「あの、玉ねぎこんな感じで大丈夫ですか?」
「そうそう。いい感じ。じゃあ、こっちの鍋に入れてくれる?」
「はい」
安形は台所に立っている佐登と自分の母を見てニヤニヤと笑っていた。今日、佐登が安形の家にいるのは本当に偶然だった。夕食を食べていく予定など微塵もなく、ただ、先週約束していた本を安形が忘れてしまっただけのことなのだ。文芸部の小説の締切が迫っているようで早めにその本が読みたいというので、じゃあ、取りに来るかと誘って家に来た。本だけ受け取って帰る、と佐登は言っていたのだが、安形の母が佐登を捕まえて、ご飯を食べていきなさいと説得して、佐登はとどまることになった。
しかし、佐登も本来予定していなかったのに、と申し訳無さが先行したのかせめてお手伝いさせて下さいと申し出たわけだ。しかし、調理実習でもなければエプロンなど持ち歩いているわけでもなく。しかし制服で調理をするには、という話になり安形の母が白いフリルのついたエプロンを佐登につけさせていたのが、安形は内心ガッツポーズで母を讃えた。
(裾がひらひらしてる……)
絶対自分じゃつけないだろうタイプのエプロンに落ち着かなさはあるが、彼氏の母に貸してもらったものに文句は言えないのか。佐登が動く度に裾のフリルがひら、と動いてなかなか――と思ったところで二階から誰かが降りてくる音がした。
「あ、お兄ちゃん帰ってたの?」
「おう。サーヤ、ただいま」
安形の妹の紗綾だ。ツインテールで、天然で、ツンデレで、巨乳で――妹。所謂属性全部盛りだね、と小さく佐登がつぶやいていたのを安形は思い出す。安形が溺愛する妹だ。佐登は出来上がったサラダの大皿を持ってきてサーヤとばっちり目があった。
「サーヤちゃん、お邪魔してます」
「あ、えっと……どうも」
どうにも妹は兄の彼女にどう接していいか悩んでいるらしい。まあ、気持ちはわからなくない。もしもサーヤが彼氏を連れてきて一緒に食事となったら――と、想像してそうとう顔が怖いことになっていたのか、佐登が慌てて安形の名前を呼ぶ。それではっとなった。
「だ、大丈夫?」
「おう。サラダ、こっちでいいのか?」
「うん。今日、シーザーサラダだって。美味しそうだね」
そうだな、と返しつつ、サラダを受け取る。テーブルの上に置くと、佐登はまた台所へと戻っていった。他にもお手伝いありますか、と聞いているようだがすでに仕上げに入っているようで、母は笑ってそろそろ惣司郎と座ってなさいな、と言っていた。でも、と食い下がった佐登に、じゃあ、味見してちょうだい、と小皿に入ったカレーを渡していて、一口飲んだ佐登が目を輝かせている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「んー?」
「……暮さんのどこが好きなの?」
「全部」
「即答!?」
笑顔も、怒った顔も、困った顔も、引っ込み思案で負けず嫌いのくせにすぐに諦めようとするところとかも全部。エプロンの後ろの紐を解きながらテーブルに向かってきた佐登は安形を見て、首を傾げた。何? と聞いてくるので、なんでもない、と答えると携帯のカメラを起動して、ぱしゃりと、一枚。不意打ちすぎて何事かわからなかったらしいが、気がつくとすぐに安形の携帯に向かって手を伸ばした。
「消して!? 今すぐ!!」
「えー?」
「えー、じゃない!! 私が写真撮られるの嫌いなの知ってるくせに!!」
「知ってる」
知ってるなら消してよぉ、と届かないように携帯を高く上げながら安形は笑った。エプロン姿はなかなか良かった。しかも、学校でつけてるようなシンプルなのじゃなくてフリルのついてるものだったので余計にいい。安形はこの写真は次の待受だな、とひとりごちた。
いいから座りなさい、と言われて佐登は諦めたのか渋々席について、視線で消すように訴えかけてきたが敢えて見ないふりをした。