きみの蜜

※PG12くらい



 あ、唇カサついてる……ペロリと舌で下唇を舐めるとエマに怒られた。ちゃんとリップクリームを塗れって。確かに舐めると乾燥が悪化するのは分かるんだけど、1日に何度もリップを塗らなきゃいけねぇのは正直面倒臭い。それに、色付きリップが嫌いな私が愛用しているメンタームはスースーするが故に冬場外で付けるのは少し辛いものがある。マフラーとかで口元をカバー出来るなら良いが、バイクのダンデムシートに跨って風を切ってる時なんて寒くて仕方ねぇ。……と、そんな話を姉さんにしたのが数日前。



「あれ?珠綺何持ってんの?」

「リップグロスだって……昨日姉さんが送ってくれた」



 集会までの暇つぶしにとスタバでフラペチーノを飲んでいると、隣りでチーズケーキを頬張っていた万次郎が私の手元を見て首を傾げた。まぁ、それもそうだろう。姉さんには悪いけど、私はグロスというのが好きじゃない。やたらベタベタして髪がひっつくし、なんかフライドチキン食った後みたいにテッカテカになるし。それに何より、万次郎がめちゃくちゃ嫌がるんだよ。苦ぇって。でも、せっかく姉さんがくれた物だから全く使わないのも気が引ける。せめて1度くらいは使ってみて感想を伝えねーとなぁ……。



「……不思議な色…」



 透明でもピンクでも無い黄金色の液体は、チューブから押し出すとどこかで嗅いだような甘い匂いがした。んー……甘い匂いも得意じゃねーんだよなぁ…。



「う゛……っ」



 唇に押し当てて、思わず呻き声が上がった。グロス特有のトロッとした感触。前に使ったモノより粘り気が強いのは、私がカサつきが酷いって伝えたからか?何にせよ、エマといい姉さんといい女の子は凄い。よくもまぁ、こんなモノを塗って生活出来るもんだ。



「うー…やっぱこのベタベタ感が何とも…」



 萎える気持ちを抑えるために、と再びストローを口に付けてハッとした。やばい、私グロス塗っちまった。



「……ん?」

「どうした?」

「……………甘い」



 匂いだけじゃなくて、味も。てっきり薬品的な苦い味で口が汚染されると思ってたんだけどな……。相変わらず口をもごもごさせてる万次郎は置いておいて、もう一度グロスをよくよく観察してみる。そういえば、チューブに入ったこの黄金色の液体は……どこかで見覚えがあるぞ?



「あ、給食のハチミツだ」



 食パンとセットで出てくる、月に一度あるか無いかの献立。そっか、確かにハチミツは唇の保湿に良いって雑誌で読んだ事がある。指に取って舐めてみると口の中にフワッと甘い味が広がった。



「へー……食べられるグロスなんてあるんだな」

「え、何だソレ!?オレも食ってみてぇ!」



 バンッとテーブルに両手を付いて身を乗り出すもんだから、いつの間にか空になっていたケーキの皿が一瞬宙に浮いた。



「食ってみてぇって……食い物じゃねーよ」

「でも甘いんだろ?気になるじゃん!」



 1度使ったグロスを他人に渡すのはどうかと思うけど……こうなった万次郎はしつけぇからなぁ。ため息混じりにグロスを渡そうと手を伸ばしたー……のに。



「うわっ!!」



 万次郎の手はグロスじゃなくて私の腕を掴み、グイッと乱暴に引き寄せた。予想もしてなかった展開に私の身体はグラりと傾く。たまらず文句の一つや二つ言ってやろうと思ったけど、それは叶わなかった。



「う……っ」

「んー……」



 ペロリ、と唇をひと舐め。反論しようと口を開くとぬるり、と舌が入り込んできた。



「ん…っ……ふぅ…っ」



 逃げても逃げてもしつこく追いかけ回されて、最後は抵抗も虚しく絡め取られる。ちゅ、ちゅ、と角度を変えて唇が押し当てられ、その度に少し上がる万次郎の吐息が色っぽい。



「…ハッ……ぅ……っ」



 苦しくて酸素を求めて口を開くと、何を勘違いしているのか万次郎の舌はさらに奥は奥へと口の中を侵食している。身を引こうにも万次郎に手を掴まれていて身体はピクリとも動かねぇ。吐く息ごとかぷりと唇を噛まれて数十秒、ようやく解放された頃には私の目は息苦しさと羞恥心からか涙で潤んでいた。肩で息をしながら万次郎を睨みつけると、目の前のバカはペロリと自分の舌を舐めて満足そうに笑う。




「ん、美味い」



 そんで、オレの珠綺は最高に可愛い!両手を広げて再び私に襲いかかろうとする万次郎。何度もヤられてたまるか!私は万次郎の後頭部を掴み、そのままテーブルに押し付けた。やっぱ、グロスは嫌いだ。



2021.09.13Twitterにて公開