へびいちごの魅惑

 私が好きな服装を端的に表すなら楽な格好≠フ一言に尽きるだろう。オーバーサイズのTシャツやパーカーは着るのも動くのも楽だし、外で変な奴らに絡まれてもGパンなら応戦もしやすい。街で見かける女の子達の服装は確かに可愛いとは思うけど、着たいかと聞かれたら答えはノー≠セ。短ぇスカート履いておいて尻押さえながら階段上るとかワケ分かんねぇ。見せたくないならミニスカなんか履かなきゃいいだけだろ?ボタンのついてる服は着るのも脱ぐのも面倒だし腕の可動域悪すぎ。ああいう服装は喧嘩のけ≠フ字も知らねぇような子が着るから成り立つんだよ。



「……ってなワケで私には必要無し。分かったか?」

「ぜんっぜん分かんない!!」

「それはエマが分かろうとしねぇだけだろー…」



 ハァ、とわざとらしくデカい溜息を吐いてみたけど、さっきから私の右腕を拘束し続けてる友人には効果が無いらしい。ダメ元で左を歩くヒナちゃんに助けて欲しいと視線を向けるも、可愛らしい笑顔を返されただけであえなく撃沈。こうなったのも全部、私を置いてドラケンとバイクの手入れに行っちまった万次郎が悪い。アイツが私を連れ出していてくれたら、いきなり家に押しかけて来たエマとヒナちゃんの相手をする事も、無理矢理あれこれ着飾らされて渋谷に連行される事も無かったんだ。……いや、でも私、バイクには興味が無ぇからどっちもどっちか……?



「さっきからキャッチはウゼェし歩きにくいし最悪なんだけど。もう帰らねぇ?」

「何言ってんの!まだ駅に着いて5分も経ってないのに!」

「色んな雑誌を見て珠綺ちゃんに似合いそうな服研究してきたんだ。楽しみにしててね!」

「楽しみも何も……」



 私はその辺のカフェで本読みながら待ってるから、2人でゆっくり買い物してくればいいじゃん。考え無しに思った事を口にしたら小言が二倍になって返ってきた。



「大体、珠綺は自分の事に無頓着すぎるんだよ!今日はトータルコーディネート完成するまで帰さないんだから!」

「うんうん!とびっきりオシャレしてマイキー君を驚かせちゃおう!」



 2人共、張り切ってるとこ悪いけど相手はあの万次郎だぞ?エマ、ドラケンが好きなお前なら分かるだろうが。喧嘩とバイクにしか興味ねぇような奴に女子のオシャレとやらが分かるワケねーじゃんか。



「それと、今日は喧嘩も暴力も絶対禁止!珠綺に貸してあげたサマーニット、この間買ったばっかなんだから汚したりしないでよ?」



 だったら今すぐその辺の店でTシャツとGパン買ってこの服返すって。



「腰の位置たかーい!せっかくスタイル良いのにミニスカート履かないなんて勿体ないよ!」



 冗談じゃねぇ。今履いてるショートパンツですら飛び蹴りも回し蹴りもしづらいんだ。第一スカートでンな事したのが三ツ谷にバレてみろ。大目玉食らっちまう。



「マジで勘弁して……」



 悲しい事に謎の使命感に駆られている2人には私の嘆きが微塵も届かない。両腕を拘束されてギャルの聖地メッカとも言えるビルへ連行される私の姿は、さながらドナドナの歌詞に出て来る子牛の様だっただろうよ。店内に流れる爆音に耳がいかれそうになりながら、あっちを物色、こっちで試着。一旦保留にして違う階に行って、結局また戻ってきて再び試着。エマとヒナちゃんがあーだこーだ言ってるとそこへショップ店員が参戦してきてまたまた試着室へ逆戻り。……女の子って、私が思ってるよりも体力バケモノなのか?エマやヒナちゃんに言われるがまま買い物を終えて建物から出た時、心成しか空がほんのり紅くなり始めてる気がした。



「さっきのお店で見たチュニック……やっぱ可愛かったなぁ…」

「私も思った!同じ生地のワンピースも良かったよね?」



 その会話に眩暈がしてきた。小学生の時から体育で5以外取った事が無かったんだけど……なんか自信無くなっちまうなぁ。



「あー……私その辺で休んでるから、2人でもっかい見てくれば?」



 エマはブーブー文句言ってたけど無視。これ以上着せ替え人形になってたまるか。とにかく休みたい一心で目についたカフェのテラス席に倒れ込んで天を仰ぎながら一息。今までもそれなりにしんどい事は何度かあったけど、今日は過去一かもしれねぇ。視線を下げれば向かいの席に乱雑に積み上げられたショップバックの数々……ダメだ、アレを見てると溜息しか出てこねぇ。とりあえずエマに居場所だけメールを入れて、カバンから昨日買ったばっかの文庫本を取り出した。ホントなら今日は家でコレを読みながらゆっくりするはずだったんだけどなぁ……。



「お待たせ致しました、クリームソーダでございます」

「あ、ども」



 ……ま、いっか。さっきの様子じゃ暫くビルから出て来ねぇだろ。エマから連絡が来るのが先か私が読み終えるのが先か良い勝負だな。キンキンに冷えたソーダを口に含んで、私はいつものように片膝を組み表紙を捲った。



「……ぇ、……ねぇ………お姉さん!」

「んぁ?」



 どれくらい時間が経っただろう?右手で挟んだ厚みからして30分くらいだろうか?せっかく面白くなってきたとこなのに水を差されて気分は最悪だ。



「……誰だ?」

「さっきからずっと話しかけてたんだけどー……邪魔してゴメンね?」



 マジで邪魔なんだけど。何勝手に隣りの椅子に座ってんだよ。イライラしつつも今の今までこの男が隣りに座った事に全く気が付かなかった自分に呆れてしまった。本を読み始めるといっつもこうだ。本の内容が面白ければ面白い程周りの事が見えなくなっちまう。



「そこの道歩いてたらすっげぇ可愛い子がいるなーって。高校生くらい?大人っぽいねー」



 うっせぇ。失せろ。……そう喉まで出かけて慌てて口を閉じた。



『今日は喧嘩も暴力も絶対禁止!』



 渋谷に着いてすぐ、エマに言われた言葉だ。一般人相手に手を上げる気はさらさらないけど、万が一着てる服を汚したらエマになんて言われるか……最悪、「お詫びにまた買い物に付き合え」とか言われかねない。それだけは断固として阻止しなければ!



「この後暇?オレ良い店知ってんだよね。奢るから一緒に行かない?」

「い、いえ……友達を待ってる、ので」

「全然大丈夫!友達も一緒でいいからさ。オレも友達呼ぶから」



 何が大丈夫だ?つーかよく見ろ。私の口元引きつってんのが分かんねぇのか?いつもなら殴って黙らせるとこだけど……今日は我慢だ。今私が着てるのは白のタートルネック。服に着いた血ってマジで落ちねぇんだよ。こんな真っ白なニットに付いたら間違いなく染みになる!



「や、本当に……そういうの困るんで…」

「そんな事言わないでさ。オレ結構マジなんだけど?君、超タイプなんだよね」



 殴ったらダメだ。殴ったらダメだ。



「大人っぽいけど結構ウブなんだねー?ますます好みだわー」



 必死に気持ちを静めてるにも拘らず、手首を掴まれてついにブチィッと何かが切れた。あー、もう我慢出来ねぇ。



「……テメェ、誰に許可を得て……」

「テメェ、誰に許可を得てソイツに触ってんの?」



 私が拳を振りかぶる前に男の顔面がテーブルに沈んだ。パリンッと音を立てて中身の無くなったグラスが地面に落ちる。あー、良かった、全部飲み切ってて……いや、そうじゃねぇだろ。



「………え、万次郎?」



 何でココにコイツがいるんだ?目を丸くしてるとタイミング良くテーブルに置いた携帯が震え出した。差出人はエマから。



『マイキーから『珠綺に連絡が付かない』って電話来たよ!カフェの住所教えたけど合流出来た?』



 犯人はお前かッ!!



「……珠綺、何で電話に出ねぇわけ?」

「いや、さっきまで本に夢中で……」

「コイツは?」

「本に集中しすぎていつの間にか相席にー……」



 ガンッ、と鈍い音がして男の顔が再びテーブルに打ち付けられる。万次郎、それ以上はマズい。確かに私も殴ろうとしてたけど、相手は一応一般人だ。



「珠綺」

「ん?……うわっ!!」



 名前を呼ばれると同時にヌッと伸びてきた手に無理矢理その場に立たされる。慌てて本をカバンに仕舞い、その代わりに財布から1000円札を取り出して伝票に挟み込んだ。心ばかりだけど、お釣りは騒ぎのお詫びという事でどうか許してほしい。



「万次郎!エマ達迎えに行かねーと……」

「………」

「万次郎!!」

「………」

「万次郎ってば!!」

「ちょっと黙って」



 4回目に呼ぼうとした名前はその持ち主によって塞がれてしまった。こんな道のど真ん中で何しやがんだ!ってかコイツは一体何に怒ってんだ?私があの男に絡まれてたから?いやいや、野郎に絡まれんの何て日常茶飯事だろーが。温かい感触だけだった唇にぬるりと何かが触れたのに気付いて慌てて硬い腹にパンチを入れる。小さな吐息と共に離れて行った万次郎の表情は相も変わらず不機嫌なままだった。



「何で邪魔するワケ?」

「邪魔も何も、ココがどこか分かってんのか?」

「道のど真ん中」

「分かってんじゃねぇかッ!」



 ダメだ。万次郎の意図が全く分からねぇ。履き慣れねぇヒールで足は痛ぇし、サマーニットとやらはタイトなのが流行りなのか胸が苦しいし、アレコレ詰め込まれたショップバックは重いし……。いつもなら乱暴に掻く頭もヒナちゃんが緩く巻いてハーフアップにしてくれたせいで崩す事に罪悪感を感じてしまう。やっぱ慣れない事はするもんじゃねぇな。



「……オレとどっか行く時はそんな格好しねーじゃん」

「はぁ?」



 もう絶対にこんな格好はするもんか。固く誓いを立てた途端、万次郎が不満気な声を上げた。



「髪巻いてヒール履いたトコなんて見た事ねぇし」

「そりゃまぁ……こんな格好するの今日が初めてだからなぁ…」

「腕も脚も出しすぎじゃね?ンなエロい格好してるからさっきの奴みたいのに絡まれんだよ」

「コレ、お前の妹の服だけど?」



 今言った事そのまんまエマに言えよ。



「まぁ安心しろって、もうこんな服着る事もねーし」



 私にはTシャツとGパンの方が合ってる気がするしな。そう言えば万次郎の眉間にまたまた皺が寄っていく。



「は?着ねぇの?」

「え?お前どっちなんだよ」

「着るななんて言ってねーじゃん」



 着ろとも言ってねーだろ。



「オレがいないトコで着るのはダメ。オレの見てねぇトコでンな可愛い格好すんのはぜってー許さねぇ」

「……へ?」



 今の私の顔はなんとも間抜けな表情をしてただろう。思いもよらない言葉に唖然とする私を他所に、万次郎は私の左手に指を絡めて強く握った。



「帰ったら今日買ったやつ全部着て見せろよ?今度出掛ける時の格好はオレが決めるから」

「え……また着るの?」



 せっかくエマとヒナちゃんの着せ替え人形から脱したのに……?けど、好きな奴に「可愛い」と言われて嬉しくない女はいないだろう。ガラじゃねーけど、ちょっとだけドラケンやタケミっちの前でオシャレしたがる2人の気持ちが分かった気がする。



「今すれ違ったヤツ、ぜってぇ珠綺をエロい目で見てた!」

「見てねぇよ……お前、その科白何回目?」



 ……訂正。色んな意味で、やっぱいつもの格好の方が気が楽でいいわ。



2021.10.29