その他いろんなお話
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マグカップに入れたコーヒーから湯気が立ち込める。この前ファンの子からもらったやけにでかいマグカップ。これコーヒー二杯分入れられるじゃん!と思って愛用してるものが、俺の前ではなく違う男の前に出された。そいつはそのマグカップを持ち上げて、ぷはぁ〜と、およそコーヒーらしからぬ飲み方をした後に、口を開いた。
「じゃあ、ここにサインよろしく」
「お前年々自由人になってくよな。俺若手の頃フリーダム声優って呼ばれてたけど、お前の方がぴったりだよ」
そいつは俺の前にとある紙を一枚取り出して机に置くと、あぐらをかきながら俺のPS4のコントローラーに手を伸ばした。
「渉の時も書いてやったんだろ?俺のも書いてよ」
証人。
達はそういうと、にかっと爽やかな笑みを見せてテレビに顔を戻した。
時計の秒針の音だけが響いている部屋に、PS4特有のファンの音、そしてゲームのメイン画面の音が響く。
音量がデカすぎるのかうるさい。そこらへんにあったクッションを達の頭目掛けて投げて、俺は眼鏡をくいっと上にあげた。
目の前にある紙は、そう。婚姻届。
ついに達も結婚をするらしい。いつまでもチャラチャラしてて道が定まらないような人間だった達も、ついに、結婚。
同期は皆結婚して可愛がっていた後輩も皆結婚をした。どんどんおいていかれる孤独な俺。可哀想。
それでも周りが幸せになると言うことはそれは嬉しいもので。そしてそんな幸せなことへの大事な書類に、俺の名前を書いて欲しいという達も達で可愛いわけで。
俺は一つ一つ丁寧に書いていった。誤字なんてしたら最悪だめんどくさいことになる。最初からやり直しになるし。
黒沢晃と書かれたその欄を見つめて、俺はペンを机に置いた。
「達、書いた」
「さんきゅーそこおいといて」
「あいよ」
俺のPS4の中にはなぜか達のアカウントが入っている。なぜ俺の家でゲームをする気満々なのかはさておき、達はコントローラーを握りながらせっせと敵をなぎ倒していった。
「結婚すんだなお前も」
「歳とか色々考えてな。晃は?まだ松来さんのこと、諦めてないわけ」
「うるさい」
達の隣に移動して、机に背中を預けてなんとなしにテレビを眺める。ロード画面に入ったテレビから顔を離して、達は俺の顔をじっと見つめた。
「俺はお前に幸せになってほしいよ」
「別に結婚だけが幸せじゃないだろ、今も十分幸せだよ俺」
「そうじゃねーわ」
達は、はぁ〜と思いため息を一つついたあと、頭をガシガシとかき回しながら俺の肩を小突いた。
「好きだった人をいつまでも思ってたって、仕方ねーだろ」
好きだった、人。
過去形のそれに一瞬胸がズキリと痛んだ。
そう。達の言いたいことは全部わかる。痛すぎるほどにわかった。泣きそうな顔をした達が俺の背中に腕を回してきつく俺を抱きしめた。
「…お前が泣いてどーすんの、結婚すんだからしゃきっとしろよ。めでたいんだからさ」
「…ん」
「わかってるよ、俺も。ちゃんと」
「…うん」
「だけど今は、達の結婚をお祝いさせて。主役は俺じゃなくてお前達なんだから」
「…おう」
まだ泣いてる達の背中に腕を回して、適当にポンポンと叩く。なんで泣くんだよお前が。俺が泣かないからって泣いてんのか知らないけど、俺だって別の人を好きになって別の人と結婚できるならしてんだよ。
「晃…」
「ん?」
俺の肩に目元を埋めて、達が涙声で俺の名前を呼んだ。
「いつだって俺は、お前の味方だぞ」
その言葉、そっくりそのままお前に返すよ。
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