ひたすら貢がれる


「ミヤビ、明日がなんの日か分かっているな?」
「分かりたくない」
「そんなワガママが許されると思ってるのか」
「そのセリフそのまま返す…」

私とローは恋人関係である。
そして、ローは船長という立場。
だからみんなきっと言えないだけなのだ、きっとそうだ。

あんなに人に上からな態度のローがまさか、恋人に貢ぐタイプだったなんて。

船の財政状況は良くも悪くもない。
そして何故かローは船長という立場を利用してかお小遣い等々とは別に個人的なお金を持っている。それもかなりの額。
クルー達には言うな、と口止めされているしそもそも言うつもりも無いけど。
というかその個人的なお金を私とロー本人にしか使っていないから言えるわけもない。

たまに大きな島に着くとその貢ぎ欲みたいなのが爆発するらしくデートを兼ねて一緒に街に繰り出す。

そう、そのデートの日は予定だと明日だ。
この分だと滞りなく島に到着するだろう。

「嫌なのか?」

ぽつり。分かりづらいけど少し寂しそうな表情にも見える。
私は彼のこの顔に弱い。そしてそれを本人もきっと知っている。こうすれば私が拒めない、と。

「い、いや…申し訳ないかな…と…」
「おれがしたいんだ」

そんな風に甘えてくるなんてずるい。いつもはおれに従えって感じなのに。

「そ、そっか…」
「返事は?」

いつもの自信たっぷりな彼に元通り。

「アイアイ、キャプテン…」



街はここ最近着いた中で一番大きな街だった。
それに縫製業が盛んらしい。これはよろしくない、非常に。

「行くぞ、ミヤビ」
「はーい、キャプテン」
「2人だから「ごめんね、ロー」

彼は2人の時にキャプテンと呼ばれるのを嫌う。不機嫌さだけは顕著な綺麗な顔を歪ませる。

早速手を引かれ入ったのは大きな服屋だ。
中は色んな服が飾られている。ドレスやらも置いてある辺りジャンルは問わず扱っているようだ。
でもやたら店員さんが品が良い。嫌な予感がして近くの服の値段を見るとこういう時にローに買われるのに相応しいお値段だった。

「ロー…!」
「なんだよ、良いからこれ着てくれ」

渡されたのは丈の長いドレス。デコルテも肩も出る大胆なデザインだ。光沢のある黒い生地が高級感がある。

「ちょ…!」
「これも着けろ」

渡されるのは手首までの黒いレースの手袋。

「…っ」

こうなるといよいよローは何も聞かない。私はドレスと手袋を手に取り試着室へと黙って向かう。なのに後ろから彼は着いてきていた。

「着替えの手伝いをするだけだ。変な事はしねェ」
「分かったよ…」

嗚呼、店員さん達がヤバいものを見る目に変わっている。概ね間違っていないけど。

ちなみにローがこうやって試着室に一緒に入るのは初めてではない。
純粋に着替えの手伝いをしてくれるし、手先が器用だから本当に着替えはスムーズになる。

「やはり背中のジッパーは良いな」
「そうかな?私着替えづらくて嫌だ…」
「おれがいつでも上げてやる。それに、下げるのも」

後半だけ耳元で言われてビクリ、と肩が跳ねた。
そういうことを平然としてくるからモテて来た男は困る。

「悪くねェが…ちょっと待ってろ、別なの持ってくる」

私の返事よりも先にローが試着室を出て行く。
程なくして戻ってきた彼の手には別なドレス。

「今着てるのは…」
「これはこれで良いから仕立て直す。これも見たい」

こちらは裾がふわりと広がった膝丈のワンピースに近いものだった。
首元から胸元までは黒レースで胸下の生地は赤いベルベット。
そして今度は黒いサテン生地の長い手袋を持っている。
ローに手伝ってもらいながら身に纏った。

「あァ…堪らねェな」

まさにうっとり、満足げな笑みを浮かべるロー。
元がかっこいいからこんな表情をされちゃその辺に居る女の子なんてメロメロになってしまいそうだ。
それに私も鼓動が速くなった。

「サイズも良さそうだな」
「ちょ…っ!」

全くイヤらしさのない手つきで胸やウエスト、腰からおしりにかけてを触ってくる。
こうして触っては私にピッタリ合う服を見繕ってくるのだ。

「今日はこれを着ろ。着替えは靴も下着も全部揃えてからな」
「ちょっとちょっと…!」
「あァ、あと普段着もいくつか選べ。一緒に持ってく」
「…」

私は大人しく普段着になりそうな服を探しに行く。その中で着やすそうなざっくりした感じのTシャツを手に取った。

「胸元が開きすぎだ。クルーを誘惑するな」
「そんなつもりじゃ…!」
「実際されんだよ。おれだってされる」

私が手にしたTシャツをするりと手から取ると畳んで陳列棚に戻される。こっちはどうだ、なんて私に宛てがう別のシャツはなんとも私の好きな形で着やすそうな感じ。

「これにする…」
「そうか」

なで、と私の頭を撫でるロー。その調子でいくつか服を手に取っていった。
これで充分(というぐらい選ばないと延々選ばせられる)な量を選ぶとローはなんだか満足そうに会計をしに行った。

大きな手提げを持ったまますぐ隣。今度は靴屋だ。

「とりあえずさっきのドレスに合いそうなのを選ぶとするか」
「う、うん」

靴屋は靴屋で試着室が無いだけマシではあるけど、

「ミヤビ、座れ」

試し履きをする為の椅子に座らせると、ローが跪いて恭しく私の靴を脱がせる。

「このまま待ってろ」

そう言うと私を置いて女性物の靴が置いてある所へ迷わず向かう。
程なくして2足のハイヒールを持ったローが戻ってきた。

最初に履かされたのは足首でベルトを留めるタイプのピンヒール。
黒ベースでレースがあしらわれており、先程の赤いドレスに合いそうだった。

「でもおれはこっちも捨てがたい」

次に履かされたのはヒールの部分が太い、少し低い踵のものだった。黒いエナメルのような質感も良いが、きっと彼が気に入ったのは─

「これ…」
「そうだ」

靴の裏─ソールの部分が真っ赤だった。これは確かに良い。私もすぐに気に入ってしまった。

「まァ両方買うが。今はこっちな」

私がローも気に入った靴を気に入ったのが嬉しかったようで、跪いたまま、私の脚に頬ずりをする。
その光景を店員さんがギョッとして見ていた。



今日選んだコーディネートに合わせたタイツも買い、今度は下着屋。
通常男の人はこういう店に入るのを躊躇うがローは違う。
全く気にせず入って行く。
店内に疎らに居た女性の客の方がびっくりしている。

「さっきの感触からして…これなんかはどうだ?」

渡されるのはワインレッドと黒の扇情的なランジェリー。ローは見てたか分からないけどご丁寧にTバックまでセットだ。

「良いかも…」
「色合いもピッタリだ」

ふ、と柔らかく微笑む。
その笑顔の裏にはこれを脱がすところが浮かんでたりするんだろうか。

「試着はしねェのか?」
「下着はちょっと…それに、ローが選んでサイズ間違ってたことないし」
「間違えるわけねェだろ」

ドヤ顔してるけど聞こえてる人があからさまに引いている。

その後もローがいくつか種類をチョイスし、一通りの買い物は済んだ。
他のものを買ってくれないなんて事はないが、ローが買い与えたがるものは何かと身に付けるものが多い。

「そう言えば、」
「ん?」
「なんで身につけるものばかり買いたがるの?」
「なんでってそりゃ…」

この時のローは大変良い顔をしていた。

「おれが買った服を着て、それをおれに脱がされる。こんなにおれがミヤビを染めてるんだって満足感が堪んねェんだ」

私は顔を真っ赤にしてしばらくそこから動けなかった。


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