バカとしか言えない


今日の坂本と葛西:クーラーがぶっ壊れたので扇風機争奪戦が始まる



まだ初夏だというのに、今日はやけに暑かった。
葛西は俺の部屋のクーラー目当てに一緒に帰ってきたらしく、扇風機をつける俺を見て目を丸くし、クーラーが壊れていると知るや大声を上げた。

「マジかよこの暑ちーのに!」

「…壊れちまったもんは仕方ねーだろ…扇風機あっからそれで我慢…って葛西!何やってんだよ」

首振り機能の付いているはずの扇風機は葛西にその首根っこを押さえつけられ、ガチガチとプラスチックの悲鳴を上げている。

「あ?いーだろ別に」

不機嫌そうに零した声は、扇風機の風のおかげでガキの夏休みみたいに小刻みに震えている。コイツは今にも「ワレワレハウチュウジンダ」なんて言い出しそうだなと思ったけど、殴られそうだから黙っておいた。

「お前そんなことしたら扇風機まで壊れるっつーの!つーか俺が暑いよ!」

そう言いながら扇風機の後ろのツマミを押し込む。ガチガチ鳴る音は止まったけれど、俺が暑いのは変わらない。

「うるせーよ騒ぐと余計に暑いだろーが」

「いや誰のせいだよ」

せめて風の来るところ、と葛西の隣に陣取る。いやちょっとは譲れよと、自分の身体で葛西を押すと、横目で睨まれた。

「あっちーよ、やめろ坂本」

「うるせーよ、お前が扇風機独り占めするからいけねーんだろ」

葛西は俺をぐい、と肩で押し返した。そうすると風なんて全然当たらないから、俺もまた葛西を押す。それでまた葛西が押し返して、と続き、この真夏におしくらまんじゅうかよと声を上げたくなるほどの応酬になっていた。

「てめぇ何すんだよ!」
「お前が譲れば済む話だろ!」
「やだよバーカ!」

ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、押し合いへしあいしているうち、掴み合いの喧嘩になった。暑いのが嫌で取り合いをしていたはずなのに、これじゃあ本末転倒だ、と気付いたのは額を汗が伝う頃なんだから、葛西も俺もバカとしか言えない。

「…ったく、無駄に汗かいちまっただろー…」

「うるせー元はと言えば坂本んちのクーラーが壊れてんのが悪ィんだよ」

そんなこと言っても、勝手に期待したのは葛西の方だ。一言言ってくれれば壊れたって説明ができたのに。

「そんなの仕方ねーだろ…あー、しかしあっちーなぁ…」

どうせ葛西しかいねーし、と制服のボタンを二つ外した。それを見た葛西は「あー、脱ぎゃあいいのか、」なんて台詞を吐いて、制服のシャツを脱ぎ捨てた。汗ばんだ素肌が露わになって、別に照れることじゃないはずなのに、思わず目を背けた。

「…お前…シャツくらい着てろよ…」

「あー?かてーこと言うなよ、あちーんだよ」

坂本だって暑いだろ、と、葛西は何を考えてるのか、俺のボタンに手を掛けた。

「待っ、なにすんだよ!」

「おめーも脱いだら気になんねーだろ」

なに恥ずかしがってんだよ、と笑われたけれど、恥ずかしがる以前に、オトコに脱がされる趣味はない。やめろ、と身体を引くと、葛西は面白がって俺にのしかかってきた。

「葛西!…やめろって…」

「…お前さぁ……」

すげーエロい、なんて嬉しくもなんともない台詞をギラギラした瞳で吐かれた。いやまて、暑さでおかしくなったのかよ!と声を上げれば、「おかしいのはお前の色気だろ」と返された。

「ふっ、ざけんな!」

身体を引きながら勢い良く蹴りを繰り出せば、思いの外強く当たってしまったらしい。葛西は腹を押さえて蹲り、「てめぇ坂本」と俺を睨みつけた。いやこれはどう考えても葛西が悪い。

「いやお前が悪いだろ、つーか俺これ完全に襲われてんだけど!」

「…うるせーよてめぇ俺に蹴り入れといてタダで済むと思うな!」

暑いっつーのにまた転げ回る羽目になって、本当バカとしか言えないな、なんて。(でも逃げないわけにはいかない)


20170705