ササクレ ムケタ

 何の変哲もない一日だった。珠綺はいつもと同じようにエマの愚痴を聞いて、三ツ谷にたかって、場地をからかって、ケンチンとケラケラ笑ってた。でも、オレには分かる。なんつーか、確かにいつもの珠綺とは違わねぇんだけどそれが何か嘘くさいっていうか……ちょいちょい違和感があるんだよな。



「珠綺〜」

「……あ?何だよ万次郎」



 オレの部屋に入るなり当たり前のようにソファを占領した珠綺は、ベッドでゴロゴロと暇を持て余すオレには目もくれず、さっきからずっと昨日買ったっていう本ばかり眺めている。



「珠綺ってば〜」

「だから何だよ、一体」



 しつこく声を掛け続けると、ようやく気だるげな返事と視線がオレに向けられた。……うん、やっぱいつもと違ぇ。読書が好きな珠綺ならもう半分くらい読み進めててもおかしくねぇくらい時間が経ってるのに、珠綺が開いてるページは数十分前から一向に変化無し。第一、本読むと周りが見えなくなる珠綺がオレの呼び掛けに反応する事自体不自然だ。



「んっ!」

「……は?」



 ベッドに胡座をかいて両手を広げてみせると、珠綺は「ワケが分からん」と言わんばかりに首を傾げた。



「だから、んっ!」

「いやいや、分かんねーよ。何?着替えてーの?それくらい自分でしろ」

「ちげーよ!!」



 このバカ女、オレの好意を一体何だと思ってんだ。珠綺は呆れたように小さく溜息を吐いて、また読みもしない本へと視線を戻す。オレは仕方なくベッドから降りて、ボーッと活字を眺めてる珠綺の身体を担ぎあげた。



「……はぇ?」



 頭の上から間抜けな声が降ってくる。担いだ瞬間に珠綺が持ってた本が床に落ちたけど、ちっとも読んでなかったんだから「どこまで呼んだか分からなくなった!」なんて暴れられる事も無ぇだろう。華奢な身体を抱えたままベッドに倒れ込むと、珠綺は大きな目をまんまるにしてキョロキョロと辺りを見回した。ようやく間近で見れた珠綺の顔は青白くて、よく見ると薄ら隈も出来ている。背中に回してた手をそっと伸ばして珠綺の頭を撫でると珠綺は少し驚いた顔をして、すぐに不服と言わんばかりに唇を尖らせた。



「……何で分かった?」

「オレが珠綺の変化を見抜けねぇワケねーだろ」



 何年オマエの事見てると思ってんだ。



「……キモっ」

「ハハッ、ひっでぇ」



 他のヤツらに言われたら腹が立つであろう返答も、珠綺が口にするなら可愛いとすら思える。血色の悪い頬にキスを落とせば、珠綺は照れ臭そうに「ふんっ」と鼻を鳴らして隠れるようにオレの胸に顔を埋めた。



「……私、変だった?」

「全然。いつもと変わんなかった」

「そっか……ちゃんと出来てたか」

「ん、頑張ったな。お疲れ」

「うん、ちょっと疲れた」



 小さく鼻を啜る音が聞こえたけど、オレはそれには触れずに頭をぽんぽん撫で続ける。珠綺は昔から強がりで負けん気が強くて甘え下手だから、感情を隠す事は上手くても溜まったモンを爆発させる事が出来ねぇらしい。そんな珠綺がオレには甘えるんだから、不謹慎化もしんないけどオレとしては少し気分良かったり。



「珠綺〜」

「……ん?」

「明日は何しよっか?」



 明日は天気がいいらしいから、CB250Tバブでツーリングするのも気持ちよさそうだな。たまには2人だけでバイク走らせんのもいいかも。珠綺が食いたいって言ってたかき氷屋に行ってみようか。



「……万次郎」

「ん?」

「……別になんでもいい。万次郎がいれば」



 あー、もうホント。オレの珠綺って何でこんな可愛いんだろ?



「そっか。オレも珠綺がいればいーや」



 言いながらぎゅっと抱き締めると「苦しい、馬鹿力」って可愛気の無い可愛い文句が聞こえた。オレは優しいからな。今は気分良いし、何言っても許してやるよ。



「おやすみ。珠綺」



 明日はオマエの笑った顔が見たいから、今日はもう全部忘れて寝ちまえ。オマエを悩ませるモンは全部、オレがやっつけてやるからさ。



2022.03.07Twitterにて書下ろし
2022.03.12修正