上手になんて隠さない

 中学に入って半月が経った。だからと言って別に何か特別変わったかと聞かれたら特に何も変わっちゃいない。私服でランドセルを背負って登校してたのが、制服で手ぶらで登校するようになっただけ。綺麗にカラーで印字されてたテストが白黒で簡素になっただけ。算数が数学に名前を変えて、各教科毎に教師が割り当てられて、放課後は部活で青春バカやりてぇヤツが増えた。ただそんだけの違いだ。



「なぁ、国語のサトウちゃんってちょっと可愛いと思わねぇ?」

「んー……まぁ、童顔っちゃ童顔だよな」

「オマエら知らねぇの?アレで30歳超えてんだぞ」

「え、マジ!?」

「ぶはっ!パー、お前ババ専かよ!」



 オレやマイキー、場地と一虎は同じ中学に、三ツ谷とパー、それから珠綺は別の中学に入学した。放課後は当たり前のように集まってだべったり、喧嘩したり、バイクぶっ飛ばしたりしてるから中学がバラバラでも別に困る事はねぇ。ただ、それはあくまでもオレは≠フ話。



「…………」



 学校が終わるなりいつもの喫茶店に集まったオレらは、自然と中学別に別れて座った。中学内のネタでギャーギャー騒ぐ珠綺達に対して、オレらの席は不穏な空気が漂ってる。原因は全部コイツ……マイキーのせいだ。



「あーあ、私もお前らと同じクラスだったら面白かったのになー」

「珠綺だけ別のクラスになっちまったもんな」

「別にいいだろ、どうせ放課後会うんだから」

「まぁ、そうなんだけどさぁ……あ、でもおもしれぇヤツいたな。私の後ろの席のタカギってヤツなんだけどさー…」



 ケラケラと笑う珠綺。釣られ爆笑する三ツ谷とパー。いいなぁ、そっちは楽しそうで。こっちを見てみろや。葬式してるみてぇに静かだぞ。オイ、場地も一虎も現実逃避して携帯いじるんじゃねぇ。



「 ……そんで、体育の時に体操服着た私を見てアイツ何て言ったと思う?『芹澤、お前ちゃんと女だったんだな』って目ぇ丸くしてんの!」

「いや、そもそも制服で気付けよ」

「オレよりバカだな、ソイツ!」



 そういえば、最初は違和感しか無かった珠綺の制服姿にも大分慣れてきたな……。ヒーヒー笑いながら真っ赤になるまでと太ももを叩く姿は小学校の時と何も変わってねぇのに、スカートを履いただけでアイツが女だと自覚させられるなんて何とも不思議な気分だ。
 呆れ顔で溜息を吐く三ツ谷。バンバンとテーブルに拳を打ち付けるパー。その音に紛れて前からバンッ、とパフェ用のスプーンがテーブルに叩き付けられた。オーイ、頼むからそこの3人組、こっちの異変に気付いてくれ。この喫茶店に集まってから数十分は経ったが、さっきからマイキーの機嫌は急降下する一方だ。原因は明らかで、全ては笑いすぎて涙を流してる珠綺にある。……いや、それじゃ語弊があるな。別に珠綺自身は何も悪い事してねーんだから。



「ケンチン、パフェお代わり頼んで」

「あ?オマエそれ2杯目だろ?いい加減にしねーと腹壊すぞ」

「腹壊したら珠綺に看病してもらうからいい!」

「……はぁ…」



 ふいっと顔を背けるマイキーも、珠綺と同じで中身は小学生の頃のまんま何も変わってねぇ。ガキっぽい言動も、珠綺に対する独占欲の強さも相変わらずだ。オレらと珠綺の住んでるトコは学区が違うから仕方の無い事だが、マイキーは珠綺が自分の知らないとこで渋谷二中のヤツと仲良くするのをよく思っていないらしい。三ツ谷やパーちん、ぺーやんだったら百歩譲るようだが、それ以外の見た事も無い男の名前が出ると今みたいに目に見えて機嫌が悪くなる。



「あ!三ツ谷、それ一口!!」

「はぁ?ヤだよ。自分で頼め」

「いーじゃん!一口だけ!な?」



 ……やっぱ訂正。三ツ谷相手でもダメなモンはダメらしい。我慢ならなくなったのか(そもそも我慢してたのか?)、マイキーは隣りに座ってた場地を押し退けて通路に出ると、ズカズカと大股で珠綺達に近づいていく。その姿にオレらはホッと息を吐いた。最初からそうしてくれよ、まったく。



「……あ?どうしたんだよ、万次郎」



 あからさまに不機嫌≠顔に貼り付けたマイキーに、三ツ谷は面倒臭そうに顔を歪める。分かっていねぇのは珠綺とパーの2人だけだ。



「………あー…珠綺、オレとパーちんは向こうでドラケン達とツーリングの打ち合わせしてくるから、このアイス全部食っていいぞ」

「あ?ツーリングなんていつ行くんだよ?」

「ンなのこの後決めりゃいーんだよ」



 訳が分からない、と首を捻るパーを引きずって、三ツ谷がマイキーに席を譲った。珠綺は珠綺で「そっか、日にち決まったら教えろよ」と呑気に笑ってアイスに手を付ける。



「悪かったな、三ツ谷」

「まったくだ……オマエらの方でどうにかしといてくれよ」

「いや、アレは無理でしょ。何とか出来んのは珠綺だけじゃねぇ?」



 ようやく携帯から顔を上げた一虎の言葉に場地が大きく頷く。オイ、そもそもオマエら何もしてねーだろ。



「で、いつツーリングに行くんだ?」

「パー………まぁいっか。予定立てようぜ」



 三ツ谷の出任せから始まった事ではあるが、せっかく全員のバイクが揃いそうだし丁度いいかもしれねぇな。ゴールデンウィーク使って少し遠出してみるか?意外と全員がノリノリで意見を出し始める中、チラッとマイキーと珠綺の様子を窺う。ボックス席なんだから向かい合えばいいのに、マイキーは珠綺の隣りにピッタリとくっついて珠綺が三ツ谷から貰ったアイスを強請っていた。



「オレにも!」

「えー……お前の一口デカいからなぁ…」

「後でオレのパフェもやるから!」

「……………ん」

「あーん」



 食い意地が張ってるという点ではコイツらはホントによく似ている。若干不本意そうではあったが、珠綺は渋々といった具合で手にしたスプーンにアイスを掬う。目の前に差し出されたスプーンをパクリと咥えてマイキーは満足そうに笑った。



「万次郎の中学はどうだ?何かおもしれーヤツいた?」

「んー?別に大したヤツいねぇよ……あ、今度珠綺の学校行っていい?」

「は?私の学校?ヤだよ、お前ろくな事しねぇもん」

「珠綺がイヤって言っても行くから。オレもタカギってヤツに興味あるし……」



 な、ケンチン?不意に声をかけられて飲んでいたコーヒーを吹き出した。パーが「汚ぇ」って騒いでるけど、それどころじゃねぇ。三ツ谷は頭を抱えてるし、場地と一虎はさっきと同様に遠い目でオレから視線を逸らしやがる。



「何だ、お前もタカギに興味あったのかよ。アイツ、マジでおもれーんだよな」

「へー……楽しみだわ」



 タカギ、頼むから季節外れのインフルとかで暫く休んでくれ。マイキーが珠綺のクラスで暴れんのも、それに対して珠綺がブチ切れんのも、後始末するのは全部オレになるんだから……。



2021.08.15