トリガーでバグが稀に起きることがある。
·····例としては、トリオン体に異常が起きたり、トリガーが起動しなかったりといったものだが、今回起きたトリガーバグは、いつものものとは全く違っていた。
「·····ここ、どこ·····?」
チタニアが訓練のためにトリガーを起動したところ、チタニアのトリオン体が幼い子どもの姿(ツノあり)で換装されてしまったのである。
·····しかも運の悪いことに、トリオン体にバクが生じた影響か、記憶が退行してしまっており、さらに運の悪いことに、トリオン体から生身に戻ることが出来なくなっていた。
そして、そのことに気付いたヒュースと空閑によって保護され、玉狛支部に連れ帰られたのだった。
「·····ここ、どこなの?アフトクラトルじゃ·····ないの?」
今にも泣きそうな顔で不安そうに呟く幼くなったチタニアの姿に、隊員たちは言葉を失う。
そんな隊員たちを代表し、烏丸と木崎が前に出た。
「安心しろ。ここは玉狛支部だ」
「大丈夫ですよー。ここには怖い人はいないですからねー」
優しく声をかける二人だが、チタニアの目には警戒の色しか浮かんでいなかった。
無理もない話だろう。見知らぬ場所にいる上に、目の前には見知らぬ人ばかり。
·····まぁそれも当然の話であり、チタニアの境遇を考えれば仕方のない反応ではあったのだが。
「·····ワタシ、どうしてここに、いるんだろう·····」
ポツリと零されたチタニアの言葉に、烏丸と木崎は顔を見合わせる。
この様子だと、どうやら本当に何も覚えていないようだ。
どうしようかと烏丸と木崎が顔を見合せたその時、ヒュースと純白が部屋に入ってきた。
「レイジさん、カラスマさん!チタニアちゃんがちっちゃくなったって本当ですか!?」
その声に驚いたチタニアは、急いでソファの後ろに隠れる。
「おっと·····しまった」
慌てて純白はチタニアに近づくが、チタニアは震えながら顔を手で覆うだけだった。
するとヒュースが近づき、しゃがみこんでチタニアと目線を合わせた。
「·····怖がることはない。オレはお前と同じ、アフトクラトルの人間だ」
そう言うと、ヒュースはツノを隠しているフードを取る。
「ほら、オレにはツノがある·····お前にも、ツノはあるだろう」
「うん、ワタシにも·····ツノある!」
するとチタニアは少し笑顔になって、ヒュースのツノをぺたぺたと小さい手で触った。その様子を見た烏丸と木崎は、ホッとしたように胸を撫で下ろす。
「·····とりあえず、今は問題なさそうだな」
「えぇ。しかし、これからどうしたものでしょうか」
「ひとまず、本部には報告しておくべきだな」
烏丸たちが話し合いをしている中、ヒュースは少し心を開いたチタニアを抱き上げ、こう呟いた。
「·····このチタニアは、アフトクラトルでオレと出会う前のチタニアによく似てるな」「へー。そうなのか?」
空閑も興味津々といった様子で、チタニアの顔を覗き込む。
「·····チタニアの母親であるオネイロ様がマザートリガーに捧げられた後、チタニアはティターニアプロジェクトの被検体になって·····その後、オレが監視役として選ばれて、それからずっと一緒にいたからな」
ヒュースはチタニアの頭を軽く撫でながらそう答える。
チタニアは少しくすぐったそうに笑い、
ヒュースの胸元にぎゅっと抱きついていた。
「チタニア、オレが怖いか?」
「おにーさんはこわくない。ワタシといっしょで、ツノあるもん!」
「·····そうか」
ヒュースは小さく微笑み、そっとチタニアを抱きしめ返した。
「それにしても、何が原因なんでしょうね〜?」
「バグなら、時間が経てば治るはずだが·····」
純白と烏丸が首を傾げていると、木崎が口を開く。
「原因が分からない以上、あまり下手に動くべきじゃないだろう。少なくとも、数日の間は様子を見るべきだと思うが」
「·····そうですね。それがいいと思います」
木崎の提案に烏丸は賛成する。
「ヒュース、悪いがそれまでチタニアの面倒を見てくれないだろうか」
「あぁ、分かった」
木崎が頼むと、ヒュースは二つ返事で引き受けてくれた。「よし、それじゃ解散だ。何かあればすぐに連絡してくれ」
「分かりましたー」
木崎の言葉に皆が同意し、それぞれ部屋から出ていく。烏丸と木崎が最後に残ってから、烏丸は木崎に声をかけた。
「トリガーバグなんて久しぶりですね」
「ああ。だが、今回はかなり重症だ。記憶まで退行しているらしいからな」
「前にアナスタシアもなったことありましたよね」
「ああ、結構前だがアレクシアもあのバグを食らったことがある。」「確か、その時はどうしたんでしたっけ」
「あれはまだ迅がいなくて、百合香さんがブラックトリガーになる前だったからな·····泣きじゃくるアレクシアを百合香さんが宥めてたのをよく覚えてる」
「そういえば、そんなこともありましたね」
烏丸と木崎は懐かしい思い出に浸りつつ、今後のことについて話し合う。
「とりあえず、俺は上層部にチタニアのことを報告してきます」
「頼んだぞ」
木崎の言葉に烏丸は頭を下げてから部屋を出ていった。
その頃、ヒュースはあずきと一緒に、陽太郎とチタニアの面倒を見ていた。
「わ、わぁ·····ほ、ホントに、ち、チタニアちゃん、ちっちゃく、な、なっちゃったんですね·····」
「·····すごいぞヒュース!!いつもはおれよりおおきいチタニアが、おれとおんなじおおきさだ!!」
「あ·····あう·····」
「·····おい、余り構ってやるな。この時のチタニアは怖がりだ」「む?そうなのか?なら、らいじん丸のおなかをさわるといい、けっこうきもちいいぞ」
「·····らいじんまる?」
チタニアが興味を惹かれたように訊ねると、雷神丸は嬉しそうにとことことチタニアの前にやって来て、ごろんと寝転んだ。
「·····わぁ、おっきー!!」
「そうだ、チタニア。玄界の犬は大きいらしい」
恐る恐るチタニアは雷神丸のお腹に触る。すると雷神丸は気持ち良さそうな声を出した。
「ふぉー·····あったかい」
「どうやら気に入ったようだな」
「よ、よかったですねぇ·····」
ヒュースとあずきがホッとしていると、宇佐美が部屋に入ってくる。
「あ、いたいた!チタニアちゃん探してたんだよね〜」
「栞さん?」
「はいはーい。実はちょっと気になることがあってねー」
そう言って、宇佐美はヒュースに話しかける。
「ヒュースくん、ちょーっとチタニアちゃんを借りてもいいかな?」
「あぁ、大丈夫だ」
「ありがとー!じゃあチタニアちゃん、こっちに来てくれるかな?」
「·····」
チタニアは一瞬どうしようという表情を浮かべるが、直ぐに栞の所へとてとてと歩いていく。「チタニアに何をするんだ?」
「うーんとね、チタニアちゃんのトリオン体を調べようと思って」
「なんだと·····?」
「うん。もしトリガーバグが原因なら、それを解除しないといけないでしょ?だから、チタニアちゃんのトリオン体を解析すれば何か分かるかもって思って」
「なるほどな」
ヒュースは納得するが、チタニアは少し不安げな顔をしていた。
「チタニア、大丈夫か?」
「えっと·····」
「安心しろ。お前のことはオレが守ってやる」
「·····わかった。ワタシ、がんばる」
ヒュースがそう言うと、チタニアはぎゅっと手を握って決意を固めた。
「よし、じゃあ行ってくるね!」
「ああ、任せたぞ」
宇佐美とチタニアは部屋から出ていき、ヒュースはソファーに座って二人を待つことにした。
しばらく待っていると、宇佐美とチタニアが戻ってくる。
「ただいまー!いやぁー、色々分かったよー」
「何が分かったんだ?」
「チタニアちゃんのトリオン体は、やっぱりトリガーバグの影響だったみたい」
「·····そうなのか」
やはり予想通り、トリガーバグによるものだと分かり、ヒュースはほっとする。
「それでね、チタニアちゃんの記憶もバグによって消されたみたいなんだけど·····その記憶はトリガー解除したら戻る可能性があるって」
「つまり、トリガーを解除させれば元に戻るのか」
「そういうことだね。でも、まだ分からないこともあるんだよねぇ」
「·····なんだ?」
「それがね、なんでトリガー解除出来ないのかが分からなかったんだよね」
「どういう意味だ?」
ヒュースの質問に、栞は申し訳なさそうな顔をしながら答える。
「今のチタニアちゃんのトリガーに、ロックがかかってるの。だから、チタニアちゃんの意思ではトリガーが解除できない状態になってる」
「それは·····」
「元に戻そうとしても、そもそもトリガーをオフにできないってことだよ」
「·····そんなことが」
ヒュースは思わず言葉を失う。まさか、こんな事態になるなんて思いもしなかった。
「ベイルアウトも受け付けないのか?」
「うん、それも無理だった」
「·····厄介だな」
「そうだね。とりあえず、今は様子を見るしかないと思う。トリガーを起動したままでも、チタニアちゃんの身体に異常がないから」
「·····そうか」
宇佐美の言葉に、ヒュースは考える。
今すぐに解決出来る問題ではないが、放置するわけにもいかない。
「·····迅に相談するか」
「それがいいね」
「じゃあ、わたしはこのことをレイジさんに伝えてくるね」
「頼む」
「了解!チタニアちゃんのこと、よろしくね」
「ああ」
栞が部屋を出ていくと、ヒュースはチタニアを見る。
すると、チタニアは小さく震えていた。
「チタニア、大丈夫か?」
「·····こわい」
「怖い?」
「ワタシ、このまま、どうなるかわからない·····」
「·····」
「ここはアフトクラトルじゃないから、こわいくんれんも、いたいじっけんも、ここではされないけど·····それでも、こわい」
眉を下げてぷるぷると震えるチタニアに、ヒュースは幼い頃に出会ったばかりのチタニアを重ねた。あの頃のチタニアは、いつも怯えたような表情をしていた。
だが、ヒュースに対してだけは笑顔を見せてくれたのだ。
「大丈夫だ、オレがいる」
「え?」
「お前が困った時はオレが助けてやる」
「·····ほんとう?」
「オレが玄界に置き去りにされた時、オレを見捨てなかったように、今度はオレの番だ」
「·····おにーさん」
チタニアは目を大きく見開くと、「ありがとう」と小さな声で呟いてにこりと笑う。
その顔は、ヒュースがよく知る幼かった頃のチタニアと同じだった。
それにつられて、ヒュースの顔に笑みが浮かぶ。
そしてチタニアの頭を撫でてやれば、トリオン体で出来ているチタニアのツノがゆらりと揺れた。
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