そのひとボクの
※ぬいネタ(ご都合主義)
※謎軸(血ハロ、聖夜決戦盛大に無視)
「お待たせしました、オータムフルーツタルトです」
店員さんに運ばれてきたキラキラ光るフルーツタルトは、どこぞのグルメリポーターが良く言う宝石箱≠サのものだった。少し前にバラエティ番組で見て以来ずっと気になってた青山の洋菓子店。HRが終わるなり速攻向かったっていうのに辿り着いた店には既に行列が出来て少し萎えたのはココだけの話。でも、今はあの時Uターンしなくてホントに良かったと思ってる。艶々とした巨峰やイチジクを暫くの間うっとりと眺めてたけど、ずっとそうしてるワケにもいかねぇと自分に言い聞かせてテーブルに備え付けられてたフォークを手に取った。
「………あ、忘れてた」
いよいよフォークが柿に刺さる手前で「おっと」と手を止める。私としてはどうでも良い事なんだけど……ちゃんとやらねーと後でエマがうっせぇからなぁ。いそいそとカバンからあるモノを取り出して、携帯をインカメに設定する。美味そうなタルトの前にソレを置いて、カメラアングルはエマから徹底された斜め45度に。自分がやや上目使いなのがちょっとキモいけどー……これも言われた通りにやらねぇと(以下略)。撮り終わった写メはメールに添付して、任務は完了。私はようやくオレンジの宝石にフォークを突き立てたのだった。
「意味わかんないッ!!!」
そもそもの始まりは数日前の夕方。再放送の推理ドラマが終わってニュース番組に切り替わる頃の事。手土産にと買ってきた今川焼を頬張りながら、エマが興奮気味にバンッと机に両手を打ち付けた。
「在り得ないッ!!珠綺はそれで許しちゃったワケ!?」
「んー……確かにムカつきはしたけど、どっちかって言うと私を連れてかなかった事に対してだし……まぁ、アイツの性格上何言ったって無駄だろ?」
言いながら私も手にしていた今川焼をぱくり。……カスタードか……あんこの気分だったんだけどなぁ。視線を上げてエマの持っている方を見ると食べかけの生地の中から粒あんが顔を覗かせていた。
「なぁ、半分こしねぇ?私もあんこ食いてぇ」
「あ、ウン、それは別にいいけど……って、違うッ!!そうじゃなくって!!」
「あぁッ!だから全部食うなよ!!」
エマの奴、言ったそばから残った今川焼を全部口に押し込んじまった。もぐもぐ、と長い事咀嚼して、ゴクンッて喉を鳴らすと再びこっちをキ゚ッと睨んでいる。何だよ、文句言いてぇのはこっちの方だぞ。
「約束すっぽかされて何でそんな平気な顔してんの!?しかもその理由が他の暴走族との喧嘩なんて信じらんない!」
信じるも信じねぇも、実際に起こった事だから何とも言いようが無ぇんだけど……。事の発端は今日の放課後、万次郎に約束をドタキャンされた事にあった。雑誌で見た老舗の今川焼屋に行こうって約束してたんだけど、待ち合わせ場所に向かう途中で急遽「殴り込みに行く事になった」との電話が入る。何でも壱番隊の1人が揉め事を起こしたらしく、その報復に行くのだとか。「私も行きたい!」とダメ元で言ってみたがあっさりと却下されちまった。……まぁ、分かってたけどね。東卍の揉め事には、基本的に私は関与させてもらえねぇから。
「今回のは急に決まった事らしいから仕方ねぇよ。万次郎がドタキャンすんのは今に始まった事じゃねーし。この前なんて、ドラケンが休みだったせいで夕方まで寝過ごしたとかぬかしやがった事もあったくらいだぞ?」
イチイチ怒ってたら胃が何個あっても足りないっつーの。それに、事実としてあんま腹が立っていないんだから文句言う気も起きないんだよ。万次郎が来れなくたって、私が食いたいと思ったなら1人でも向かえば良いだけの事。万次郎が食いたいって言ったモンならまた時間が合った時に行けば良い。私は誰かと違って我慢の出来る人間なんで。……でも、今目の前にあるこの今川焼は我慢出来ん!私は万次郎用にと買ってきたあんこ入りの今川焼に手を伸ばした。
「んも—————っ!!!」
「あ、私の今川焼!!」
今川焼を手にするまであと数センチってトコで、エマが今川焼の袋を掻っ攫いながらすくっと立ち上がった。すっかり落ち着いたと思っていたのに、急に牛みたいな声を上げてさっきよりも数倍鋭い目つきで私を睨みつけている。せめて今川焼は返せと訴えると、エマはフンって鼻を鳴らした。
「マイキーもマイキーなら珠綺も珠綺って事がよーく分かりました!」
「あ?私の何が悪いっつーんだよ?」
「何が悪いか気付いてないのが1番問題なのッ!」
「あ——————ッ!!!」
そう言ってエマは私の(実際は万次郎の)あんこ入りにかぶり付いて、鼻息荒く自分の部屋へと帰って行った。数分後ダイニングに返ってきたエマの手には今川焼の代わりに裁縫箱と、それから袋に入った何かのキットらしきモンが抱えられている。エマはそれらを私の目の前に並べて、何故だか得意気な顔でこう言った。
「珠綺、手先器用だしぬいぐるみ作るのなんておちゃのこさいさいだよね?」
「………は?」
何だって?ってか、おちゃのこさいさいって古くね?
「クラスに手芸が好きな子がいてね?前にウチにソックリのぬいぐるみを作ってもらった事があったの」
ホラ、とエマが差し出したのは長い黄色い髪を左に流した女の子のぬいぐるみ。うーん、成程……確かにエマに似てなくも無い。
「へー、上手いモンだな」
「でしょ!どうやって作ったのか聞いたら、そういうキットが売ってるって教えてくれて。それがこのキットですっ!」
じゃーん、なんてワザとらしい効果音と共にぐいぐいとキットとやらを押し付けられる。若干うんざりしながらもソレを受け取ると、中にはフェルトと綿、それから刺繍糸なんかが丁寧に梱包されていた。
「結構本格的なんだな」
「そうなの!ウチも作ってみようかなーって何個か買ってみたんだけど……」
「だけど?」
首を傾げながら聞き返すと、エマはバツが悪そうにフイっと顔を反らした。
「あんま、上手く出来なくて……ケンちゃんのぬいぐるみ、作ろうと思ってたんだけど…」
……あの髪型をぬいぐるみで表現するのは初心者には難しすぎないか?それに、あの墨……刺繍するにしてもフェルト切るにしても労力えげつないぞ?
「結局友達に頼んで今度仕上げてもらう事にしちゃった」
「あー……ウン、まぁそれが良いと思う……で?そのエマの失敗談と私が手先器用なのと何の関係があるんだよ?友達がぬいぐるみ作ってくれんなら私が作る必要ねぇだろ?」
「違うよ、そうじゃなくって!珠綺もマイキーのぬいぐるみ作ったらどうかなって」
「私が、万次郎の……?え、何でまた」
つーかメンドい。思わず漏れ出た本音にエマはぷんすか怒り出す。ああ、余計な事言っちまった。
「マイキーの珠綺に対する独占欲はかなり酷いから、自分以外の何かと珠綺がツーショット撮ってたら確実に嫉妬すると思うんだよね!」
「何かって……まさかソレをぬいぐるみで代用しようって?」
「その通り!」
自信満々に言い切ったエマには悪いけど、流石に
「あのさぁ、いくらヒト型とはいえぬいぐるみに嫉妬って……ガキじゃねぇんだぞ?」
「マイキーの知能は5歳児と良い勝負だって、前に珠綺が言ってたじゃん」
「あー……まぁ、そりゃそうだけどー…」
私が言葉を詰まらせると、エマはニッコリと可愛らしい笑みを浮かべて裁縫箱を開けた。
「大丈夫、
コイツは一体何に対して使命感を燃やしてるんだろう……?けど、こうなったエマを止めるのは至難の業だ。良くも悪くも、コイツにも佐野家の血が入っている。どうしてこうも、兄妹揃って強情なんだろうか。私は仕方なく、エマに言われるがまま裁縫箱からチャコペンとはさみを取り出した。
「………はぁ、うまっ」
そんなこんなで、今日も今日とて『ケンチンとバイクの部品買いに行ってくる』と万次郎に約束をドタキャンされた私は、エマの指示の基アイツに似せて作ったぬいぐるみと2ショット写メを送り付ける羽目になったのだ。何が悲しくて1人ぬいぐるみと2ショット撮ってんだか……。店内は沢山の客で賑わっていて、殆どが2〜4人のグループでタルトを囲んでいる。口の中の巨峰の酸味が無くなる前に2口目をぱくり。マスカットの瑞々しさに感動しつつも、確かに私も誰か連れて来るべきだったと少し後悔した。別に1人が寂しいってワケじゃねぇよ?サツマイモのタルトに洋ナシのタルト……色々食ってみたいタルトが多すぎて、大人数で来れば色んな味が楽しめたのにって思っただけ。
「…流石に1人で3つも4つも食うのはダメだよなぁ……んー、でもあと1コくらいなら…」
タルトを突っつきながらメニューをペラペラと捲った。和栗のタルトも美味そうだけど、リンゴもいいなぁ……あ、でもやっぱコレかな。
「すみませーん、追加注文いいですかー?」
綺麗な黄金色したカボチャのタルト。縁を囲うホイップにオバケを模した顔が描かれていて見た目も楽しいハロウィンまでの限定品!ついでに紅茶のお代わりも頼んで、私は再び鼻歌交じりに残ったフルーツタルトを頬張り始めた。今度はクリスマス前に来たいなぁ。冬のタルトって何だろ?イチゴとか?次はエマとヒナちゃんを誘ってみようか。……なんて先の予定をボーっと考えてると、急に外が騒がしくなった。最初は「うるせぇな」くらいで特に気にもしてなかったんだけど、その音はどんどんと近付いてきて、「何か聞いた事ある音だなぁ」と何の気なしに窓の外に視線を向けてギョッとした。
「………え、ホラー?」
窓に張り付いてジロリと私を見下ろしてる金髪の男。よくよく見ると、後ろにはバイクに跨ったまま頭を抱えるドラケンの姿もある。……そうか、あの音はゼファーの排気音だったのか。1人納得してるとゴン、ゴン、と強めに窓を叩かれて視線が見るからに不機嫌そうな万次郎に引き戻された。万次郎は私を見て、テーブルの上の食べかけのタルトを見て、それから私の隣りに視線を移して一層顔を強張らせる。
「……あ、あのー…」
「え、ハイ?」
恐る恐る、といった具合で私に話しかけてきたのはさっき追加注文を頼んだ店員さんだった。
「ええと、お連れ様……ですか?」
気付けば店内にいるほぼ全員の視線が此方に集中していた。ああ、頭が痛ぇ……。
「あー……すいません、さっき頼んだタルト持ち帰りにしてもらえます?」
いくら私でもこの痛い視線の中でタルトを食える程の鋼の心臓は持ち合わせてない。第一、こんな状況でタルト食ったところで味なんか分かる筈もねぇ。そそくさ支払いを済ませて店を出るとドラケンはゼファーごと消えちまった後で(アイツ逃げたな…)、両頬をこれでもかと膨らませたデカいガキが1人その場に残されていた。
「お前、ドラケンとバイクの部品買うっつってただろうが。何でこんなトコに居んだよ」
「………ねぇ…」
「はぁ?」
万次郎はぽつり、と呟いてわなわなと震え始める。何だ、風邪か?
「オイ、万次郎?どうしたー……」
「浮気するなんて許さねぇからなッ!!」
「………ハイ?」
急に大声出したと思えば……。万次郎が口にした浮気≠チて単語に何の事かと頭を捻る。大体、浮気≠チつーのは付き合ってるからこそ浮気≠ネワケで、私らには縁も所縁も無ぇ単語なはずだ。
「お前、何言ってんだ?」
「オレ以外の野郎と2ショット撮ったり、ケーキ食ったり!どう考えたって浮気だろうが!!」
益々意味が分からん。もう浮気云々はこの際置いておいて、いつ私が
「お、オイ……お前マジで何してんの?」
「……あった!」
無視かよ。万次郎は目当ての物を取り出して「んっ!」と私の前に突き出した。
「………ん?」
「だーかーらッ!コレ、何なワケ?!」
万次郎が手にしてるのはこの前エマに言われて渋々作り上げた万次郎君人形=B……そんな猟師が獲物捕まえた時みたいな掴み方すんなよ。首に皺寄っちまってんじゃんか。
「何って、人形だよ。お前モデルにした。中々良い出来だと思わねぇ?」
「ンな事聞いてねぇし!何でオレと来る約束してた店にコイツ連れて来てんだって言ってんの!」
「何でって……お前が来れねぇって言ったんだろうが」
「今日は、なッ!明日でも明後日でも、オレを連れてくればいいじゃん!」
「明日は無理だろ……お前、ドラケン達とツーリング行くって言ってたし」
むしろ、だから今日部品買いたかったんじゃねぇの?私の返事に万次郎は益々機嫌を損ねたらしく、自分の分身とも言える人形をぶんぶん振り回しだした。……ってか、え?コイツ、マジで?
「………お前、まさかその人形に妬いたとか言わねぇ、よな?」
「あ゛!?それが何だ?悪いか!?」
万次郎は恥じる様子も無く堂々と言い切った。
『大丈夫、
途端に脳内にエマの自信満々な笑顔が過る。妹、恐るべし。お前の兄貴、マジで知能5歳以下だったわ。
「珠綺には
そう言って万次郎はぎゅうぎゅうと私に抱き着いてくる。うーん、何と言うか……どこまでもワガママで、唯我独尊で、自信過剰な奴だ。まぁ、でもそんなコイツがちょっと可愛いと思うんだから私も大概だと思う。
「ハァ………明後日から、サーティワンでハロウィン限定フレーバーが発売するらしーんだよね」
「!!オレも行くっ!!」
「じゃあ、放課後駅前待ち合わせな」
「迎え行くッ!だから二中の前で待ってろ!」
カバンを下げてる方の手でぽんぽん背中を叩くと、万次郎は満足したのかぐりぐりと顎を肩に押し付ける。……これじゃガキっつーよりでっけぇ猫だな。
「とりあえず、今日はウチで
「さっすが珠綺!愛してる!!」
「ハイハイ……」
お前が抱き着いたせいで箱潰れてるんだけどな。それと、いい加減お前が握りつぶしてる万次郎君人形≠解放してやってくれ。そろそろ可哀そうだ。我ながら結構気に入ってんだよな、その人形。だから何となくベッドの枕元に飾ったのに、翌朝起きると何故だか人形は部屋の端の方に横たわっていた。事の犯人であろう人物は私の腰に抱き着いて爆睡中……。スマン、万次郎君人形=c…お前を回収してやれるのは、もう少し先になりそうだ。
2022.02.05