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23時55分の電話
※キスの日(5月23日)ネタ
手を広げて施術が終わったばかりの艶々とした爪に口元を緩めてると、サロンのお姉さんが「珠綺ちゃん、鳴ってるよ」って私のカバンを指差した。万次郎から集会が終わったら迎えに行くって言われてたし、きっとその連絡だろう。そう決め込んで携帯を開くと、表示されていたのは万次郎じゃなくて幼馴染の名前だった。
「………三ツ谷?」
届いていた通知は電話じゃなくメールみたいで、一体何の用だろうと開封すると画面にはただ一言『悪い!』とだけ書かれていた。
「珠綺ちゃん、メール中申し訳無いんだけど先にお会計いい?」
「あ、勿論です」
慌てて財布から福沢諭吉の描かれたお札を取り出すと、お姉さんが申し訳なさそうに差し出した受け皿へそれを乗せた。お釣りを待つ間、私は三ツ谷が一体何に対して謝罪してきたのかと思考を巡らせる。というか、アイツが私に謝る事なんてあるのか?………認めたくは無いけど、私が三ツ谷に謝る事は幾つか思い浮かぶのに、逆となるとなかなか想像が付かない。今日は万次郎の家に行くって伝えてあるからルナマナの面倒をみてるワケでもねぇし、部活の手伝いだってしてない。かくいう私はと言えば、借りパクしっぱなしの三ツ谷のTシャツを幾つも自宅に溜め込んでるし、昨日は良かれと思ってご飯を炊こうとして御粥を製造するっていう失態を犯したばっかだった。釜の中身を見た時の三ツ谷の絶望っぷりたるや……ホント申し訳ない事をしたと反省しています。
サロンから出てもう一度携帯を開いたけど、三ツ谷からはさっきの謎の一文が送られてきたっきり音沙汰がねぇ。もしかして送る相手間違えたのかも……だとしたら一応返事してやるべきか。万次郎を待つまでの間近くのマックで時間を潰そうかと思った時、くんっと腕が引っ張られた。
ぴきっ……
途端に米神の辺りから血管が収縮する音が聞こえた気がした。せっかくネイル新調して機嫌良好だったっつーのに、一体誰だぁ?私の腕を来やすく掴んだクソったれは。
「テメェ……一体何の———…」
口角を震わせながら振り返ると、目の中に飛び込んできたその人影に呆気に取られてしまった。
「万次郎?」
「………オウ」
よく見ると万次郎の近くには
「万次郎、痛ぇって」
「………ああ」
そう言って少しばかり力を緩めてくれたものの、口は相変わらずへの字のままで何か言いたそうに私を睨みつけている。
「集会終わったのか?連絡寄越すって言ってたじゃん」
「………」
「いつから待ってたんだ?全然気付かなかったわ」
「………」
あー、ダメだコレは。何言っても反応なし。もしかして、さっき三ツ谷が送って来たメールってこの事だったりする?万次郎の機嫌悪くしたから何とかしろって。だったらそうだって言ってくれりゃいーのに。内心溜息を吐いてて三ツ谷に連絡しようと携帯を開くと、私がパスワードを打つよりも早く金色の刺繍が入った袖が私の携帯を奪い去った。
「……オイ、お前一体何なんだ?」
「………」
「黙ってちゃ分かんねーよ。ガキじゃねーんだから言いたい事あんならはっきり言えや」
少し強めに言葉を吐いても万次郎は相変わらずだんまりを決め込んでいる。通り過ぎる奴らが向ける好奇の視線をギロリと一喝し、私はどうしたもんかと考えた。掴まれた腕を振り払おうにも悔しい事に私じゃ万次郎に歯が立たねぇからこの案は没。かと言って下手に出てコイツを宥めるのは癪に障る。万次郎が傍若無人なのはいつもの事だけど、流石に理由も聞かされずこの態度を取られて腹が立ってんのはこっちの方だ。ドラケンか場地あたりに万次郎を回収してもらう事も考えるも携帯は万次郎に没収されて使えねぇ。うーん、流石に少し困った。
「………行くぞ」
「は………?」
先に動いたのは万次郎だった。奪ってた携帯を私に返して、掴んだ手をぐいぐい引っ張って
分かり切ってた事ではあるけど、万次郎はあの後どこにも寄り道する事無く真っ直ぐ自分の家まで
「なー、ホントどーしたんだよ?」
「………」
「集会で誰かにいじめられでもしたのか?」
「ンなワケねーだろ…」
おお、反応した。こんな甘えたな状態であっても総長のプライドは健全らしい。そのまま暫く頭を撫でていると、少し経って腕の中からくぐもった声が聞こえて来た。
「………珠綺、今日何の日だか知ってたか?」
「今日?」
言われてキョロキョロと部屋を見回し、壁にかけられたカレンダーに視線を向ける。今日は5月23日の月曜日……はて、誰かの誕生日だったっけか?それとも何か特別な用事が入ってたっけ?
「全然思いつかねーや。何?何か特別な日だったのか?」
「………キスの日」
「は?」
「だから、今日はキスの日なんだってさ」
きす……ってまさか鱚≠カゃねーよな?頭ン中で漢字変換してみたけど、いや流石にそれはねーだろうと一人ツッコミを入れた。だとすると、万次郎が言ったきす≠チてのはKISS≠フ方を指すんだろう。
「へー、知らなかった」
「八戒の姉貴がそんな話したらしくて、八戒が三ツ谷にその話題振ってたんだよ」
「アイツ、ホントに三ツ谷大好きだな」
その場に居なくても、八戒が真顔で三ツ谷に詰め寄る姿は意図も簡単に想像が出来た。「タカちゃんはもうファーストキス済ませちゃったの!?」なんてさ。八戒のタカちゃん好き≠ヘ最早病気に近いと思う。もし三ツ谷が「とっくに済ませた」なんて言ったらどうなるか……。これも口にしなくても容易に予想が出来る。
「三ツ谷に『タカちゃんのファーストキスはいつだった?』って聞いてさ」
「あー、ウン。想像通りで何も言えないわ」
「三ツ谷は三ツ谷で少しだけ考えて『小2くらいかな?』って」
「へー……それは知らなかったわ」
三ツ谷とはそれなりに長い付き合いだからお互いの事をよく知っていると思ってたけど、まさかファーストキスを済ませてるとは思わなかった。私も三ツ谷も同じ小学校だっていうのに。記憶を遡っても三ツ谷とイイ感じだった女子なんて思いつかねーけど……まぁ、アイツ顔も良いし面倒見も悪くねぇから、それなりに驚きはしたけど意外だとも思わなかった。残念なのは返答を受けた時の八戒の顔を拝めなかった事だ。きっと阿鼻叫喚のクソ面白い顔をしてたんだろうに……。
「は?知らなかった?」
「え?」
私が一人残念がってると、腕の中がもぞもぞ動いて中からギロリと黒い目が私を睨みつけた。
「え……マジで何?お前の怒るとこワケ分かんねーんだけど……」
「珠綺が知らねーハズねーだろ」
「何を?」
「三ツ谷のキスの相手」
間髪入れずにンな事言われても、知らないモンは知らないんだから仕方ねぇだろ。幼馴染っつったって知らねー事だってあるんだから。
「んー……2年の時だろ?同じクラスだったミカちゃん?体育の時に三ツ谷がカッコいいって言ってた気がするし……それともヨウコちゃん?授業中に具合悪くなった時、確か三ツ谷が保健室に連れてってやったんだっけ?」
アレコレと思いつく限りの名前を上げてみるけど、万次郎の機嫌は一向に良くならない。それどころか眉間の皺が増えてる気がする。
「………ホントに分からねぇの?」
「全然。全く。皆目見当がつかねぇ」
そう言い返すと、万次郎は「むぅ」とむくれて、そのまま「ちゅっ」と軽く私の唇の自分のソレを合わせた。
「………………は?」
「三ツ谷の初ちゅー、奪ったのは
「………………………………は?」
今自分の身に起きた事と、それから万次郎に追い撃ちの様に投げられた言葉とで頭ン中がプチパニックを起こしている。
「私と、三ツ谷が……?」
「そー」
いやいや、ンなはずは無い。だって、私も三ツ谷もお互いを幼馴染としか思ってねーワケだし。
「何かの聞き間違いじゃねぇ?」
「オレが珠綺の名前聞き間違えるワケねーだろ。それに、八戒だって目ん玉真ん丸にして聞き返してたんだから間違いねぇ」
うーん……八戒が聞き返したっていうなら、三ツ谷は間違いなく私の名前を上げたんだろ。だとしたら、三ツ谷が私と誰かを勘違いしてるんじゃないだろうか?だって、私が三ツ谷とキスするような事なんて—————…
「あ」
意図せず漏れ出た程度の小さな一語だったのに、腕の中から這い出て来た万次郎はそれを聞き洩らさなかったらしく真っ黒な瞳は半分に座っていた。
「やっぱ珠綺、三ツ谷とちゅーしたんだ」
「いや、それは違……くはないけど、そうじゃないっていうか……」
一体何故、私が万次郎に言い訳染みた説明をしなくちゃいけないのか……。でも、本当にアレは事故だったんだから仕方が無い。昼休みに校庭で鬼ごっこしてた時、鬼だった私が三ツ谷の背中を叩くすれすれでアイツが振り返るもんだから、驚いてそのまま三ツ谷と正面衝突した時があったんだ。
「私の歯で三ツ谷の唇少し切っちまったから当たってはいたんだと思うけど、でもそれはノーカンだろ?」
「でも三ツ谷はアレが初ちゅーだって言ってた」
「そんなのどうせネタにしてるだけだってば」
その証拠に、もし三ツ谷がマジでその話をしたのだとしたら私の携帯に八戒から連絡が無いのは可笑しい。八戒は普段私に逆らうような事はしねーけど、三ツ谷の事となれば見境が無くなるから。きっとあの鬼ごっこの時の一件を話した後で「ま、でもアレは事故だったから」なんて一言を付け加えたんだろう。………にしても、本当に迷惑な話だ。ネイルサロンで開いた『悪い!』ってメールの真意は分かったけど、その一言で片づけられると思うなよ?イライラしながら隣りに置いたカバンから携帯を取り出そうとすると、一瞬体が浮いてぼふん、という音と共に背中に何かが当たった。
「何しよーとしてるワケ?」
「え、あ………いやぁ…」
視界いっぱいに広がる万次郎の顔に「サァ……ッ」と血の気が引いていくのが分かる。サラッとした金髪が私の頬にかかって擽ったい。だけど身を捩る事すら許されないようで、万次郎はトン、と私の頭の横に両腕をついてにんまりと口角を上げた。
「ま、万次郎……ちゃんと三ツ谷に話聞いたか?アレは事故で、お互いにノーカンで……」
「今目の前にいんのは三ツ谷じゃなくて
嗚呼……私とした事が………選択を完全に言葉の選択を誤った。私が黙り込むと、万次郎の唇が鼻、頬と触れてそのまま唇に降りて来た。
「ふ、……ぁ…ん、ンン……ッ」
無理矢理に割り込んできた舌が口の中を一周して、私の舌を絡めとってぴちゃぴちゃ音を立て始める。こうなっちまったら、もう私に万次郎を止める術はない。酸素が無くなってボーっとする頭でもそれくらいの事は理解できる。
「………ハッ、珠綺はオレのちゅーじゃないと満足出来ないもんな」
何がそんなに面白いのか、万次郎は今度こそ満面の笑みを浮かべていた。くそう、絶対に今日中に三ツ谷に文句言ってやるんだ。なんて考えてると、私の思考が分かったのか万次郎はスッと身を屈めて私の首筋に吸い付いた。
2022.02.24