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喫茶ポアロの閉店時間まで、あと30分。
今日は人の引きが早く、既に店内には僕と梓さんのみだった。
ラストオーダーの時間も過ぎたので、梓さんは外に出している看板を片付け始める。
僕は洗い物を丁度片付け終えた。

不意に、梓さんから小さく鼻歌が聞こえてきた。


「今日はずっとご機嫌ですね。何かあったんですか?」

「あ、煩いですよね。すみません。」

「そんな事ないですよ。」


気を使いながらも、梓さんはご機嫌な理由を話し始めた。


「親友が地方の長期出張から戻ってきたんです。それで今日、このあと会う約束してて。」

「今からですか?後は僕が片付けるので、早めに上がって良いですよ。」

「向こうも仕事上がりに来るので気にしないでください。それに、お店に来てもらう約束なんです。」


梓さんはそう言うと、今度はレジ閉め作業に移った。
普段よりレジ閉めを始めるのが早い。
それだけ楽しみにしていると言うことか。
梓さんは僕に友人、ではなく親友と言った。
自然と出てくるその言葉に本当に大切な方が来るのだとわかる。
いつその親友が来ても良いように、僕も片付けを急いだ。


ーカランッー


閉店時間まであと10分。
誰かが店内に入って来たことを知らせるベルが鳴る。
closeの看板が見えなかったらしい。
折角来店されたのに申し訳ないが、入店を断らなければ。


「申し訳ありません、本日はもう閉店…」
「愛未ちゃん!」


僕と梓さんの声が被った。
梓さんは入店して来た女性とはそう遠くない距離に居たが、駆け足で女性に近づく。


「梓…ごめんね、まだ仕事中なのに。」

「気にしないで。もう少しで終わるから、座って待ってて。」


申し訳なさそうに話す女性の両手を梓さんが握り、カウンターへ促す。
恐らく彼女…愛未さんが、梓さんの親友だろう。


「安室さん、こちらが先程お話した親友の浜沢愛未ちゃんです。愛未ちゃん、こちらは安室透さん。私の後輩なの。」


フンッ、と鼻息が聞こえそうな程威張る梓さん。
親友に後輩を紹介する事が誇らしいのだろう。


「初めまして。お仕事中なのにすみません。」

「気にしないでください。梓さんは今日ずっと、浜沢さんに会えるのが楽しみだったみたいですよ。」

「安室さん!」


慌てる梓さん。
浜沢さんは少し驚いた表情を見せたが、すぐに笑顔になった。


「私も楽しみだったよ。」

「本当?待っててね、すぐ片付けるからね。」

「慌てないでね。」


浜沢さんがカウンター席の椅子に座ると、梓さんは離れた。
止まっていたレジ閉めを再開している。
僕はまだ残っていたホットコーヒーをマグカップに注ぎ、浜沢さんへ差し出した。


「余り物ですみません。もう少しで終わりますから。」

「ありがとうございます。洗い物増やしちゃってすみません。」


浜沢さん。
初めて出会ったから分からないが、何だか落ち着きがないように見える。
挙動不審、というより…何だか悲しそう?



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