ゆるやかに欲情

「きゃー!!!やっぱマイキーと珠綺ってそうだったんだ!ー」

「うるせ……エマ、朝から騒ぐなよ…。つーかよく見ろ、どう見ても虫刺されだろーが」



 眠い目を擦りながら珠綺に引かれて母屋に入ると、目玉焼きを焼いていたエマが突然悲鳴を上げた。いや珠綺の言う通り、マジでエマうるさい。眠気に勝てずカクカクする頭を珠綺の背中に預ける。珠綺は「重い…」と小さな声で文句を垂れた。



「え?………なーんだ、つまんないのー」

「つまるつまらないの問題じゃねーよ。悪いけど、ムヒ貸してくんねぇ?」

「いいけど……どこに仕舞ったっけなー?」



 居間の方へムヒを探しに行くエマを見送って、珠綺はオレを引きずったまま冷蔵庫に手をかける。お目当てはエマが珠綺用に常備してる麦芽コーヒーだろう。あー、動くなよ……頭が落ちそうになるだろ。抗議するようにぐりぐりとデコを背中に押し付けると、珠綺は「痛い痛い!」と悲鳴を上げた。ザマーミロ。



「……珠綺、首…」

「え、今更?」



 ノロノロと頭を上げると、丁度オレの目線の位置に珠綺の白い首筋があった。そこにぽつり、と紅い斑点……オレ、あんなとこに付けたっけ?



「さっきエマに話してただろ。虫に刺されたんだよ」

「ふーん…」



 手を伸ばしてツーっとなぞってみる。確かに、虫刺され特有のぷっくりとした膨らみが出来ていた。



「んっ……おい、ただでさえ痒いんだからやめろよ」

「……珠綺の浮気者ー」

「はぁ?」



 ……浮気者、ってのはちょっと違うか。オレらは別に付き合ってるわけじゃねぇし。でも、オレの1番は珠綺だし、珠綺の1番はオレだ。これは絶対。間違いない。



「お前いつまで寝ぼけてんだよ……いい加減自分で立て」

「………」

「万次郎、聞いてー……んっ、」



 珠綺の背中にのしかかり、がっしりと首に手を回して首筋にかぶりつく。



「おい…ちょ……っ…!」



 珍しく焦った声を出す珠綺を無視して、ちゅ、ちゅ、と何度か口を付けて最後に強く吸い上げる。ぷは、と口を離せばさっきまでよりも大分くっきりとした紅が出来上がった。



「…………よし」

「何がよし、なんだバカ万次郎!」

「いってぇ!」



 振り向きざまにオレの脳天に拳が落とされる。コイツ、マジで手加減を知らねぇよな…。



「珠綺ー、ムヒあったよー………って、何してんの?」

「強制的に目を覚まさせてた」



 頭を抱えてしゃがみこむオレを、エマが呆れた顔で見下ろしている。



「先顔洗ってくる」

「あ、分かった。ムヒ、テーブルに置いておくからね?」

「ん」



 ガリガリと首をかきながら洗面所に向かう珠綺。チラッと見えた横顔がほんのり赤くて思わずにやける。



「……マイキー、珠綺に何したのさ」

「んー?秘密」



 珠綺の肌を赤くするのはオレだけで十分って話。



2021.07.22