物心がついた時には既にゴミの山が側に在った。誰よりも早く目を覚まして捨てられたばかりのゴミを他の子供たちに取られないよう我先にと漁るのが日課で、それは生きていくために誰しもが行っていることだと思っていた。

 ゴミに埋もれて生きるちっぽけな私が持っていたのは、揃いの煤けた白い服と、もはや靴と呼べるかわからないほど磨り減った靴。そして、家族だけだった。

 家族とはいっても、本当に血の繋がりがあるか定かではない。生まれて間もない頃に流星街に捨てられたから、自分の出生について知る由もなかった。それでも物心がついた頃には既に身を寄せ合って共に寒さを凌いでいた彼を兄と呼び、彼は私を妹と呼ぶ。

 血の繋がりが本当にあるからか、それとも共に過ごすうちに似てきたのか。私たちはよく似た容姿をしていると仲間たちから言われる。世界には鏡という正面に立つものを映し出すモノがあるらしいから、それを使えば自分と兄の顔を見比べることができるのかもしれない。彼によく似ていると仲間が評する自分の顔を見てみたい気もするけれど、生憎この街には鏡のような高価なものはなくて、あるとしても薄汚れてモノを映さなくなったガラクタくらいだった。

 血は水よりも濃いという言葉をクロロに教えてもらったことがある。クロロは流星街出身にしては珍しく、文字を読むことができた。彼はゴミ山から本を探し出しては熱心に目を通し、そこから得た知識を仲間へと与えてくれる、謂わば先生の役割を担っていた。──鏡というモノについて教えてくれたのもクロロだった──

 私と兄の間に血という名の濃い繋がりが流れることを示す証拠は何一つとして存在しない。もしこの世界のどこかに兄と血が繋がった家族がいたらその人たちよりも劣ってしまうのかと不安がる私にクロロは言った。血の繋がりはなくともオレ達は血よりも濃いもので繋がっている。だからオレ達に血の繋がりは必要ないのだ、と。それ以来、水よりも濃いらしい血の繋がりなど私たちには必要ないと思うようになった。互いを兄妹と呼ぶ事実さえあれば、ただそれだけで良いのだと。


「フェイ、待……って」

 今日も今日とて私たち兄妹は生きるためにゴミの山を行く。足場が悪いにも関わらず易々と進んでいく兄の足取りは軽い一方で、よたよたとゴミに足を取られている私の足取りは重い。先を行く背中に制止を求めても聞き入れられることはなく、兄はひたすらゴミの山を登り進んで行く。時折こちらを振り返っては足元が覚束ない私を冷めた目で見るものの、兄の歩く速さは一定で、私たちの距離が離れることはない。私たちの歩く速さには雲泥の差があったけれど、兄が私を置いて何処かへ行ってしまったことはこれまで一度たりともなかった。

「何か良いの見つけた?」
「待てろ」

 ゴミ山の一角でしゃがみ込む背中にようやく追いついた頃には、既に兄の脇には戦利品が抱えられていた。それを見た私も負けじと今晩の食事を今にも崩れ落ちそうなゴミ山の中から探す。

 兄はとても視力が優れていて、ゴミの山から宝物を探すことが上手だった。いつも私が身につけている靴も兄が見つけてくれたもので、これはかけがえのない宝物だった。少し前まではボタンや縫い目が解れたウサギの人形も持っていたけれど、年上の子供達に奪われてしまった。ここでは力が物を言い、弱者は奪われるばかりだ。ウサギの人形を奪われてしまったことに落ち度など何一つないいうのに、兄は私へ謝罪の言葉を口にした。「いつか、待てろ、」と小さく呟き続ける兄の言葉に耳を傾けながら、痩せこけた体を何も言わず抱きしめたことはまだ記憶に新しい。

 今日、兄が見つけ出したのは家を補強するために使えそうな木材達と、お腹に入れても問題がなさそうな残飯だった。運が悪い日は食料を見つけられない日もあるから、今日のご馳走とすら言える食事に帰路を進む足取りは軽かった。行きとは随分と様子の違う私を見て、「始めからそうして歩け」と揶揄う兄もどこか上機嫌で。

 夕日が顔を出した空は上機嫌な私たちをオレンジ色に照らし、一日の終わりを告げる。私は一日の終わりを告げるためにオレンジ色へと染まるこの光景が一等好きで、このまま一日と共に世界も終わって仕舞えばいいと夕日に願っていた。そうすれば、兄と融け合って一つになれるんじゃないかと心の底から思っていた。

 兄と私が棲家にしていたのは隙間風が吹く小さな小屋だった。持ち帰った木材で補強したものの、相変わらず室内には隙間風が吹いている。

「食え」

 兄の手ずから口の中に乾いたパンを放り込まれる。水気のないそれはモサモサとした食感で、ただただ口内の潤いを奪うものだったけれど、空腹で飢えていた胃は渇きなど意にも介せず食べ物を求めていた。兄はというと、咀嚼をする私をじっと見つめている。そして咀嚼が終わって喉が動いたのを確認すると、兄は再び小さなパンを私の口内へと捩じ込んだ。これを見たクロロはまるで鳥の親子だと言い、パクは微笑ましいと笑った。

 わずかな食料を二人で分け合ったあとは所々が黒く汚れたシーツを二人で分け合い、身を寄せ合って眠る。私たちの朝は明日も早い。

「フェイ、寒い」

 まだ夏になりきらない夜の空気は肌寒く、体を芯から冷やす。薄いシーツは防寒には向いていなくて、暖をとれるものはお互いの肌しかない。寒いとごねる私の二の腕を兄があまりにも必死に擦るので、なんだか楽しい気分になった私も戯れるように兄のお腹を擦る。

 「あたたかいか?」と聞く兄に「暖かいよ」と答えれば、「そか」と小さく答えられる。「フェイは」と聞けば、「寒くないね」と強ぶる兄に、嘘つきと心の中で指摘をしながら擦る手を強める。

 隙間風が抜ける小さな小屋は子供が住むには過酷な環境だったけれど、兄と身を寄せ合って眠ることは嫌いではなかった。物心がついた頃から側にあった体温は私だけのもので。そして、私の体温も兄だけのもので。私たちはまるで一つに融け合うようにして、今日も眠る。
top - novel