目を覚ますと、夜の帳が降りていた。
真夜中なんて比較にならないくらいに視界が闇に覆われていて、僅かな光すらも焦点に宿すことができない。兄に抱きしめられて視界が黒で覆われた時よりも暗く、月のない真っ暗な夜よりも静かだ。まるで真っ黒な空間にぽかりと浮いているような感覚だった。かつて、このまま世界が終わって仕舞えばいいのにと夕日に願ったことがある。夕日が沈んで世界が終わってしまった夜はこのような光景が広がっているのだろうか。気を抜けば終わりのない旅へと飛び立ってしまいそうな私を抱き止めるのは、力強い両腕だった。
あの部屋に帰ってきたのだろうか。手探りで周囲を弄るとお尻の下には硬い何かが折り畳まれていて、胡座をかいた兄の足に座っていることに気がつく。足は何にも覆われておらず、素足に触れるのは柔らかい布のようなもので。──帰ってきたのだ。夢と現実の境目が曖昧な、あの部屋に。
右耳に触れる硬い壁に耳を寄せると、それは一定のリズムで振動を刻んでいて、これが夢でもなければ、全てが終わった後の世界でも何でもないことを理解する。
そして、意識を失う寸前に私を包んだ熱には覚えがあって、自分を支配している静寂と漆黒の理由についてもまた理解する。理解したというには事象の根本をあまりにも理解できていなかったけれど、何かを切欠として、自分が何かを失うことは理解できた。前回と同じように、同郷の友と兄が自分に起きた事象の治療方法を探してくれるだろうと信じているからか。それとも、真っ黒な空間が兄に似ていたからだろうか。自分を支配する感覚に対して不思議と恐怖感はなかった。
それなのに私が不安を覚えていると兄は思っているのか、体に巻きつく腕の強さが緩むことはなく、まるで自分が側にいることを私に伝えようとしているようだった。そんな兄が愛おしくて、さらに身体同士を密着させようと体を捩る。
こうして兄と身体を寄せ合っていると、まるで暗闇の中で一つに融けだしているかのように思えて心地良い。視覚と聴覚が遮断されたとしても、他の感覚は残っていた。兄と抱き合う箇所がぽかぽかと熱を持って、指の先から徐々に融解されてゆく感覚がする。いつもであればその心地よさにただただ耽っていただろうけど、私はもう、夢から目覚めてしまった。
王子様とお姫様は口づけを交わし、幸せに暮らしましたとさ。じゃあ、その続きは?
その問いは意味を持たないものだった。兄と私は王子様とお姫様ではなくて、物語の主人公にはなれない。前提からして私は間違っていた。私たちは眩い世界できることなんてできなくて、キラキラとした世界で生きる人たちが一生知ることのない世界で生きる。
この世界に存在する多くの人は眩い場所で生きていて、そんな彼らは世界の終わりなんて願っていない。だから私一人がどれだけ願っても世界が終わることなんてなくて、兄と私が一つになれることもない。兄と私は同じ世界に生きているだけの、それぞれに自我を持つ別々の人間だった。
現実と夢の境目が曖昧なこの部屋で私がみた夢は現実に溶けて消えてしまった。それでも、夢から覚めた私にも兄という存在はしっかりと残されていて、目の前にある肉体が夢に溶けて消えてしまわなかったことに安堵する。
硬い胸板に額を擦り付け、頬を寄せる。静寂と深淵に満ちた私の世界はたった今、兄という存在だけに支配されていた。きっとこれが、私の物語においては最善のハッピーエンドだった。
結果として世界は消えてくれなかったし、兄と私は一つに融けることはできなかった。私の夢物語は終わってしまったけれど、終わったのは夢物語だけだったことにほくそ笑む。
夢はいつか覚めてしまうものだけれど、現実は覚めることがない。それでも私は、現実から覚めることができるその瞬間を待ち続ける。
世界が終わったかのように静かで、真夜中よりももっと暗い、私と兄だけの世界で。
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