みんな雨のせい


帰り道、雨に降られた。それはまぁ仕方ねーと思う。傘がないのもまぁ、ないもんはしょーがねー。

「…葛西。どこかで凌いだ方が…」

「すぐ止むだろ。」

隣を歩く坂本が俺を呼んだ。別に大した雨じゃねーし、と気にせず歩を進める。実際、雨はパラパラと降っている程度で、傘がなくたってなんとかなる。

「葛西」

「…んだよ、行くぞ」

そう言って歩き出してわずか数分、雨はざんざかと音がしそうなほど強くなった。
二回の制止を断っちまった手前、雨足が強くなったから雨宿りしようなんていまさら言えず、走り出さんばかりの早さで足を繰り出す。バシャバシャと水気を含んだ足音がすぐ近くに聞こえて、坂本に心の中で謝った。

「…すげー雨だな」

どうにか駅まで辿り着きそう零すと、坂本は不満げな声を上げた。

「だから言ったんだ。」

「…っせーよ坂本。仕方ねーだろ濡れちまったもんはー…、」

まぁどう考えたって俺のせいだけど、今更認めるのも癪で語気を強めた俺は、言葉の途中で目の前の坂本を見て絶句した。
濡れた髪に濡れたシャツ。替えたばかりの夏服の白が張り付いた襟元。なんだこいつ、なんつーか、…なんつーんだ、これ。

「…何見てるんだよ、拭けよ。風邪引くぞ?」

坂本はそう言ってポケットからハンカチを取り出すと、俺の額に当てた。なんで俺を拭くんだよ、てめーの心配しろよ、と思ったけれどあいにく俺はハンカチなんて持っちゃいなかった。

「てめーの心配しろよ。髪ひっついてんぞ」

重く額に張り付いた前髪はさぞや邪魔だろうと指先でそっと持ち上げる。濡れた睫毛が前髪の下で重そうに震えるのをみて、なんだか胸がざわついた。いや意味わかんねー、とそのざわつきを拭い去るように勢い良く髪を掻き上げる。

「…いてっ、…なにすんだよ葛西」

湿り気を帯びた視線がこちらを睨む。走ったせいで少しばかり赤い頬じゃあ睨みつけたってカッコつかねーぞ坂本。

「うっせーよ、てめーが先に拭け!」

俺の髪を撫でる手を掴んでハンカチを毟り取り、濡れたせいでウェーブの少し落ちた髪をぐしゃぐしゃと拭く。坂本は「馬鹿、もう少し優しくできねーのかよ」なんて騒いでいる。それがなんだかむず痒いような気がして、髪をかき混ぜる力を強くした。

「…もういいよ。お前俺がハゲたらどうする気だ」

「おうハゲろ!なんかムカつくからハゲちまえ!」

あぁさっきからざわざわとうるさい。土砂降りの雨の音だ。そうだ、そうに違いない。目の前の男は濡れんのも似合うなんてなんだか腹が立つからほんとハゲろ。バーカ。

「まったく…これじゃあ電車、座れねーな」

俺がぐしゃぐしゃにした髪を手櫛で直す姿すらサマになるなんて本当に腹が立つ。お前そんなカッコで電車に乗るんじゃねーよ。

「そうだ坂本、おめーは立ってろ」

「お前も立つんだよ葛西」

俺より濡れてんだろ、とハンカチを差し出してくるから、一旦受け取ってその頭に乗っけてやった。こんなもんなくたって平気だし、俺は電車には座る。

「俺はいーんだよ」

「いや良くねえよ」

良くなくねーよ。ここまで走ってきたんだから座って帰りたい。それに俺だって別に濡れたくて濡れたんじゃねーし。

「雨がワリーんだよ。俺のせいじゃねー。」

そうだ、みんな雨のせいだ。
不貞腐れた顔でそう言うと、坂本は雨上がりの虹みたいな顔して「ガキかよバーカ」と笑った。

20170602