同じ温度で飽和して

「あれ?珠綺、そんなTシャツ持ってたっけ?」

「ん?これって万次郎のじゃねぇの?」



 集会が終わって珠綺の家でくつろいでいると、珠綺が「プリンが食いたい」って言いだした。何で常備してねぇんだ……って言いかけて寸前で口を止める。そうだ、オレが食ったんだった。仕方なく珠綺に付きあってやろうと支度をしてると、ふと珠綺の着ている服が気になった。珠綺は昔からオーバーサイズのパーカーやTシャツが好きだから、よくメンズ物を買ってくる。ジーパン履いてサッと上に被って出れるような服が好きだって、確かそんな事言ってたな。オレとしてはたまには女らしい服着た珠綺が見たいのだが、最近はエマやヒナちゃんのお陰でそういう服も何枚かは持っているらしい。2人には感謝だ。



「オレのじゃねーし」

「あれ?んー……自分のと分けて仕舞ってたから万次郎の物だと思ったんだけど…」



 珠綺と互いの家を行き来するようになって、最初の頃はその度に互いの服を貸し借りし合ってた。珠綺が持ってるのがメンズ物ばっかなお陰で着るのに躊躇するようなモンは殆ど無かったし、元々メンズ物が好きな珠綺はそれこそ何の躊躇いもなくオレの服を着てた。暫くして、流石に毎度貸し借りするのがだるくなったオレらは自然と互いの家に私物を持ち込むようになった。オレの部屋には珠綺の荷物が増えて、珠綺の家にはオレの荷物が増えた。歯ブラシや食器、寝間着とか下着とか私服等々。今じゃ珠綺の家に来たからって珠綺の物を借りなくても事足りるくらいのモンが置いてある。それでも前に貸し借りしてた時の名残なのか、珠綺はしょっちゅうオレの服を漁って勝手に着ている。まぁ、別に悪い気はしねぇから特に注意するつもりもねーんだけど。
 珠綺が自分で買ってくる服は白や黒が殆どだ。デザインはシンプルなヤツから派手なプリントがあるのまで色々だが、基本的にこの2色以外を買う事は殆ど無い。だけど、今珠綺が着てるTシャツは紫がかったグレー。明らかに珠綺の趣味とは違っている。



「エマ達と買い物行った時に買ったとか?」

「んー……エマやヒナちゃん達と行く時はメンズ物見ねぇからなぁ…」



 珠綺はTシャツの裾を引っ張って、「うーん」と首を傾げてる。オイ、腹見えてるって。ぜってぇ外でそれやるんじゃねーぞ。



「……あ、そっか。コレ三ツ谷に借りたやつだ」

「は?」



 すっきりした、と言わんばかりの珠綺の声。いや、ちょっと待て。何で「あー、良かった」ってホッとしてんだよ。色々とちげぇだろ。



「何で三ツ谷の服が珠綺ンちにあるんだよ」

「ん?そりゃ三ツ谷に借りたからに決まってんだろ」

「何で三ツ谷に借りるんだよ」

「三ツ谷ンちで風呂借りた時に拝借した。風呂入った後に制服なんか着たくねーもん」



 珠綺と三ツ谷が幼馴染なのは知ってるし、コイツらが互いを兄妹みたく思ってるのは知ってる。(珠綺は自分が姉だと言ってきかねぇが、どうみても三ツ谷の方が上だ)オレやエマが居ない時に三ツ谷ンちで飯食ってるのも知ってるし、三ツ谷の妹が珠綺に懐いてるのも知ってる。だけど、いくらなんでもお前ら仲良すぎねぇ?



「……そっか、だからか」

「は?何が?」

「いや、万次郎のにしては確かにデケェな—って」



 見ろよ、袖のトコとかゆるゆる。珠綺は可笑しそうにケラケラと笑う。カチン。お前、それは言っちゃいけねーヤツだろ。オレは着ていたTシャツを脱ぐと、手を伸ばして三ツ谷のTシャツの裾を掴む。



「……オイ、何だよその手は」

「脱げ」

「は?」

「脱げ!」

「ちょ、オイ……バカ!引っ張るな!伸びたら三ツ谷に怒られる!!」



 スパンッ、と珠綺からグレーのTシャツを剥いで代わりにオレのを被らせた。さっきと比べたら確かにオーバーサイズ感は薄くなったが、こっちの方がしっくりくる。……ダボダボのも可愛かったけど、何か癪だからぜってぇ言ってやんねぇ。



「うんうん、珠綺にはそっちの方が似合うな」

「いや、たかだかTシャツだろ……そこまで大差ねぇよ」



 はぁ、と呆れ顔の珠綺。言っとくけど、その顔してぇのはオレの方だから。すると、珠綺は何かに気付いて肩口に目を向ける。



「どうした?破けてたりした?」

「んー…そうじゃないけど……」



 スン、と匂いを嗅ぐ仕草をした珠綺。首を傾げていると、珠綺は顔を緩めて口を開いた。



「……万次郎の匂いがする」

「……は?」

「ん。やっぱこのサイズの方が落ち着くわ」



 そう言って珠綺は「金と携帯があればいっか」とジーパンのポケットに千円札と詰め込む。棒立ちしてるオレに「さっさと上着ろよ」って文句を言ってるが、オレは思考が停止したまま。何コイツ。急に何て言った?オレの匂い?は?



「オイ、いい加減に早く行こうぜ?今日のネオバラ枠、万次郎が好きなヤツだろ?」



 間に合わなくって拗ねるのお前じゃん。そう続けた珠綺の体に飛び付いた。



「うわっ!!」



 ポイっと投げた三ツ谷のTシャツが地面に落ちて、それと同時にドタンッ、と音を立てて珠綺が背中から倒れこむ。スゲェ音したな、と他人事のように思ってると、次の瞬間案の定珠綺の怒号が響く。



「痛ぇだろ!つーか時間を考えろ!ドタバタしたら下の人に迷惑だろうが!」



 ポカポカと両手で頭を殴られる。珠綺にしてみれば加減してるんだろうが、それでもエマにやられた時と比べると大分痛ぇ。



「オイ、聞いてんのか万次郎!!」



 ふわふわとした珠綺の胸に顔を埋めたけど、珠綺の言うオレの匂い≠チてのはよく分かんなかった。仄かに珠綺の使ってるシャンプーの匂いがするだけ。そろそろ離さねぇと、いい加減本気の拳骨がお見舞いされる。そう思って少し手を緩めて見上げれば、ちょっとだけ顔の赤い珠綺がそこにはいた。……うん、やっぱりオレでいっぱいいっぱいの珠綺が1番可愛い。そこで暫く考えた。明日、ヘソを曲げた珠綺をどう宥めようか。珠綺はぜってぇキレてるだろうから、コイツの好きなあんみつ屋にでも連れて行くか。それでも機嫌が直らなかったら……やめた。後の事はそん時考えよ。そうと決まれば。オレはせっかく着せた珠綺のTシャツに手を掛けた。



2021.07.26