おとなとこども



「わたし、及川と別れようかなと思ってる」

「…は?」


突然の私の告白に、いつも余裕のある及川もさすがにちょっと焦っているようだ。



「……な、んで?理由は?」

「及川、私いない方がいいでしょう。バレーボール」


バレーボール。
及川と私のすべての始まり。



バレーボールをしてる及川が好きだった。

昔からバレー観戦が好きで、うちの高校の男子バレー部も強いらしいと聞いて、友達と一年の頃高校最初の大会を応援しに行った。

及川徹、って、とんだモテ男がいるらしいというのも知ってた。
試合が終わった後、感動して涙が出たことも、よく覚えている。

うちの高校は、すごく、強くて、

及川は、本当に、かっこよかった。


それから一ヶ月くらい。
私はもうすっかり及川の虜になっていた。同い年のはずなのにあの人はキラキラ眩しくて、気づいたら好きじゃなく大好きになっていた。

「ありきたりでもう飽きてるかもしれないけど、試合見に行きました。すごくかっこよかったです。好きです。」

これが私の精一杯の告白。
緊張しすぎて、最後の一言はもう及川が好きなんだかバレーが好きなんだかわからないくらい曖昧になってしまった。

ダメもとで、半分諦めて言ったから、まさかオーケーが出るなんて、思ってなかった。


「うん。俺バレーばっかしてるけど、付き合おう」

優しく笑ったその人、みんなの憧れ『及川さん』は、私だけのものになってしまったのだ。





「バレーしてる及川が好きなの。バレーが上手い及川が好きになったの。上手になるには、たくさん練習しなくちゃいけないって、分かってる。分かってるのに、もっと会いたいとも思っちゃう。でも私は及川にはバレーしててほしい。」

なんでこんな、矛盾な、不純な、


私はただバレーボールしてる及川が好きだったのに、いつの間にか及川のぜんぶが好きになってた。

もっと会いたい。これが本音。

青城バレー部は月曜日がオフだから、月曜日は必ず私に時間を使ってくれる。練習試合がない週末があるなら、必ず私とデートしてくれる。休みっていっても、自主練したい気持ちだってあるはずなのに。

それなのにまだ、だ。もっと会いたいと思ってしまっている。

こんな私が嫌だ。迷惑でしかない。
ワガママでごめん、ごめんね。




「なまえ、泣いてるの?」

及川は項垂れた私の頭を優しく撫でてくる。やめてよ、



「別れたい、とか、本音じゃないでしょ?」

「……うるさい、なぁ」

本音だろうが本音じゃなかろうが、私たちは別れたほうがいいんだってば、


「俺ね、なまえが好きだよ」

「な、なんで今、そんなこと…」

「なまえもさ、俺のこと好きでしょ?」


うっ
と言葉が詰まる。

そりゃ、そうでしょう。
どう考えても、大好きでしょう。

…大好きだから困るんだよ。



及川は下を向いたままのわたしの表情を覗き込む。そして

「だったらそれでいいじゃない」

にこっと笑って言い放つ。


「今はなまえにすごい寂しい思いさせてると思うし、我慢もさせてると思う。でもそれももうあとちょっとだから。高校卒業したら、もっと一緒にいる時間増えると思うし。」

整ったこの顔から放たれる言葉はいつも説得力があり客観視されたど正論である。なんでこの人は、いつもこんなに冷静なんだ。さすが、チームのキャプテンだけあるな…と及川をぼんやり眺める。



「それまで待っててくれる?」


そしてふたたび頭を優しく撫でられる。
まるで子供をあやしているように。

及川の優しい表情や、声や、大きな手のひらによって、今日ずっと張りつめていたわたしの、緊張だったり、不安だったり、不満だったり、そういうマイナスの感情がプツッと切れた音がした。
瞬間、堪えていた涙が溢れ出す。


「…ま、待つよー…」

わた、わたしっ及川のこと、すきだもん


ひっくひっくと声が漏れてめちゃくちゃ恥ずかしい。これじゃあまるで、本当に幼い子供だ。
でも泣くことも話すことも止めることができず、そのまま思っていることを言葉にし続ける。

「でもやだよ、大学生になって、本格的にプロになるからって言って、私のこと放っぽりだしちゃうのとか、」

「そんなことしないよ。絶対」

「わたし及川の、夢の、じゃまになるかも」

「なまえが隣にいてくれるっていうのも俺の夢だもん。バレーだけじゃダメなんですー」

「あとは…あとは」

私は涙で顔をびしゃびしゃにしながら、これから先の不安を1つ1つ暴露していく。

あと何かあるか、もうほとんど働かない思考回路を頑張って働かせていた、ら、


「なまえ、」

名前を呼ばれた。

そして、
キスをされた。




「…!?」

「大丈夫だよ」

そのままぎゅーっと抱きしめられる。
それから大丈夫、大丈夫、と耳元で呟いて背中をポンポン。


「俺のこと好きって言ってくれて嬉しかった。いつも俺のこと考えてくれてありがとう、なまえ」

「…え、え、うん」

「でももう、絶対別れるとか言わないでよ。まじ不安になるから。」

「…うん。ごめん。」

「なまえが不安になったんなら、俺いつでも言うし!大好きだよってね」


たぶん、及川は周りの人が思っているよりも、意外に大人だ。
この男は、私のマインドコントロールをする天才なんだと思う。
及川は、私よりずっと、未来への正確なビジョンが見えているのだろう。そんな彼氏をよそに一人で悩んでたのが馬鹿みたいだな〜と思った。




…私の方が及川のこと大好きだけどね

及川が終始大人な対応であったことが悔しくて、煽るようにボソッと呟くと、


いーや、俺の方がなまえのこと好きだねっ
と子供っぽさ全開で言い返された。





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