平和は脆く、崩れやすく
「……ふむ、今日の日替わりBランチは大当たりだったわ」


学園の食堂でランチ中のこの女性、名を「氷山 朱杏」。
若い頃から有能な祓魔師として活動し、今は祓魔塾の講師としても名高い女性だ。


「あっ、おねーさま!おねーさまはお昼ご飯中ですかにゃ〜?」
「ん?シュラじゃないの。あんたも昼食?」
「そーそー、この後燐の特訓に付き合うんだ」
「あんなにお転婆だったあんたが弟子をとるようになるなんて、感慨深いものがあるわね……」
「偉いだろ〜?だから私にお昼ご飯奢ってちょーだい、おねーさま♡」
「……ふふっ、この私にお昼ご飯たかるのなんてこの学園中探してもあんたくらいなものよ?」


そう言って笑うと、朱杏はシュラの頭を
近くに置いてあった資料レジュメで軽く叩いた。
そのまま、「これでも見なさい」と資料を差し出す。


「……何これ?」
「午前中にやった異種婚姻論の講義のレジュメよ。」
「なになに、『氷山 団蔵に学ぶ悪魔との異種婚姻について』……うわっ、字面だけで頭痛がするにゃ……」
「うちの曾お祖父さまの話よ、おとぎ話も交えた説明をするから難しい話じゃないわ。」

ふふ、と朱杏が笑いながらそう言ったその時、
食堂に慌てた様子の祓魔師が何人か駆け込んできた。

「にゃ?」
「……どうしたのかしら」
「ちょっと聞いてくるにゃ」

朱杏が祓魔師に声をかけに行ったシュラの背中を見ていると、朱杏に気づいた若い祓魔師が朱杏のもとへ慌てた様子で駆け寄ってくる。

「氷山先生!!大変なんです、すぐ来てください!」

ぜぇぜぇ、と息を切らしてそう叫んだ相手を見て、朱杏は目を白黒させる。

「い、一体どうしたんですか!そんなに慌てて……」
「え……『年齢喰い』エイジイーターが……学園内に出たんです……!!」
「……何ですって!?」
「既に数人の祓魔師が奴の餌食になっていまして……命には別状が無いのですが、戦力としては……」
「分かったわ、すぐ行くから案内して!」
「は、はいっ!!!」


そして朱杏は、食べていた昼食のお膳もそのままに、祓魔師の後について走り出した。


「……それで、どこに『年齢喰い』が居るの?」
「最初の報告が学園北側の女子トイレです。そこで2人の女子生徒が奴の被害に遭いました。その後は数人の祓魔師を襲いながら南下しており、今は使われていない家政科室にて対応中です!」
「わかったわ、鍵を使って現場に向かいましょう!」

朱杏はそう言うと、ベルトチェーンにつけている学園の鍵を取り出し、近くのドアの鍵穴に挿して回した。






「……氷山先生、こちらです!」


若い祓魔師に連れられ朱杏が現場に到着すると、そこは異様な雰囲気だった。

何故かその場にいる数人の小さな子供が、サイズの全く合わないぶかぶかの祓魔師の服を着て、他の祓魔師と話し合いをしている。


「……本当に、『年齢喰い』が出たのね……」


朱杏がそう呟くと、歳若い少女のひとりが朱杏に気づいてこちらへと向かってくる。


「朱杏!あんたも来てくれたのね!」
「·····ど、どちら様?」
「これじゃ分からないわよね……あたしよ、あたし!あんたの友達、ハンナ・モンタージュ!」
「……ハンナ!?」


朱杏の記憶の中では、ハンナは朱杏と同い年の女性であった。
しかし今、朱杏の前に立っているハンナは10代前半ぐらいの少女の姿をしていた。


「分かりにくくてごめんなさいね、油断した隙に両腕喰われてこのザマよ。」
「本当に……『年齢喰い』なのね?」
「そうよ、私も古い資料でしか見たことは無いけど……本物の『年齢喰い』で間違いないと思うわ。」





『年齢喰い』エイジイーターは、ベテランの祓魔師なら誰でも知っている、文献上の悪魔。
何百年に1度、虚無界から物質界へ出てきて人を喰らっていく悪魔·····これだけなら普通の悪魔と変わりないが、この悪魔には1つ変わった点がある。

·····それは、人の命ではなく『年齢』を喰らうこと。


年齢を喰われると、その人は若返って子どもの姿に戻される。
昔には、とある愚か者が若返り目的で『年齢喰い』にわざと喰われたこともあったそうだが·····その愚か者は胎児に戻るまで年齢を喰われて、そのまま死んでしまった。
そんな事例もあり、今では『年齢喰い』は悪魔のなかでも危険視されている。


「まだ、『年齢喰い』は家政科室の中に居るのね?」
「·····えぇ。今はまだ年齢を喰われていない祓魔師数人で対応中よ。状況はいいとは言えないわね·····」「·····わかった。とりあえず、私も行くわ。」

朱杏はそう言うと、ポケットから召喚紙を取り出す。


「“白き雪華の化身たる我が下僕よ 我が祖スカジの名において命ず 我に答えよ 我に仕えよ”」

詠唱が終わると、そこには着物を着た1人の女性のような姿をした悪魔が姿を表す。

「上級悪魔の雪女か·····相変わらず凄いわね」
「ひいおばあさまの血筋のコネみたいなものだから大したことないわよ。」

そう言うと、朱杏は雪女に着いてくるよう命じて家政科室のドアに手をかける。

「·····気をつけてね、朱杏」
「えぇ、ありがとう。」

朱杏はハンナに微笑みかけると、ドアを開けた。

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