「……名前、コレってオマエが好きなブランドだったよな?」
「んー?……あ、そう!ここの服めっちゃ好き!へぇ、新作出るんだな」
「こっちのTシャツ、この前買ったアウターに合うんじゃね?」
「ほー……三ツ谷コレ買いに行く時付き合ってよ。ついでにスニーカーも新調したい」
「分かった。部活の日程確認して連絡するわ」
集会を数十分後に控えた武蔵神社の境内は、時間を持て余す東卍の面々でごった返していた。バイクに跨って携帯をいじったり、地べたに座ってカップラーメンを啜ったり、iPodで音楽を聴いたり……時間の使い方は実に色々だ。
「———…ってオイ、タケミっち聞いてんのか?」
「え?あ……何の話でしたっけ?」
余所見をしてたオレは、ドラケン君に声を掛けられてハッと我に返る。慌てて視線を戻すと、もぐもぐとどら焼きを頬張るマイキー君と呆れ顔のドラケン君がそこに居た。
「ハァ……あのなぁ、オマエはもうただの隊員じゃなくて隊をまとめる隊長なんだぞ?そろそろ自覚持てよな」
「ホント、スミマセン…」
ドラケン君の鋭い指摘にオレは項垂れる。そうだった、今はマイキー君とドラケン君に今日の集会の内容について説明を受けてる最中だった。ガックシと肩を落としたオレを見て、マイキー君は声を出して笑う。
「今日の集会はそんな大した話も無いからそんなに構える必要もねぇけど……タケミっち、さっきから何見てたんだ?」
うーん、これは正直に言うべきか……。迷いながらも無意識にオレの目は石段で1冊の雑誌を覗き込む2人組に向いてしまう。幼馴染だという名前ちゃんと三ツ谷君はとても仲が良い。それは恋人同士っていうよりも親友?家族?っていう表現が正しい気がする。オレや千冬の前では面倒見のいい名前ちゃんが、三ツ谷君と話してる時は言動が少し幼くなるのだから見ていてとても新鮮だ。しかし、ここで1つ疑問が生まれる。名前ちゃんの事が好きだっていうマイキー君はあの2人を見ていて何も思わないのかって事だ。マイキー君達が溝中に乗り込んできた時、名前ちゃんと顔見知りってだけで睨まれたくらいだぞ?あんなに距離の近い2人を見てて何とも思わないはずは無いと思うんだけど……。
「あー、名前と三ツ谷?」
「え゛……」
いつの間にかオレの視線の先を辿ったマイキー君は、大きな黒い目でじぃっと雑誌を捲る2人の姿を捉えていた。別に悪い事をしたワケじゃないのに何だろう、この緊張感は……。全身に嫌な汗が垂れ流れ、その場の誰もが黙り込んで数秒が経った。どうしよう、思い切って別の話題を振ってみようか?いや、でもこのタイミングだとわざとらしすぎるよな……かえってマイキー君の機嫌を悪くさせるんじゃ……。次の瞬間、オレの悶々とした考えを晴らすかのようにパァンッと小気味良い音が響いた。
「い゛っ……!」
「さっきから何深刻そうな顔してるかと思ったらそんな事か」
「……へ?」
オレの肩に音の大きさに比例した痛みが走る。マイキー君はカラッとした笑みを浮かべて、涙目のオレに向かって続けた。
「確かに名前が他の男と話してんのは気に食わねーけど、名前にとって三ツ谷は兄妹みたいな存在だからな。あんな風にくっついてんのはしょっちゅうだし、その度にキレてたら身が持たねーよ」
お、おおー……何て寛大。実際はオレの方が10歳以上年上のはずなのに、あまりに男らしい発言に思わず心の中で拍手を贈ってしまった。オレが12年前にマイキー君と同じような領域に達せられたかと聞かれたら秒で首を振るだろう。やっぱ、東卍の総長ともなると心構えも違うんだろうな。
「ケンチン、そろそろ集会始めよう」
「おー……オマエら集まれ!集会始めっぞ!」
マイキー君とドラケン君が動き出すと、それまで自由にしていた面々が慌てた様子で定位置に着き始める。勿論、さっきまで石段に座っていた名前ちゃんと三ツ谷君も例外ではない。腰を上げてゆっくりと此方に近付いてくる。途中、ドラケン君が三ツ谷君に何か言っているようだったが、何度経験しても慣れない集会≠ニいう場に緊張していたオレは2人の会話など全く耳に入ってこなかった。
『大した話も無い』とマイキー君が言っていたのは本当だったようで、この日の集会はあっという間に終わってしまった。都内で勢力を伸ばし始めてる
暴走族の情報交換とか、東卍内外で起きた喧嘩の精査とか、言わば定期報告みたいな内容だ。……ろくな社会人経験の無いオレにはそれすらも新鮮に感じるんだから何だか恥ずかしい。
「みつー……」
「三ツ谷、次の幹部会の日程について打ち合わせてーんだけど」
集会が終わるとすぐ、さっきの続きを話したかったのか名前ちゃんが三ツ谷君に駆け寄ってきた。ただ、名前ちゃんが三ツ谷君に声を掛ける寸前でドラケンに阻まれてしまう。ムッと顔を顰める名前ちゃんに三ツ谷君は苦笑いして、「悪ぃ、また今度な」と彼女の頭を撫でた。うーん……溢れ出る兄貴っぷり。子共扱いされた名前ちゃんは更に不機嫌そうに唇を尖らせたが、どうやら三ツ谷君はもう名前ちゃんの相手をしない事に決めたらしい。彼女に背中を向けてスマイリー君やムーチョ君とドラケン君の後を追っていく。
「オイ、タケミっち!オマエも来いよ」
「え、オレ?」
三ツ谷君が振り向きざまに声を掛けたのは、名前ちゃんじゃなくてオレだった。一瞬頭にハテナが浮かんだが、すぐに思い出す。そうだ、オレも隊長だったと。慌てて4人に駆け寄る途中でマイキー君とすれ違った。多分、名前ちゃんを呼びに行ったんだろう。名前ちゃんが集会に来る時って、大体マイキー君と一緒に帰ってる気がするから。少し気になって振り返ってみると、オレの予想した通りに名前ちゃんの手を掴むマイキー君の姿があった。一言二言言葉を交わすと、名前ちゃんが徐に手にしていた雑誌を捲り始める。名前ちゃんが持っていた雑誌はメンズ用みたいだから、マイキー君も中身が気になってたのかな?
「タケミっち、いつまで待たせんだよ!」
「ス、スイマセン……今行きまー……」
名前ちゃんが広げた雑誌を覗き込むかと思いきや、マイキー君は名前の耳に何か呟くとそのままを何の躊躇も無く彼女のほっぺにキスをした。突然の出来事に目を丸くするオレ。だけどマイキー君はそんなオレの心情など知るはずもなく、さらに名前ちゃんに顔を近付けていく。オレと同じく、いやそれ以上に気が動転してるのか、名前ちゃんはマイキー君に摑まれた腕を振るばかり。雑誌を離せば交戦できるというのに、それの事に全く気付いていないらしい。慌てふためく名前ちゃんが面白いのかマイキー君は口を開けて笑うと、自分を睨みつける為に顔を上げた名前ちゃんのいとも簡単に唇を奪っていった。え、オレ、一体何を見せられてるんだ……?
「オイ!タケミっち、いい加減にしろよ!」
「ど、どどど、ドラケン君……」
かなりの勢いでケツを蹴られるも、今のオレはそれどころじゃない。振り返るオレに効果音を付けるなら間違いなく『ギギギ…』という金属が錆びた音だっただろう。物凄い形相で詰め寄ってきたドラケン君に人差し指で訴えを起こすと、ドラケン君はオレの指す方を横目で確認してゆっくりと左右に首を振った。
「あのなぁ、マイキーに大人な対応が出来ると思うか?」
「……へ?」
次の瞬間、ドラケン君はオレの首根っこを掴んで歩き出した。あの……踵がめっちゃ擦り減ってる感覚がするんですけど…。
「人一倍独占欲が強ぇマイキーだぞ?昔っから何も変わってねぇ……ハナッから我慢する気なんて更々ねーんだよ」
名前もそろそろ自覚して欲しいもんだ。そう言ってドラケン君は盛大な溜息を吐く。もう一度件の2人に視線を向けると、マイキー君がご立腹な様子の名前ちゃんの手を引いて境内から出て行こうとするところだった。ずるずると引きずられるオレとは反対方向に進んでいく2人。もう少しで境内の外に出る、そんな時にマイキー君と名前ちゃんの影が重なった。
「名前、もっかい」
「んぅ………バカ万次郎。それ、聞く意味あんのかよ…」
辺りはすっかり暗くなっているし、流石にこの距離では2人の会話や様子を窺う事は出来ない。今時の中学生は進んでんだなー……なんて思わずジジィ臭い言葉が出そうになる直前で口を閉じた。今はオレも
中学生の姿なわけだし、何よりここは12年前。オレの知らなかっただけで周りはオレが想像するよりも大分大人びていたって事だ。2人の姿が見えなくなって、オレはホッと息を吐く。ドラケン君はマイキー君や名前ちゃんをよくガキっぽい≠ニ言うけど、オレからしてみれば2人共大分大人びてると思う。だから心底疲れた顔をしているドラケン君には申し訳無いけど、拗ねた顔をしたり、誰かに嫉妬したりとちゃんと中学生らしい一面もあると知って少しだけ安心した。
「ニヤニヤと気持ち悪ぃ……オラ、さっさと自分で立てよ」
「は、ハイ…」
リク内容:集会とか、夢主が嫌がる中みんながいる場所でこっそり。(実は1人くらいに目撃されている)
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