君はにゃんこ


コンビニでふと目に入ったプリンを買った。なんとなく食べたくなったってだけで、別に好きなわけじゃない。なんで急にプリンなんか、と自分でも首を傾げつつ校舎裏でタバコがてらそれを食ってたら、一匹の猫が寄って来た。

「…んだよ。」

そいつは俺の足元に擦り寄って、可愛らしくにゃあ、と鳴いた。普通寄ってこねーだろ、なんて思いつつ追い払おうと手を出したら、撫でろと言わんばかりに指先に頭を押し付けた。

「…撫でろっつーのかよ…いい度胸してんなお前…」

指先をくすぐる柔らかな毛並みを確認するみたいに撫でれば、猫はゴロゴロと喉を鳴らし、俺の隣にころりと転げた。いや野良のくせに懐っこすぎるだろ、と思ったけど、懐かれて嫌な気はしねーし、まぁいいかとその毛並みを楽しむことにした。

「…名前はねーのかよ」

聞いても無駄だと思いつつそう零したところで、当然返事はない。首輪もねーしな、なんて首回りを撫でていたら、ふと食べ終わったプリンカップが目に入った。無造作についたスプーンの跡、黄色と茶色のコントラストがなんだかコイツに似てる気がして、俺は勝手にプリンと名付けることにした。プリン、と小さく呼ぶとまるで返事みたいに「にゃあ」と鳴かれた。

「よし決まり。お前は今日からプリンだ。」


*****


「葛西さん、最近どーしたんスかねぇ」

「坂本さんなんか知らねースか」なんて声が聞こえてきたから、「知らねーよ」と返した。何のことかと聞けば最近葛西はどこかへいなくなるらしい。一体どこへ行くのだろうかとみんなで首を傾げていると、「そう言えば」と声が上がった。

「俺、最近葛西さんそっくりのネコ見るんスけど…」

その言葉に、何人かがハッとしたように顔を上げる。

「俺も!俺も見た!…もしかして…あれが葛西さんなんじゃあ…」

いやまて。いくらなんでもその冗談は笑えねー、と言おうとしたけれど、みんな割と真剣に「まさか…」なんて顔を見合わせている。
おい、人間が猫になるわけはない。いくら成績の悪い不良でも、それくらいはわかれ。

「坂本さん!葛西さんが猫に!」

「いや落ち着け。人間は猫にはならない」

俺がきっぱりとそう言い切ると、みんなは安心したように「そう…だよな、」なんて頷き合い、「じゃあ坂本さん!葛西さんにどこ行ってるか聞いといてくださいよ!」なんて勝手に俺に任せてその話は終わった。

その日の放課後、帰ろうとするも葛西はおらず、その姿を探しながら校舎を出たところで、キジトラの猫に出会った。目つきの悪いその猫は、俺のことなんて知ったこっちゃないみたいな顔で悠々と正面を見て歩いている。
「葛西さんにそっくりな猫が」と、さっき聞いた話を思い出す。「もしかして葛西さんが猫に」もあながち間違いではなさそうなほどに似た雰囲気だな、なんて感心しながら、俺はその猫を追い掛けた。

悠々と歩いていたはずの猫は、校舎裏が近付くとぴょいと身を翻し、どこかにいなくなった。見失った先をきょろきょろと探していると、「…坂本!?」とやけに慌てた様子の葛西の声がした。

「…よぉ葛西。…猫、見なかったか?」

「…は?猫?…んなもん見てねーよ!!」

ぷい、と顔を背ける葛西の頬は赤くて、明らかに何か隠してるみたいな顔をしていた。俺の頭の中にまた「もしかして葛西さんが猫に」と仲間の声が反響する。いやまさか、そんな。

「…お前にそっくりな猫がいるらしいぞ葛西。見たことあるか?」

「はぁ?…猫なんかに似ててたまるかよ。そんなことより、はやく帰ろーぜ。」

早くこの場を立ち去りたいのか、葛西はさっさと歩き出す。その背に問いかけた。

「そういえば、お前こんなところで何してたんだ?」

葛西はこちらを振り向くことはなく、「てめーにゃ関係ねーだろ」と吐き捨てた。
コイツ何か隠してんのかな、と思ったけど、聞き出せないまま、その日は別れた。

*****

「ちょ、お前それ…どうしたんだよ」

葛西を探しに校舎裏へ行った俺は、見つけるなり驚きの声を上げた。俺が指差す「それ」は、どう見ても猫の耳だった。俺の言葉を聞くと、葛西の頭の上でぴくりと動く。

「あ?…んだよ」

不機嫌そうにこちらを睨みつける葛西の背には小さな影が蠢く。よくよく見れば、長い尻尾がゆっくりと揺れていた。

「…お前…シュミ悪ィな…」

「はぁ?なに言い出してんだよ急に。ケンカなら買うぜ?」

葛西は俺を睨みつけたけれど、耳と尻尾が気になってイマイチ怖くない。ピンと立った尻尾が膨れているのを見ると、どうやら本物みたいだ。いやどういうことだよ、と思って辺りを見回す。特に変わったことはない、いつもの学校だ。

「おい葛西、ちょっとコレ見てみろ」

アスファルトを割って生えているエノコログサを引っこ抜く。いわゆる「猫じゃらし」ってやつだ。葛西に見えるように大きく振ると、頭の上についた耳がぴっとこちらを向いた。

「んだよ、そんな草なんか持って…」

ぷい、と顔を背けたけれど、視線は俺の手元に釘付けだ。ゆらゆらと穂先を揺らせば、葛西の視線もそれを追う。その動きは全くもって猫とおんなじで、思わず「マジかよ。」と呟いた。

「葛西、そんなに気になるのか?」

「てめー、バカにしてんのか!?」

葛西の顔の前を穂先で擽れば、ふざけんな、と拳が握られる。それが振り抜かれるよりも先にエノコログサを真上に振り抜けば、葛西の手はまっすぐにそれを追った。

「はっはっは、似合うぞ葛西」

「てめーふざけんな!!!」

怒りながらも目の前の動きに抗えない葛西は、俺がエノコログサを振るたびに忙しなく瞳を動かし、それはもう楽しげに、ぱしん、ぱしん、と殴っている。

「つーか、お前どーしたんだよ、…ッ!?」

いい加減揶揄うのをやめようかと思った瞬間、ばし、と勢いよく手元を叩かれ、エノコログサは俺の手を離れ宙に舞った。

葛西はしめたとばかりに俺の肩に飛び付き、そのまま馬乗りになる。ひっくり返った拍子にぶつけた尻が痛い。

「坂本ぉ…よくもやってくれたな」

爛々と瞳を輝かせ、にんまりと笑う葛西の口元には、鋭いキバが見えた。そのまま口を大きく開き、俺の首筋に噛み付こうと近付く。

「…こら、やめろ葛西ッ」

猫、…猫ならば。と、のし掛かってきた胸を押し返し、首筋を撫でる。葛西は急に勢いを無くし、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

「…なにすんだよ坂本…」

不満そうな視線はすぐにとろんと緩み、指先に擦り寄るように頬を寄せる。普段のコイツなら絶対にしないような表情で、幸せそうに瞳を閉じた。

「なぁお前、どうしたんだよ…どう見たって猫じゃないか…」

指先で柔く首筋を撫でながら言えば、葛西はとろんとした瞳をゆっくりと持ち上げ、甘えるように俺の名前を呼んだ。その響きが耳に絡みついて身体を内側から揺らす。
どうしたんだよ葛西、ともう一度言う。けれど俺の指先は葛西の首筋を撫でるのをやめない。しっかりしてくれよ、なんて言葉とは裏腹に、もっと甘えろとでも言わんばかりに優しく何度も皮膚をなぞる。

「…っ、さ…かもと…」

ひどく艶を含んだ吐息が葛西の唇を揺らし、そこから覗く赤い舌が、ざり、と俺の腕を舐めた。

「……っ、!?」

そこではっと目を覚ます。
ぱちぱちと瞬きを繰り返し、辺りを見回した。普段通りの自分の部屋。…どうやら夢だったらしい。

「…なんて夢を…」

思わず吐息と共にそう零す。汗ばんだ身体はひどく火照り、体の芯が良からぬ熱を持ち始めていた。マジかよ。と思わず呟く。いやこれは生理現象だし、と必死に自己嫌悪を振り払って布団から抜け出す。あんな、葛西が猫になるだなんてバカみたいな話を聞いたせいだ、と大きな溜息をつく。
今日こそ葛西が何をしてるか突き止めよう。そうすれば、二度とこんな夢は見なくて済む。

*****

「葛西、またサボってんのかよ…って、猫…」

俺が校舎裏でプリンと戯れてると、坂本が来た。坂本が近付くとプリンが警戒するのが撫でる指先から伝わって来る。思わず俺も身を固くした。

「…んだよ」

「…そう警戒すんなって。」

坂本は両手を持ち上げ降参のポーズを取りながら近付いてきた。こいつは俺のダチだから心配すんなよ、とプリンを安心させるように撫でる。俺の気持ちが通じたのか、プリンは警戒を解き俺の腕に擦り寄った。

「随分懐いてんじゃん…名前は?」

「プリン」

「は?…葛西…お前がつけたの?」

坂本は面食らった顔でそう言う。まるで俺にプリンなんて似合わねーとでも言いたげな驚きぶりになんだか腹が立つ。いや実際似合わねーし似合ってたまるかっつー感じだけど。

「…悪ぃかよ。食ってたんだよプリン」

不貞腐れた顔でそう返せば、坂本は感心したようにしみじみとした声を出した。

「…つーか、お前もプリンとか食うんだな…」

「どういう意味だよそれ」

別にプリン食ったっていいだろ、と吐き捨てるように言えば、「いや…意外だと思ってさ」と笑われた。イメージ通りと言われるよりはいいのかもしれないけれど、なんだかムカつく。坂本は俺の隣に陣取ると、プリンに向かって笑いかけた。ゆっくり手を伸ばして、指先で喉元を優しく撫でる。

「…意外に懐っこいんだな」

坂本の綺麗な指が、プリンの背をゆっくりと撫でる。プリンは坂本の指先に「もっと」とでも言いたげな動きで擦り寄った。それを見てたらなんだか胸のあたりがモヤモヤする。
なんでだ?とひとり首を傾げていると、坂本が言った。

「なぁ葛西…こいつタマついてんぞ」

「…いいだろオスでも」

てっきりメスだと思っていたのに、坂本に言われるままに尻尾の付け根を見れば、ふかふかとした丸がふたつ。思わず感嘆の声を上げた。

「へー…猫もキンタマあんだな…」

「…下品だぞ葛西」

坂本はほんのりと頬を染めて、俺から顔を背けた。「へっ、優等生かよ」なんて軽口を叩いてまたプリンを撫でる。ほんとこいつふかふかだよなぁ、なんて思っていると、不意に頭を撫でられた。

「…あ?」

「……ん?」

坂本は俺の顔と自分の手をぽかんと見て、「…悪ィ」と慌てて手を引っ込めた。いや悪ィじゃねーよ、なんで今俺のこと撫でたんだよ。

「…何間違ってんだよ坂本」

俺が笑うと、坂本は「…似てんのがいけねーんだよ」となぜだか安心したように笑った。


20170605