5年後に来た悪夢


·····そして、バンシーとリルがバテリラで暮らし始めて5年が経った。
バンシーは15歳、リルは5歳になっていたそのころには怪しい船の話も聞かなくなり、二人は至って平和な日常を日々過ごしていた。

リルはバテリラで成長していくうちにテーテュース一族の力に目覚め、髪もバンシーと同じようにテーテュース独特のグラデーションで水色と濃い青緑の二色に分かれた。
そして·····リルは幼いながらもバンシーのおかげで、それなりの知識や能力にも恵まれていた。



「·····ねぇバンシー、今日は畑仕事が終わったら森に行こうよぉ。木苺がいっぱい生ってるところ見つけたの!」

「ふふ、いいわよ·····その代わり、ちゃんと後で修業するなら、ね!」

「·····うー、わかったよぉ、やるよぉ」

「リルはいい子ね。その代わりに木苺がいっぱい採れたら、バンシーさんがおいしいジャムにしてあげるから、頑張ろうね」

「うん!じゃあ、じゃあ·····ロッキーも誘っていい?」

「もちろん!二人とも手を怪我しないように、軍手をちゃんと持っていくのよ」

「わかったー!じゃあロッキーを誘ってくるね!」


そう言うと、リルはぱたぱたと元気よく駆けていく。
そのやり取りと後ろ姿を見ていたリンダは大笑いしてバンシーに声をかける。


「ははっ、リルは元気だねぇ!」

「あら、リンダおばさま。リルはとってもお転婆さんで困っちゃいます·····きっと兄さんに似たんだわ。」

「誰にでも優しいところは、きっとシアン似だよ」


そういうと、リンダはリルとバンシーを交互に優しい目で見つめる。


「·····あんた達があたしの子になって、5年も経ったんだねぇ。長いようで短いもんだよ」

「そうね·····リンダおばさまにはきっと迷惑ばかりかけてしまったでしょう?」

「いいや、全く。·····言っただろ、あたしは女の子が欲しかったんだから」

「優しいのね、リンダおばさまったら」

「あたしが心配なのはお前さんだよ、バンシー。リルの世話もそうだけど、リルに修行までつけて、疲れちゃいないかい?」

「大丈夫よ!今のバンシーさんができることって、リルにたっぷりシアン姉さまの分も愛情を注いで、兄さんの分もリルを守る、それくらいしかないもの。」
「そして、もしリルがバンシーさんから離れても、自分の身は自分で守るくらいのことはできるようにしてあげたいわ·····」

「まるで母親みたいだね、バンシー」

「·····は、母親だなんてそんな!」


そう頬を赤らめて言うバンシーに、リンダはからかうように笑う。
·····だがすぐにふとどこか寂しそうに微笑み、リンダはバンシーにこう言った。



「·····発つのは、明後日かい?」

「ええ·····怪しい船の目撃も無くなったし、発つのは今がチャンスだわ。明後日には兄さんが迎えの船を寄こしてくれるって言うから、近くの島で落ち合うつもりなの。」

「そうかい·····寂しくなるね」

「·····リンダおばさまには、本当にお世話になったわ。いくらお礼をしてもしきれないくらい!」

「やめておくれよ、そういうのは苦手さ·····ただ、お前さんたちを自分の子のように5年も育てちまうと、どうも愛情が沸いて仕方なくてね·····別れる際に年甲斐もなくワンワン泣いちまいそうなんだ」

「ふふ、リンダおばさまにそこまで思ってもらえるなんて·····バンシーさん達ったら幸せね」


バンシーがそう言ってにこりと笑うと、遠くでリルとロッキーがバンシーとリンダを呼ぶ声が聞こえる。


「·····バンシー!リンダおばちゃん!何してるのー?はやく畑仕事しよーよ!」

「そうだぞ母ちゃん!俺たちこの後森に行って、木苺を摘みに行きたいんだから!」

「はいはい、今行くよ!」

「·····ふふっ、わかったわ!」




その様子を見て、バンシーはにこりと笑って二人のもとへ行く。
·····そんな穏やかな日常がしばらくは戻ってこないことをこの時、ここにいる誰もが想像すらできなかった。




·····そして、とうとう出発する日の夜。
二人は荷物の整理もリンダ達への別れもとっくのとうに済ませ、持てるだけの荷物を持って島の浜辺を歩いていた。


「·····リル、エーギルはちゃんと持った?中に水筒も入れたわね?」

「うん!ちゃんと持ったよ!」

「ちゃんと出来ていい子ね。これからちょっとお船に乗って近くの島まで行くからね」

「うん、わかった!ねぇ、バンシー·····お父さん、ちゃんとリルのこと待っててくれてるかなぁ」

「もちろんよ!お父さんはあなたに会えるのを首を長くして待っているわ。」

「えへへ、お父さんに会ったら昨日作った木苺のジャム、食べてもらうんだぁ」


リルはそういうと、自分のバッグからジャムの瓶を取り出して月明かりに透かす。



·····その瞬間、リル達の後ろの浜辺から大きな閃光と、爆発音が響き渡った。



その音に驚いたリルは瓶を落とし、足元の岩にぶつかり瓶は割れてジャムがあたりに飛び散る。




「·····敵襲!?そんな、どうして今·····!!」




とっさにバンシーはリルを抱え、船がある場所まで走り出した。


「バンシー!!あの光·····多分、砲撃だよ!!!」

「なんでこんな時に!!·····リル、しっかり捕まってなさい!!」

「う、うん·····あ、あれは!?」

「·····!(海軍じゃない!あれは·····研究船!?)」


リルの指さした先には、海軍の船ではなく、以前バンシーが見かけたどこかの国の旗を掲げた研究船がこちらに向かってきていた。


「(まさか·····最近目撃私達がこの島を出ることを知って、このタイミングを狙ってきたの!?)」

「怖いよぅ·····バンシー·····!!」

「大丈夫よ!すぐに私が兄さんの所へ·····あなたのお父さんの所へ連れていくわ!」


バンシーはそう言ってリルを強く抱きしめると、船に向けて走り出す。
だがその時、後方からまた砲弾が放たれ今度はリル達の近くに着弾する。


「きゃあっ!!」

「·····リル!!」


爆風で飛ばされそうになったリルをバンシーはとっさに庇い、二人はそのまま地面を転がる。


「うぐっ·····リル、怪我はない!?」

「う、うん·····なんとか平気」

「良かった·····とにかく今は逃げるしかないわね·····でも·····どこに逃げれば·····」


2人の背後からは次第に、砲撃の音と敵の足音が近づいてくる。


「バンシー·····どうしよう·····」


不安そうなリルの頭を優しく撫で、バンシーは覚悟を決めたように立ち上がる。


「·····リル、バンシーさんの言うことが聞ける?」

「えっ?」

「バンシーさん、ちょっと囮になって来るから·····ここでじっと動かずに隠れて待てるわね?」

「ま、待って·····!!」


バンシーがそう言って走ろうとすると、リルは手を掴んで止めようとする。
だが振り向いたバンシーは優しく微笑むと、リルにこう言った。


「心配しなくてもきっと大丈夫だから·····すぐに兄さんを·····あなたのお父さんを連れてきてあげるから。」


リルはその言葉に涙ぐみながら黙り込み、茂みの中に息を殺して隠れた。
バンシーはそれを見届けると、敵の前にわざと飛び出していく。


「·····あなた達、テーテュースの一族をお探し?」

「髪が2色·····いたぞ!テーテュースの女だ!!」

「殺すなよ!生かしてマーダリー様の元へお連れするんだ!!」


そう言って海賊達は武器を構え、じりじりとバンシーに詰め寄ってきた。
それをひらりとかわし、バンシーは海賊達を少しでもリルから遠ざけようと走る。


「お前達、あの女を逃がすんじゃねぇぞ!!あいつを逃がしたら、俺達がマーダリー様の実験動物にされちまう!!」

「おう!」


バンシーと海賊の間に幾つもの火花が上がり、辺りには怒号や銃声が鳴り響く。
その様子を見ていたリルは、泣きそうになるのを必死に我慢してバンシーに言われた通りに、耳を塞いで目を閉じ、その場にじっとしていた。


「(お願い·····早く来て·····バンシー·····!)」


リルは祈るようにぎゅっと目を瞑る。

そして·····しばらくすると、敵の声も気配も完全に無くなった。
それでもリルは震えて、バンシーの言いつけ通りその場にじっとしていた。


「·····きゃっ!!」


しかし、リルは突然襟首をグッと掴まれ後ろに引っ張られる。


「いました!!テーテュース一族の子供です!!」

「·····あらあら、やっと見つかりましたのね。」

「やっ、やだ·····!!離して·····!!」


リルはジタバタと暴れるが、男の腕力には敵わない。


「·····暴れるな、このガキ!!」


リルは男に頭を思い切り殴られ、痛みに身体が硬直する。


「あら·····あまり傷を付けないで下さるかしら?実験に支障が出てしまってはいけないわ。」


シャンティリーはそれを窘めると、リルの前へ歩み寄り、リルの顔をじっと見た。


「まぁまぁ、まだ小さい子供ですこと·····でも、あの男によく似ていて·····なんて·····見ていて腹が立つ子供でしょうね!!」


そう言うと、シャンティリーは閉じた扇子で思い切りリルを叩く。
リルは頬に熱を感じ、叩かれた所を押さえている手にぬめりとしたものを感じた。
見てみるとそれは真っ赤に染まっていて、リルは目を見開いたが悲鳴は何とか飲み込んで我慢した。

·····泣き叫んだりしてはさらに酷い目に遭うと、幼いながらに感じ取っていたのだ。


「まぁ、私ったら·····憎きダーキニーに似た子供を見て、つい熱くなってしまいましたわ·····」


そう言うと、シャンティリーはニコリと微笑んで歩き出す。


「研究船に戻りましょうか。·····あなた、決してその子供を逃がしてはいけませんわよ?」

「はっ·····はい!」

「ふふ、もしもその子を逃せば·····きっと、あなたもその子と同じ目に遭わせてあげますわ。」


シャンティリーに笑顔で脅された男は、リルの服の裾を掴むと引きずるようにしてその場を離れようとした。


「痛い·····!は、はなし·····」

「うるせぇ!!」


そう言うと男はまたリルを殴る。
その痛みにリルの意識は薄れ、手元からぬいぐるみを落としたのにも気づかず、遂には気絶してしまった。

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