいたけど列はさくさく進んであっという間にレジの前に立った。あの、お店の上のオススメアイス? それをゆっくり見ることもできなかった。それを見ずとも頼むアイスは決まっている。哲次とは別々に支払った。奢るのが冗談なのはお互いに分かっている。回数なんて数えるのがバカらしく思えるほど繰り返してきたし。
 少し経つとアイスを渡されて、哲次と一緒に空いている席に適当に座る。店内は空いていて居心地が良い。
「アイスってどうしてこんなにおいしいんだろう。毎朝のごはんはアイスでもいいかもしれない」
「早く食べないと溶けるぞ」
「冷徹だ。哲次の心は、アイスクリーム……って、人のアイス勝手に食べようとしないで! それはコソ泥のすること。もしかして、哲次はコソ泥だった?」
「違ぇよ。誰かさんのせいで時間とってるのに、これ以上ちんたらしてたら駄目だろ」
「はっはっは」
 じっと荒船を見ながらアイスを食べていると、「おい」という何とも不機嫌そうな声がした。
「一つ聞いてもいいか?」
「うん」
「どうしてクラスにいるときは人畜無害な人間を装ってるんだ? どんなに取り繕ったって、お前はお前だろ」
「人畜無害て……装うつもりはなかったんだよ。ただ、悪目立ちしないように生活してたらこのイメージで固定化されちゃったから、もういいかなって。となると、この私を知ってるのは哲次プラス数名かもしれない。やったね、秘密の共有だよ」
 クラスにいるとなぜか気分が沈んでしまう。クラスのやつらは悪いやつではないが好まない。保守的に生きた結果がこれだから仕方ない、と思う。
 まぁ、そんなことはさておき。変な意地みたいので明るいキャラに戻すのはできないんだよな。
「あ、そうだ」
「どうかしたか?」
「今思ったんだけど、付き合わない? 私たち」
「…………は?」
 ガン飛ばしそうなもんだと思ったのに、哲次はアイスの乗ったスプーンが宙に残ったまま完全停止している。アイスよく落ちないな。哲次の顔とアイスを交互に見ているとようやく動き出した。
 金魚のようにパクパクしている口からは声が出てきていない。こんな顔するんだね。パクパク、と言うほどの回数はないのかもしれないけど。結構な間抜け面をしております。
「はー……どうしてそうなったんだ?」
「学校つまらないし、哲次なら気心知ってるし、みたいな。本当に何となく」
「不誠実だな」
「ふふ。まぁまぁ、返事をききたいな。今すぐ」
 答えの予想は付いているのになかなか返答が来ない。てっきり、「阿保抜かせ」とかそんなことを言われると思ってた。
 待てど待てども中々返答は来ない。心配になり、哲次の顔を窺うがいつも通りに見える。真剣に考えてもらうのも少し困る、かもしれない。軽い気持ちで言ってしまったから。でも、この今までの人生の中で誰と付き合うかと言えば間違いなく哲次を挙げる。私の人生に不可欠な人物だもの。
 哲次なら、というのもあるけど。
「そんなに考えてくれると思わなかった。軽い気持ちで言ったから気にしないでも」
「俺は、お前が好きだ」
「うん?」
 お前、という言葉が向けられたのは、間違いなく私なわけで。その言葉を噛み砕いて理解するのに少しだけ時間を要した。理解すると顔が熱くなった。
 きっと、ほっぺ赤くなってるんだろうな……
 アイスのカップに触っていた手でほっぺを触ると冷たさがちょうど良い。この冷たさはありがたいけど、アイス屋さんでする話じゃなかったかも。
「それ、本当ですか?」
「あぁ。嘘をついても仕方ないだろ」
「いや、まぁ、そうなんだけと。うん」
 さっきまで気が動転してたくせに、もう平常運転。
 何年も一緒にいると相手の存在が貴重なものだと思わなくなる。当たり前の存在だから。何を言えば、すれば、相手がどういう行動を起こすのかは感覚でわかってる。
 だから、距離が置かれることはないと思って言ったのに、哲次がそういう風に思ってるなんて想像できなかった。
 いや、そんなことはどうでもよくて。
 哲次が真剣に考えてくれたのだ。私も誠実に言わないと。
 哲次のことをかっこいいと思ったことはある。かっこいいもん。ただ、好きかどうかと言われるとそれは別になるわけで。好きなんて個人の感覚だし、理解し難い部分がある。
 もし、嫉妬を恋の一部に入れても良いのなら、私は哲次に恋をしている。
 誰かと一緒にいることは別にいいし、誰かと付き合って、結婚して、というのもかまわない。哲次の幸せが一番だから。
 でも、どんな境遇になろうと哲次は何があってもそばにいるなんて思ってた。軽い気持ちで言ったけど、すべてが哲次がいる前提だから私は哲次のことが大好きなんだろな。
「哲次」
「改まってどうした」
「言いたいこと一つできたけど、その前に一つ」
「おう」
「どうしてそんなに平常心でいられるわけ?」
「別に答えを求めてるわけじゃないからな。これくらいの距離の方が俺らには合ってると思うし」
 それでも凄いや。哲治怖い。
 笑顔で言えることじゃないと思う。罪悪感が半端ない。でも、今持っている気持ちに気がついたからセーフだよね。
「それでは、言わせていただきます」
「おう」
「私は、哲次のことが好き。さっきの告白もやり直させて」
「……は?」
 哲次はガタンと音を立てて席から立ち上がって、足を机の角にぶつけた。痛そう。にしても、さっきよりも驚くってなんなの……?
 アイスは半分以上溶けていて、飲んだ方が早いように見える。
 告白をしたのに恥ずかしさは出てこなくて、自分が誰かに恋をしていた事実が何より驚いた。
「哲次、私は君が好き。好きだから付き合いたい。それは他でもない哲次がいいんだよ」
「……俺も、お前が好きだ。俺でよければよろしくな」
 周囲の視線が向けられていることに気がついた。本当に、アイス屋さんで何やってんだろ。でも、今じゃないとダメだと思った。きっと今この瞬間に感じた思いは忘れちゃう気がするし。
 確証なんてないけど、哲次なら何とかなる気がする。何が、と言われるとわからない。本当に、何となく。
「まったく、私を好きになるなんて変わってるよ」
「その俺を好きになったのはどこのどいつだよ」
「うっわ。急に自信持ち始めるじゃん」
 スマホに着信が入り、相手も確認せずに通話ボタンを押すと鼓膜が破れそうなほどの大声が聞こえてきた。周囲の人にも聞こえたみたいで一部の人から憐みのような目を向けられた。
「ねぇ、いつまでかかってるの!! 早くしないと間に合わないよ!!」
「それはあなた方の協調性が悪いだけでは……」
「ま、そんなことはどうでもいいから早めにね!」
 ……どうでもいいんだ。なんか、急に帰る気失せたよ。これだから学校祭は好きじゃないんだ。
 わざと遅れて未完成のまま当日迎えさせてやろうか。学校祭なんてくそくらえってんだ。楽しめる人たちは、きっと協調性の塊のようなクラスの人たちなんだろうな。分けてほしい。
「哲次、どうして学校祭なんてあるんだろうね。まだサンタがいるなんて夢見てる子どもを扱ってるみたいで疲れるんだけど」
「勉強だけだと疲れるからだろうな」
「自分の担当時間になったら適当な理由でもつけて抜け出そうかな。お主もどうだい?」
「休んでる間に見つかったらどうするんだよ」
「……逃げる」



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