きみの可愛さに触りたい

「珠綺が足りねぇ」



 学校行事でとある海無し県の山奥に3泊4日で軟禁状態のオレは、3泊目の夜にいよいよ我慢できなくなってケンチンに不満を漏らした。本来なら4人部屋のところを「見知らぬヤツと寝られるか」と抗議してケンチンと2人部屋にしてもらい、不必要な物は持ち込むなと書かれた旅のしおりに対して「珠綺がいねぇならタオルだけでも持ち込ませろ」と愛用のタオルを無理矢理持参して、何とか耐えた3日間。体験学習ってヤツはいつもの授業の100倍マシだったけど、毎日顔を合わせてる珠綺と離れ離れになるのは結構辛いモノがあるのだと学んだ。



「足りねぇって……さっきも電話したんだろーが」

「したけど、珠綺のヤツ全然寂しそうじゃねーんだもん。電話切る前何つったと思う?『ドラマ始まるから切っていい?』って言いやがった!有り得ねぇ!!」

「へぇへぇ、明日になりゃ会えるんだから喚くなよ」

「喚いてなんかねぇ!!」



 オレの訴えを無視して、ケンチンはくるっと背中を向けて寝る体勢に入り始める。オイ、話はまだ終わってねーんだけど!どんなに唸ろうが、どんだけ恨みがましい視線を向けようが、ケンチンがこっちを向く事は無かった。全く薄情なヤツめ……。珠綺への文句が冷めやらぬ中、オレも渋々横になって布団を被る。勿論、安眠用のタオルは忘れずに。大体、珠綺だってオレがいないと寝れねぇはずだろ?昔みたいに抱き枕でも引っ張り出してんのか?んー…それはそれでちょっと見てみたい気もする。寝てる時のふわふわとした珠綺って結構可愛いんだよな。勿論、誰にも見せるつもりはねぇけど。



ブブッ…ブブッ…



「んー……」



ブブッ…ブブッ…



「……うるせぇ…」



ブブッ…ブブッ…



「ンだよ!しつけぇ!!」



 ガバッと起き上がると、カーテンの隙間からは朝日が漏れ出ていた。どうやらあのままぐっすりと爆睡しちまったらしい。



ブブッ…ブブッ…



 サイドテーブルで鳴り続ける携帯を手に取ると、サブディスプレイには妹の名前が表示されていた。



「………何?」

「うわっ、テンション低っ」



 当たり前だろ…まだ寝てたいところを叩き起されたんだから。エマの言葉に返事をしないでいると、電話口からエマの「フフフ…」とわざとらしい笑い声が聞こえてきた。



「何だよ、朝っぱらから……用がねぇなら切るぞ?」

「切ってもいいけど、この後のメールをちゃんと見る事!良い?見たら絶対ウチに感謝するんだから!」



 そう言い残してエマはブチッと電話を切った。何なんだよ、アイツ……。未だに頭はボーッとしていて、このまま二度寝出来ちまいそうだ。もう一度枕に頭を預けようとした時、再び携帯が震える。何なんだよ、今度は!イライラしながらメールを開くと、やっぱり送信者はエマだった。



『実はマイキーが体験学習に行ってから、珠綺ずっとウチの部屋に泊まってたんだけどね?今日目が覚めたら隣に珠綺がいなくて……。どこ行ったのか探してたら、こんなトコにいました!マイキー、覚悟して見なさいよ!』



 思わせぶりなメールには添付ファイルが付いている。今にも枕にダイブしたい気持ちを抑えて添付ファイルを開いた。



「…………」



 一瞬、頭に宇宙が広がった。一旦携帯から視線を逸らして改めて画面を覗き込む。



「…………は?」



 添付されていたのは写メだった。でも、ただの写メじゃねぇ。オレの部屋で、オレの特服を着て丸まって寝てる珠綺が写った写メ。え、何なんだこの女。昨日の夜なんて素っ気なく電話切ったクセに。前に場地が見せてくれた猫の寝方ってこんなんだったな……。両腕で顔隠すように寝るヤツ。腕の隙間からチラッと見えた珠綺の表情は何とも安心しきった顔をしていた。



ブブッ…ブブッ…



 またエマからのメール。



『珠綺、超可愛いでしょ!昨日も一昨日も寝不足気味だったからちょっと心配だったんだけど、今日は大丈夫そうです』



 文章の最後は笑顔の絵文字で締めくくられていた。オレは携帯を握ったまま折った膝を抱えるようにして布団に顔を埋める。エマ、ナイスすぎる。こんな珠綺なんて滅多にお目にかかれねぇ。可愛すぎる珠綺の行動にオレの頭はすっかり冴えてしまった。そんで次の瞬間、今すぐにでも珠綺に会いたい気持ちに駆られた。



「ケンチン、起きろ!さっさと帰るぞ!!」

「うぉっ!!な、何だ!?」



 未だすぴすぴ寝ていたケンチンの布団を剥ぎ取り、身体を揺すって今すぐタクシーを呼ぶように指示を出す。



「バカか!無理に決まってんだろ!」

「オレも無理!我慢出来ねぇ!珠綺に会いてぇ!」

「だから、夕方になったら帰れんだろうが!」

「今!すぐ!!」



 オレがギャーギャー騒ぐと、ケンチンは頭を抱えて自分の携帯で誰かに電話をかけ始めた。タクシー会社か?それから一言二言会話をして、「んっ」ってオレに電話を寄越した。



「え、オレが呼ぶの?」

「いいから、さっさと出ろ」



 無理矢理電話を渡されて、首を捻りながら耳に宛てがう。ケンチンが呼んでくれりゃいーのに。



「もしもし?」

「んー……もしもし…?」



 電話に出たのはオレがよく知ってる人物だった。



「は?珠綺?」

「んー……そう…」



 電話の向こうの珠綺は「ふぁあっ」と大きな欠伸を零している。割と目覚めが良いはずの珠綺がここまで寝ぼけてんのは珍しい……エマが言っていた寝不足ってのはホントだったんだな。



「万次郎…今日帰ってくるんだろ……?」

「今日っつーか、今すぐにでも帰るつもりだけど」

「今ー……?それは、ちょっと困る……」

「は?困るってどーゆー事だよ」



 珠綺の予想外の言葉に少しだけショックを受けた。あそこまで可愛い事してくれたんだから、素直に喜ぶと思ったのに。イラッとしてちょっとだけ口調が荒くなったが絶賛寝ぼけ中の珠綺は大して気にならなかったらしい。へらっと笑ったような声でこう返してきた。



「まだ万次郎の特服着てたいから……もうちょっと、待って……コレ、安心する……」

「珠綺?珠綺?あー……ダメだ、寝ちゃった」



 電話口の向こうからエマが溜息を吐くのが聞こえた。あー、もう!マジで!何でオレがいない時に限ってそーゆー事すっかなぁ!!



「エマ!!!」

「はーい?」

「写真沢山撮っといて!!!」

「はーい」



 家に帰れるまであと10時間弱……。珠綺、帰ったら覚えとけよ……。



2021.08.27