噛み砕いてのみこんで
※バレンタインネタ
私は料理が苦手だ。全く出来ねぇワケじゃねぇ。あくまで苦手なだけ。トンカツ揚げようとして中が生だった事もあるし、カレーを焦がすのなんてしょっちゅうだし、カボチャをレンチンしてボヤ騒ぎ起こした事もあるけど、何度だって言ってやる。私が料理が出来ねぇんじゃなくて苦手なだけなんだ。でも、悔しいけどお菓子作りだけは出来ねぇ事を認めざるを得ない。材料を細かく測る必要があるし、時間や温度にも気を配らなきゃいけねぇし、残念ながら性に合わねぇんだと思う。
「珠綺、甘いモノ好きだったよね?」
「コレ作ったんだけど良かったら食べて」
「あ、私のも!」
「芹澤先輩、コレこの間のお礼にと思って作ったんです」
「珠綺ちゃん、ハッピーバレンタイン!」
お菓子業界の策略で聖職者の殉職日なんてちっともピンと来ない2月14日。本日何十日目か分からない展開に思わず顔が引き攣りそうになった。いや、確かに甘いモンは大好きだけど……流石にこんなに食えねぇよ。内心ゲッソリしつつも「ありがとう」と笑って受け取れば彼女達は「キャーッ」と悲鳴を上げて去っていく。せっかくくれたモンだからきちんと食べてあげたいとは思うけどいくら何でも限度はある。この机いっぱいに積まれたこの山を処理するのには一体何日掛かるだろうか?とりあえず、今3年の先輩に貰ったばっかのマフィンの袋を解いてまずは一口かぶりついた。
「……うまっ」
程よい甘さのチョコチップマフィン。大きさも丁度良いし、見た目もラッピングも可愛らしい。他にも、トリュフやマドレーヌ、ブラウニーにマカロンにアイスボックスクッキー等々。中には「ホントに手作りか?」と疑いたくなるような出来のモンまである。
「…………ハァ」
最後の一口を飲み込んで、山積みされたお菓子の数々を持ち帰る為にカバンから紙袋を取り出した。その時、目に入ったのはカバンの奥底に沈んだ薄ピンクの小さな袋。思わず深い溜息が漏れる。どうせ毎度お決まりの気まぐれ発言だったんだろうに、何で律義にこんなモン持って来てんだろ。
去年の事なんて、どうせ覚えてるワケねーのにさ。
「今年もまたエグイ数もらったのなぁ、オマエ」
「モテる女はつらいよ、ホント」
校門まで迎えに来てくれた場地は、私の抱えてる荷物を見るなりギョッと目をひん剥いた。おちゃらけて返事したものの、塵も積もれば何とやらとはよく言ったもんでお菓子でパンパンになった紙袋はずっしりと重く腕がビリビリ痺れ始めている。そんな私の様子に場地は小さく溜息を吐いた。
「去年『食いきれねぇ』って半べそかいてたのは誰だよ?」
「かいてねぇ。ちょっと体調崩しただけだ」
「変わんねぇよ」
腹に紙袋を抱えたまま
「三ツ谷とパーちんは?」
「三ツ谷は部活、パーはペーやんと仲良く追試だと」
確か国語って言ってたかな?何であのテストで赤点を採れるのか正直理解に苦しむ。あのテスト、殆ど○×問題だったのに……。そーいや、場地もこの前テストじゃなかったっけ?「どうだった?」と聞きてぇところだけど、パーの追試の話をした途端場地の口数が少なくなった。もしかしなくても、これは……。
「……あー、なんかポテト食いてぇ気分だなぁ」
「……マックでいいか?」
「ナゲットも要求する」
「…………チッ、」
やっぱお前もか。予想を裏切らない展開に若干呆れつつ、集会までの時間を潰す場所が決まったのはデカい。それに、甘い匂いばっか嗅いでたからしょっぱいモン食いたくて仕方なかったんだよ。店に着くなりカウンターでポテトのLとナゲット5ピース、ついでにコーラのMサイズを頼んで一目散に2階席へと駆け上がった。後ろから「コーラは自分で払え!」って怒鳴り声がしたけど無視無視。カテキョ代にしちゃ安いもんだろうが。目に着いた階段近くの4人席のソファを陣取って、ずっしり重い紙袋を奥に押し込み、一息吐いてドラケンにメールを入れる。
『場地とマックいるけど、ドラケン達も来る?』
「テメェ……ポテトとナゲットだけの約束だっただろうが」
「オウ、遅かったな」
階段を上がってきた場地の顔は般若そのものだった。ニッと笑って片手を上げるとその顔が益々強張る。おお、怖っ。仕方ない、とカバンを漁って綺麗にラッピングされた透明な小箱を強面の目の前に突き付けてやった。
「あ?ンだよ、コレ……」
「チョコだよ、チョコ。バレンタインだからな」
勿論義理だけど。そう付け足すと場地はわざとらしく舌を出して「当たり前だ」と一言。それからもごもごと口をまごつかかせ、店内のBGMに掻き消されるギリギリの声で「サンキューな」と呟いた。
「オマエ、こーいうトコ変にマメだよな」
「まぁ、一応お前らには世話になってるからな」
そうは言ったもののふと考える。……アレ?私の方がコイツらの世話してねぇ?と。
「他の奴らには?」
「三ツ谷とパーちん、それからペーやんにはもう渡した。あとの連中は集会の時でいいかなって」
言ってる間に場地は透明な箱に入っていたトリュフの包みを剥いでパクッ、と1粒丸々口に頬張った。そのチョコ、1粒で250円するっつったらコイツはどんな顔するんだろうか?そもそも
「珠綺、ちゃんとマイキーにも用意したんだろうな?」
その言葉に少しだけ心臓がドキッと跳ね上がる。平然を装って「まぁ、一応な」と返すも心中穏やかではない。痛いトコを突きやがった張本人はこっちの気なんて知らずに「聞く必要も無ぇか」なんて言って笑ってるけど、さっきから変な汗が止まらねぇし、考えないようにしようと視線を反らすもカバンの中のピンクの袋が視界に入ってそれも失敗。今の私が出来る事といえば、全力でこの話題を反らす事くらいだった。
「あー……そういやドラケン返事遅いな」
「あ?何か連絡したのか?」
「
ナゲットをソースにひたひたと漬けてると、場地は一瞬何かを考え込んで「うーん」と唸り声を上げだした。
「ん?ど
「いや……アイツら、合流すんの遅くなるかもな」
「へ?なん
「……今日、バレンタインだろ?」
場地の言いてぇ事が分からず首を傾げる。そんな私に対して大袈裟に溜息を吐き、私の横に置いてある紙袋を指差した。
「オマエだって散々貰っただろうが」
「……チョコ?」
「マイキー、顔だけは良いからな」
……ああ、そういう事か。確かに万次郎は綺麗な顔をしてると思う。東卍の総長って知れ渡ってるせいで距離を置かれがちだけど、不義理な事はしねぇし女に手を上げるような事はねぇから私と同じような感情を向けられる事も少なくないんだろう。私らは別に付き合ってるワケじゃねぇから、アイツが誰に何を貰おうが私がどうこう言えるワケでもねぇ。……でも、アイツどんなチョコ貰ったのかな?毎朝挨拶してくれる後輩がくれたブラウニーは凄い凝ったラッピングだったなぁ。前に荷物を持ってあげた同じクラスの子がくれたマカロンはどこぞのパティスリーで並んでても可笑しくない出来だったし、可愛がってくれる先輩がくれたマフィンはくっそ美味かった。
「ん?
「……まぁな」
ピンクの妙に可愛らしいラッピング袋。そこから取り出したパウンドケーキは何とも歪で、マーブルにするつもりなんてなかったのに混ぜるのが甘かったのか所々まだらになっていた。でも、味は問題ない……ハズ。適当に千切って口に放り込むと焦げた苦い味もする事なくちゃんと甘いチョコの味が広がった。
「お前も食う?見た目程悪くねぇよ?」
まぁ、こんな事もあろうかと義理チョコはちょっと多めに持って来たんだ。今日の所はとりあえずソレを渡して、明日にでもちゃんとしたのを買いに行けばいい。ちょっとゴネられるかもしんねぇけど……何もねぇよりはマシだろ。
「……別に、見た目も言う程悪くねぇと思うけど?」
そう言って場地は袋の中に入ってたパウンドケーキを1切れ取り出した。どこまで本心なのか知らねぇけど、場地のこういうトコはズルいと思う。口には出してやらねぇけど、ホント良いヤツだよな、お前。
「……あ、珠綺」
「んー?」
パウンドケーキを右手に持ったまま、左手でポテトを摘む。甘いのとしょっぱいの、交互に食べると無限に食えるのって何でなんだろうな?
「携帯鳴ってんぞ」
言われるがままに視線を向けると、確かに携帯が小刻みに震えていた。しかも、どうやら電話らしい。
「うわ、両手ベタベタなんだけど……」
タイミング悪すぎ。ワタワタと紙ナプキンを探している内に振動はピタッと止んでしまった。
「ドラケンから?」
「んー……多分」
かけ直す為に右手を空けようと残ったケーキの欠片を口に運ぶ………途中で手が止まった。
「………ソレ、オレのじゃねぇの?」
地を這うような低い声に心臓が再び跳ねた。右手を揺すろうにもガッツリ手首を握られててピクリとも動かねぇ。
「急に出てくんなよ!ビックリするだろうがッ!」
空気が読めねぇのか場地はブーブー文句言ってるけど、今ンな事言ってる場合じゃねぇんだわ。恐る恐る、まるで錆びたブリキのおもちゃみたいにゆっくりと私を制した手の持ち主を辿る。黒い学ランに、マフラー……ンで金色の髪……。
「何とか言え、マイキー!」
………ああ、目視する前に答えが出ちまった。名前を呼ばれた唯我独尊男はしかめっ面で私を見下ろしたままだんまりを決め込んでいる。
「えーっと……何勘違いしてるか知らねぇけど、コレは私が貰ったモンでー…」
「エマが言ってた。『珠綺と一緒にラッピング買いに行った』って。珠綺はピンクの可愛い袋≠買って、ソレにパウンドケーキ入れるつもりだ≠チて聞いたけど?」
あのお喋り娘!!!お菓子作るのもラッピングするのもやった事がねーからってエマに相談したのが間違いだった。普通言うか?渡す張本人に!!
「……オレ、去年言ったよな?『来年は手作りじゃねぇと許さねぇ』って」
「………そう、だった……っけ?」
コイツ、ちゃんと覚えてたのか……。てっきり単なる思い付きだと思ってたのに。驚きの余り呆然としたまま視線を反らせないでいると、万次郎は口を大きく開けて私の手から食べかけのパウンドケーキを奪っていった。もぐもぐと咀嚼して、勢いよく場地に振り返って一言。
「ソレ、オレのだから食うんじゃねーぞッ!!!」
その勢いに圧倒され、場地はの身体がちょっとだけ仰け反る。
「文句ならオレじゃなくて珠綺に言えよ」
場地は面倒臭そうにそう零して、当たり前のように私の隣りに腰を下ろした万次郎の手にパウンドケーキを乗せた。満足そうに二切れ目も頬張るその姿に少しホッとしつつ、そう言えばと万次郎に問いかけた。
「ドラケンはどうした?」
「んー?
「は?何で?」
「……よく分かったな、今ので」
謎に感心してる場地は放っておいて、放課後万次郎とドラケンが別行動するなんて珍しい。コイツらはいっつも一緒に居るから、てっきり今日もそうだと思ってドラケンにメール入れたのに(万次郎にメールしても寝てる事の方が多いから返信が遅いんだよ)。口についた食べかすとぺろりと舌で拭って、万次郎はジトっと私を睨みつけた。
「……オレ、今朝から楽しみにしてたんだよね。珠綺のお菓子食えるの。だから早く食いたくて、急いで会いに来た」
なのに、オマエときたら場地なんかに食わせよーとしてんだもん。なんかとは何だテメェ。やんややんやと隣りで言い合いを始めたようだけど、熱を帯びた頬を抑えるのに必死な私の全く耳に入ってこなかった。そうか、ドラケンが私に電話してきたのは万次郎と別行動してる事を伝える為だったのか……。赤くなった顔を見られたくなくて、万次郎に近い右手で片肘を付いて頬を覆う。
「……変な奴。私なんかより、もっと上手く作れる女子なんて沢山いんのに」
照れ隠しにポツリと呟くと、万次郎は場地との口論を止めて当たり前のようにこう言った。
「は?バカじゃねーの?珠綺のじゃなきゃ意味ねぇだろうが」
2022.01.26