恋とはなんたるや!
·····雄英高校ヒーロー科A組 久智付 琉音。
可愛らしく優しい彼女は普通科やサポート科での人気もそれなりにあり、恋人である緑谷出久は日々悶々としていた。
「何て言うか·····琉音ちゃんと居ると·····僕が男としてダメな気がするんだよね·····」
そんな事を呟きながら、訓練でチームを組んでいた爆豪に胸のわだかまりを話すと、爆豪は呆れたようにため息をつく。
「何言ってんだクソデク」
そう言った彼の口調はとても辛辣だった。だがもう慣れたもので、今更怒る事でもない。
あっけ取られたような顔をして爆豪を見る出久に、眉間にシワを寄せた彼が続けて口を開く。
「まずテメェの男としての素質だァ?ハッ!!んなもんねぇよカス!!」
言い切った後に鼻で笑う彼に対してムッとした表情を浮かべる出久。
そしてそのまま飛んでくる爆破を避けようと後ろに飛び退き続ける彼は、ビビりではあるがやはり肝っ玉がある方だと思う。いやむしろ心臓の方が強いかもしれない。
「ムッ·····かっちゃんだって、水頼夢さんの前ではいつもカッコつけようとしてるくせに!!」
「黙れ殺すぞ!」
今まさに爆破をキメようとしている爆豪にこんなことを言う胆力があるのだから。
「そ·····そこまで言うことないじゃないか!」
「ウルッッセエ!!!死ね!!!」
しかも爆豪は別に反論などする気は無いらしい。というか、ガチめの事実なのだから。
·····もちろん、爆豪に対して悪意のある発言ではない。ただちょっとした出久の仕返しのようなものだ。
だがここまで言わせておいて引き下がるのも悔しいと思うくらいには、爆豪自身も自分の彼女への態度に関しては自覚している部分もあるわけで·····なので出久は発言の責任を取り、(というのも変な話だが)仕方なく大人しく爆破を受ける事に決めた。
·····その後。
「·····いずくん!?どうしたの、その髪の毛!」
「どーしたんだよ緑谷·····おまっ·····その頭····」
「やめ、やめてやれよ兄ちゃん·····ぷ、ぷぷっ·····」
その後、爆豪に綺麗に爆破をキメられアフロヘアになってしまった出久を、琉音はオロオロと心配そうに見つめ、陽太と陽二は盛大に笑い飛ばした。
「うぅ·····ひどい目にあったんだから笑わないでよ〜」
少し時間が経ち落ち着いた頃合いを見て二人の元へ行ったが、アフロヘアの出久がツボに入ってしまったのか、二人の爆笑はなかなか止まらない。
それを困ったような顔をしながら見ていた琉音はその頭をよしよししながら慰めていた。それがさらに彼らの腹筋を刺激する事になるとは知らずに。
しばらくしてその笑い声が外まで聞こえていたのか、勇樹が顔を出した。
髪の毛が植物でボサボサになっており、訓練の悲惨さを物語っていたと同時に、勇樹のイライラを表現している。
「ちょっと、あんた達うるさいわヨ!なにをそんなに笑って·····」
勇樹がそう言って未だにアフロの出久を見ると、勇樹の動きが止まった。しばらく沈黙が続いた後、ゆっくりと近づいていく彼女に気付いたのか陽太達が一斉に口を閉ざす。
そしてまたも静寂が訪れる中、先程よりも深く静かな声でポツリと言った。
「——いい度胸してンじゃないの·····」
·····この後の展開を考えればわかるだろう。
彼はオネェであるが故か、美に対しては誰に対しても容赦しない性格だ。
まして相手が大切な仲間なら尚更のことである。
「さっきから聞いてれば、人様の顔見て笑うなんて失礼にもほどがあるンじゃない?えぇ?ヒーローなら笑ってないで櫛の1本でも差し出したりできないワケ?あ゛ぁ゛ん!?」
その言葉で今まで抑え込んでいた怒りが爆発したように、出久達は次々に怒濤の精神攻撃を食らっていく事になった。それはもう凄まじかったと言える。なんせ普段滅多に怒る事の無い彼がわりと本気で怒っているのだ。
なおかつ、そんなことを言いながらも出久の髪を素早い手つきで櫛1本と勇樹のヒーロースーツに仕込まれている水だけで直す姿には感動すら覚える。
·····だがそれも一瞬の事。すぐにいつもの雰囲気に戻った彼は「あー、すっきりした!」と言いながら出久の髪のセットを終えた。しかしいつもより早いスピードなのはそれだけ怒っていた証拠である。
「まったく!どうせこれやったのは爆豪ちゃんでしょ?あの子はホントに!」
ブチ切れた時の彼を初めて見た出久だったが、いつも通り優しい彼に安心していた。そして改めて感謝した。
「·····あー、でも本当にありがとうね!おかげで元に戻ったよ」
「別にいいわ、アタシが気になったから直しただけヨ。それにしても緑谷ちゃんのの髪の毛って面白いくらいに絡まるわよネ。もういっそのこと切っちゃえば?」
その言葉に4人揃って「それは無い!」と言うように首を横に振った。
その様子に勇樹はクスッと笑いながらも冗談よ、と付け足し、何かを思い出したような顔をすると、今度は琉音の方を向いて口を開いた。
「あ!そうだ、ごめんね·····イライラしてて忘れてたけど、リカバリーガールが琉音ちゃんを呼んでたわ。早く行った方がいいわヨ!」
「えっ嘘、ありがとう!!行ってくるね!!」
そう言うと、琉音はその場を離れてリカバリーガールの元へと走っていった。
「·····じゃあ、アタシも行こうかしら·····ごめんね、緑谷ちゃん。」
「い、いや、大丈夫!こっちこそありがとう!」
そうお礼を言うと、勇樹も「ありがとネ、じゃ、頑張ってきなさいヨ」と言ってから去って行く。
「いや〜、勇樹姐さんもあんなにキレることあるんだな〜」
「鬼の形相ってあぁ言うのを言うんだろうな」
「うん、僕もビックリしたよ」
勇樹の姿が見えなくなるまで見送った後、そんな会話をしながら3人は教室へと戻っていった。
「あっ、おかえりいずくん!」
教室に戻ると、すでに他の生徒達も席についており、その頃には琉音も教室に戻ってきていた。
その顔を見た瞬間、少し疲れていた出久の表情が明るくなる。
その様子を見かねた陽二が出久の背中を肘でつついてこう言った。
「ほれ、琉音ちゃんに癒されてこいよ。」
陽太もそれに同意し、出久に耳打ちする。
「いいから行って来いって、今のお前には琉音ちゃんが必要だろ?」
そう言われ、出久はその言葉を素直に従う事に決め、自分の隣の空いている椅子をポンと叩き、「座ってよ」というジェスチャーを琉音に送った。
それを嬉しそうに見つめた後、琉音は出久の横に座った。
出久が瑠音の方に顔を向けると同時に瑠音もまた出久の方を向き、目が合う。その途端に琉音はニコッと微笑み、その笑顔に釣られるように出久の頬が少し赤くなる。
「(·····あぁ、やっぱり好きだなぁ)」
この気持ちに間違いはない。出久は心の中でそう確信しながら、彼女の頭を優しく撫でた。
えへへ、と笑う琉音を見た出久は今まで悩んでいたことが馬鹿らしくなり、自然とその悩みが消えていった気がした。
―――――
勇樹姐さんのくだりは書きたかっただけだけど、必要だったのだろうか·····。
20211108
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