願いがもしも叶うなら


夏だからどっか行きたいとか、突然のワガママはいつものことで。暑いのは嫌だとか人混みは嫌だとか注文がついたのもまぁ仕方ない。

「だからって男二人で避暑地に来るっつーのもなぁ…」

「あ、なんか言ったかよ?」

「なんでもねーよ。…葛西に避暑地とか似合わねーなって思っただけ」

「おめーが選んだんだろーが」

バスを降りるなり伸びをする葛西を眺めながら呟けば、どこか楽しげな視線が返された。
「しっかしなんにもねーな、」と辺りを見回す葛西に地図を向ける。「どこ行く?」と問いかければ「知らねー」と突っ返された。

「お前なぁ、」

「とりあえずあっちに行きゃあいいんだろ?一本道だし」

ひどく適当だけど、まぁ間違っちゃいない。野生の勘ってやつかな、と思ったら笑えた。

「…なに笑ってんだよ」

「なんでもねーよ」

行こうぜ、と木々の生い茂る道を歩く葛西が普段と違って見えるのは、周りの景色のせいだろうか。金色の髪は太陽の光を受けてきらめき、空の青と草の緑によく映える。

「…綺麗だな」

「確かに俺らにゃあんま見ねー景色だもんな」

別に面白かねーけど。と続けた葛西は、学校帰りの子供みたいな顔を俺に向けた。俺の言葉は景色のこととして認識されたらしい。いや別に、葛西が綺麗なわけじゃなくて髪の色が景色に合うなと思っただけだけど。

「…気に入ったのかよ」

「フン、坂本にしちゃいいセンスだな」

「そりゃどーも。」

行こうぜ、とそのまま木々の間を抜けると、空よりも濃い青が眼前に広がった。凪いだ水面は太陽の光を受けてキラキラと光り、時折サラリと葉擦れの音が鼓膜を揺らす。

「うお、すげーな」

「だろ?」

ガイドブック通りの景色のはずなのに、実物と写真はえらい違いだ。二人揃って深呼吸して、空を仰ぐ。

「…この晴天は俺の日頃の行いがいいからだな!」

「寝言は寝てから言えよ」

冗談めかして胸を張る葛西とどちらともなく笑いながら湖の周りを歩く。湖畔に立て看板があり、何の気なしにその前に立った。

「…ん? なんだよそれ」

「え? なんかここの謂れが書いてあるみてーだけど、なになに?」

色褪せた文字を目で追いながら「縁結びの願いを叶えると言われている。」と最後の一文まで読み上げれば、葛西は「…アホくさ」と呆れたように呟いた。

「…へー。ガイドブックには別に書いてなかったけどなぁ」

縁結びねぇ、なんて溜息を吐いて顔を上げれば、少し先に手を繋いだカップルがいた。葛西も同じタイミングで彼らに気付いたらしく、隣から舌打ちが聞こえてくる。

「…なに葛西、羨ましいの?」

「うるせーよ、この暑いのによくやるなと思っただけだし」

ぷいと顔を背けた葛西に手を差し出す。別に他意なんてなく、ただからかってやろうと思っただけ。

「羨ましいなら繋いでやろうか」

「は!?…馬鹿かよ」

葛西はその凛々しい眉を歪め、俺の手を一瞥した。それから不遜に笑って、躊躇いもなく俺の手を取る。

「…か、さい?」

「…んだよ、繋いでくれんだろ?」

ぎゅ、とゴツくて暖かい手が俺の手をしっかりと握る。なんで、と言葉を零すよりも早く、葛西は俺の手を引いて歩き出した。
自分で手を出した手前、離せとも言えずに混乱する胸中を必死に宥めながら引き摺られるように歩く。葛西は俺のことなんて知ったこっちゃないみたいな顔をして、さっきとなんら変わらない調子で歩を進めた。

「…か、さいっ、お前…なに考えてんだよ」

紡いだ言葉はひどく尻窄みで不恰好で、この青空には似つかわしくない。俺の声を聞いて葛西はようやっと足を止め、俺に振り返った。

「あ? 俺のことからかおうなんて百万年早えーんだよ」

そう言って笑う葛西があんまり風景に似合いすぎて絶句する。無言のまま赤い顔でぱちぱちと瞬きを繰り返す俺をしばらく見つめていた葛西は、気まずそうに頬を染めて大声を上げた。

「オイ坂本テメェなんか言えよ!!!」

「…え? あぁうん。…ありがとな…」

繋いだ手をぎゅうっと握り返せば、葛西は面食らった顔でぱちくりと瞬きをして、それから顔を真っ赤にした。
それが恥ずかしくてなのか怒りでなのかは俺にはわかんねーけど。

「は!? テメェ馬ッッ鹿じゃねーの!?」

「…葛西、顔赤いぞ」

からかうようにそう返せば、葛西はさらにぎゃんぎゃんと喚いた。その声は澄んだ空気によく響き、それに呼応するように木々が騒めく。

「うるせーよ誰のせいだ!」

「なに、俺のせいなの?」

「…うるせー!!!」

どう考えてもうるさいのは葛西の方だろう。前を歩いていたカップルは、突然後ろから響いてきた叫び声に驚きこちらを見ている。俺の方を振り返った葛西はまだ気付いてないだろうけど、彼らの身振りを見るに俺たちが手を繋いでいることに気付いているらしい。

「…なぁ、お前があんまり騒ぐから、めちゃくちゃ見られてっけど。いいの?」

「…ーーーッ!!」

葛西は俺が視線で指す方を見ると、慌てて腕を引っこめようと力を込めた。けれど俺が葛西の手を握る力を強めた方が一瞬早かったらしく、振りほどくまでには至らない。

「お前が繋いだんだから、今更離すなんて言わねーよなぁ?」

「くそッ…、なに考えてんだよお前…」

ばかじゃねーの、なんて恥ずかしそうに呟きながら、葛西は俺の手をぎゅうっと握った。


20170911