暗雲はいつも静かに来る


·····その頃、バテリラの近くの海域では
見慣れない不審な船が、頻繁に見られるようになっていた。


「おい·····本当にあの島にテーテュースの一族の人間がいるんだな?」

「·····うふふ、何度もお話したのにまだお疑い?私がそんなに信用なりませんの?」

「お前には黒い噂が絶えんからな、シャンティリー·····簡単に信用などできるか。」

「あら、まぁ·····酷い言い草ですこと·····でも、情報は確かですわ。」
「半年前にテーテュースの少女があの島に入るのを、偶然目撃した私の部下がいましたの」


そう言うと、猫耳と尻尾を生やした黒髪の女性が、尻尾を揺らしながら笑う。


「革命軍の船が、わざわざこんな何も無い南の海の辺鄙へんぴな島に来るのが何よりの証拠ではなくって?」

「·····フン、まぁいい。私の野望にはどうしてもテーテュースの力が必要なのだからな。」

「まぁ·····マーダリーったら、私は貴方の野望になんて最初から興味がありませんことよ?」

「·····何だと?」

「私はただ·····心の底から憎い仇が、苦痛に耐えられずに歪む顔が見たいだけでしてよ。」

「·····それだけのために、お前は私についてくるのか?」


「マーダリー」と呼ばれた長髪の男は、シャンティリーを睨みつける。


「·····あら、私のことはともかく、貴方はテーテュースの力が欲しいのではなくって?」
「もしかして·····必要なかったのかしら?それならもう、ラボティアに戻ってもよろしくてよ?」


扇子越しにくすくす、と笑うシャンティリー。
それを見たマーダリーの眉間にシワが寄る。


「クソ猫め·····!」

「うふふ、お口には気をつけなさいな。あまりにも酷いと噛み付いてしまいますわよ?」


そう言うと、シャンティリーはわざとらしく右手を猫の手のように動かした。


「ふふ·····でも、まだ貴方が手を出すには早すぎますわね。」

「·····何?」

「子供は小さすぎると、少し躾けただけで死ぬほどに脆くていけませんわ。」
「それと同じように、小さすぎると実験に長くは耐えられないかもしれないでしょう?」

「関係ない。幼かろうが小さかろうが、捕らえてそのまま死ぬまで研究すればいいだけの事だ!」

「まぁ、野蛮な考えですこと·····本当に貴方は目の前の事しか見えませんのね。」

「なんだと?」

「実験体は長く持たせて長く研究を続けた方が、データがよく取れるに決まってますわ。」
「·····そんなことも分からないなんて、天才科学者の名前を返上してはいかが?」


シャンティリーの挑発するような口調に、さらにマーダリーの表情は険しくなる。


「まぁ·····焦らずとも、テーテュースの力を手に入れるチャンスは必ず来ますわ。」
「しばらくは手を出さずに、監視に尽力なさったら?」

「·····お前に言われずとも、そうしてやるさ」

「うふふ、聞き分けの良い人は好きですわ。では1度ラボティアに戻って、研究準備を進めた方がよろしくなくって?」

「·····クッ·····総員、ラボティアへ帰還するぞ!船に戻れ!」


自分の船に戻っていくマーダリーを見ながら、シャンティリーはまた、くすくすと笑う。


「早く手に入れたいのは、私も同じでしてよ。どう躾けてあげようかと考えるのが、楽しくって仕方ありませんの·····」
「ふふ、可愛いものを躾けながら育てて、その後手にかける時の快感は·····何度やっても言葉に表せないものがありますわ」


そう言うとシャンティリーは、ぱちん!と音をさせて扇子を畳む。
その後、くすくすとほくそ笑み続けた。


·····そしてその後ろには、息絶え絶えの革命軍のメンバー達が倒れていたのだった。



「今までの·····仲間の連絡が·····途絶えたのは、こういうこと·····だったのか·····!」

「·····ダーキニーさん·····俺は、俺たちは·····貴方の娘さんを·····守ることが出来ませんでしたッ·····」

「バンシーさんも·····どうか·····ご無事で·····!」




「あら、まだ死んでいませんでしたの?」

「·····それは無駄に苦しませて、ごめんあそばせ。」





·····そうシャンティリーの声が響いた後、もう一度ぱちん、と扇子を開く音がした。

そして2、3度小さな悲鳴が響いたかと思えば·····それはすぐに波の音にかき消された。







「·····う、うえぇ〜」

「あらら、リルったら急にぐずってどうしたの?」

「おやおや、さっきお乳を一杯飲んだから、今度はおしめかねぇ?」

「そうね、ちょっとリルのおしめを見てくるわ、リンダおばさま」

「あぁ、それが終わったら畑仕事の続きをしようかねぇ」

「ええ!」









そして、その日の夜。
バンシーはダーキニーに電伝虫で連絡を取っていた。


「·····最近はバテリラ付近に海軍の船のみならず、怪しい船が近づいてるって周りで噂になってるわ。」
「その船、バンシーさんは1度しか見たことないけれど·····あれは研究船、ってやつなのかしら?」

《研究船·····か、こちらでも調べておこう》

「·····お願いね、兄さん」

《ところでバンシー·····お前に悪い知らせがある》

「ッ·····なあに、兄さん。」

《お前たちを迎えに向かわせた部隊との連絡が、取れなくなった》

「·····!」

《こうなると、先ほどの怪しい船の情報も含め、お前を·····お前たちを狙う者がいるという可能性も出てくる》

「テーテュースの一族の私がこの島にいるということが、すでにバレていたということ·····?」

《そういう事になるな》

「じゃ、じゃあ!バンシーさんがこの島を離れれば、敵もバンシーさんを狙うはずだし、リルは無事で·····」

《そういうわけには行かないだろう、その島に俺が立ち寄っていたことはすでに知られている。敵にその島には俺の子供がいる、という事を悟られている可能性もある。》
《下手にお前が動くと、かえってリルに危険が及ぶ可能性もあることを考えろ》

「ど、どうしたらいいの·····?」

《今は、そのまま息を潜めて過ごしていた方がいい。リルが育たなければお前も動けないだろう》

「そうね·····その通りだわ。」

《·····必ず俺は、お前たちを迎えに行く。それまでは耐えるんだ。》

「大丈夫よ、バンシーさんは·····兄さんを信じてるわ。」


そう言うと、バンシーは電伝虫を切る。
恐ろしさにか、心細さにか、ぶるりと震える体を自分で抱きしめ、バンシーはぐっと唇を噛み締めた。

そのまま震えていると、またリルがぐずりだす。
その声に我に返ったバンシーは、リルを抱っこしゆらゆらと揺らした。


「·····大丈夫。バンシーさんはリルのそばにいるわ。何があっても、何をしてでも」




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