あれからジェノスさんは自分の足でクセーノ博士の研究所へと向かい、わたくしは当日欠勤したぶん増やされたシフトで怒涛の6連勤をしていた。
最後の出勤日の土曜日、やはり週末ともあって店内は賑わっている。ですがわたくしは今日はお得意様からの希望で、お得意が来店されてからお店に出ることになっていた。こんな事をするのは、あの方ですわね。
「いらっしゃいませ。」
「いつもの部屋を頼むよ。」
「畏まりました。」
「まぁっ!ゼニールさん!お久しぶりですわ!」
「○○ちゃーん!久しぶりだね、元気だったかい?」
「はい!元気もりもりですわ!」
「そーかそーか!わたしは色々と立て込んでて大変だったよ。」
この街 一番の大富豪のゼニールさん。
わたくしを本指名して下さる大切なお客様であり、いわゆる太客、という方ですわ。ただ、一夜に使われる額はとんでもないですが、お忙しい方なので月に一、二度くらいしかお会い出来ませんの...。
今日はいつもの執事さんと、あと、見知らぬ男性が1人...。
ゼニールさんのお見立てでしょうか、黒いジャケットにスラックスを着て、中のシャツは濃紺でよく見るとペイズリー柄をしている。本人は至って窮屈そう。
「おい、もう脱いでもいいか。」
「ああ、大丈夫だ。すまんね、ここはドレスコードがあるもんでな。」
「窮屈だな。」
「ゼニールさん、この方は...?」
「おお!彼かい?彼は少し前からボディーガードをして貰っている...えーと、名前を言ってもいいかね?」
「構わん、名が知れたところで、どうにも出来まい。」
「それは頼もしいな!彼はボディーガードのソニックくんだ!彼との契約はちょうど来週までなのだが、そんな矢先に殺害予告が届いてね、今日も身辺の警護をしてもらってる。まぁ、予告は明日だから大丈夫だ!わっはっは!」
ソニックさんはジャケットをバサッと脱ぎ捨てると(それエンポリオア〇マーニの今季最新作のやつっ...!)シャツのボタンを上からふたつ開ける。
気だるそうにするその仕草に少しセクシーさを見出してしまって、思わず目線をそらす。
ゼニールさんと同じもので良いと言ったので、VIPルーム備え付けのクーラーから冷えたグラスをふたつとボーイさんが割った氷を取り出して、氷をグラスにそっと入れて、ゼニールさんしか飲まない(高級すぎて飲めない)ブランデーを注ぐ。
ソニックさんはブランデーをステアして口に含むと ふむ、と唇を寄せてもう1口飲んだ。あぁ...その1口がそこいらのマンションの家賃よりも高いなんて...。大富豪は違いますわね...。おいしそうう...。
「ゼニールさん、殺害予告って大丈夫なんですか?お家の外に出ても...。」
「大丈夫さ、それに、わたしが逃げるなんて格好が悪いしな。いつも通りに過ごすつもりだ。」
「心配ですわ...。でも、今回はボディーガードさんもいらっしゃるし、安心ですわね。」
「そう!彼は仲介会社も渋るくらい出し惜しみする人間だよ。」
「お強いんですのね。」
ぜニールさんも相当に彼を気に入ってる様子で、現にゼニールさんは基本的にはここへはあまり客人を寄越さないのに連れてきている。
ソニックさんはこちらをじと、と睨むと鼻先でフッと笑う。
「当たり前だ。俺との契約期間中にこんなことが起こるとは、運がいい。ところで...女、お前 名前を教えろ。」
「はい!○○、と申しますわ、ソニックさん。」
「...お前......まぁいい。ん。」
「え。あ...、」
「なんだいソニックくんも○○ちゃんを気に入ってしまったのかー?困ったなー!わはははは!」
ソニックさんはフルーツ盛りの中から苺を選別して食べていて、わたくしに練乳のたっぷりついた苺をフォークに差して、差し出してきた。
なんとも気はずかしいが、それを頂いて唇に垂れた練乳をぺろっと舐めると、ソニックさんは満足したようにゼニールさんの話をBGMにしてもくもくとお酒を煽っていた。
ゼニールさんはそれからソニックさんの話をしたり、事業の話や楽しかった話、うんざりした話をわたくしにたくさん話されて、ほろ酔いになったところでお迎えを呼ばれて帰っていった。驚いたことに、ソニックさんはずっとロックで何杯も飲んでいたにもかかわらず顔色動作ひとつ変えずに帰っていかれた。
その日は閉店時間までゼニールさんがいらっしゃったので、わたくしはタクシーでZ市の入口まで送って頂いてから、(少しわたくしも頂きましたので)ふわふわした足取りで帰宅していた。
「(ソニックさん...か...。何か言いかけていたけど、なんだったのでしょう...。)」
「おい。」
「ヒッ!!!そそそ、ソニックさん?!な、なぜここに?!」
ソニックさんのことを考えながら元々お店のあったテナントの前を通ると突然ソニックさんに声をかけられた。
ソニックさんはあの服ではなく、ぴったりとしたスーツを着用していたためにすっかり闇と同化していて気づかなかった。
「あ、今日は来てくださってありがとうございました...あの、何かありましたか?」
「お前、伝説の種族のイェルクヴェインだな。」
「!」
咄嗟にソニックさんと距離をとる。が、前を向いた時にはソニックさんはいなかった。
「え?!」
「俺が後ろを取れなかった相手はいない。」
「きゃ...!」
「安心しろ、取って食うつもりもない。実在するか確かめたかっただけだが、どうやら本物のようだ。故郷の古い文献にあった、花を宿した瞳。美しい外見。そして...」
「は、ぁう!」
(ドンッ)
「この2本の鋭利な牙...!」
ソニックさんはわたくしを壁に押さえつけると顎を掴んで指で唇を持ち上げた。まじまじと牙を見ると、手を離す。スキを見て逃げ出そうとしたわたくしの目の前にソニックさんの腕が通せんぼをして、ソニックさんは肘を曲げた状態でわたくしの逃げ道を腕で塞いで見下ろしてくる。
「...た、たとえお客様とて、ゆ、許しませんわよ!」
「フン、あのような女の香水くさい店になど行くか。まぁお前は...とても良い匂いがするがな。」
「ひっ...ん、」
「ククッ、びくびくとまるで子猫のようだな。そんなでは、これから先に命を狙われようともすぐに殺されてしまうのではないか?」
「わ、わたくしには、最強のSEC〇Mなお知り合いがいるので大丈夫ですわ!」
「俺が、お前を守ってやろうか。」
「......え?」
ソニックさんの指が首を撫でる。首を締められるのではないかと震えたが、その手は肩へと移動するとそのままするりと腰まで降りてきた。
ソニックさんはさも楽しそうな表情でわたくしの反応を見ている。守る?ああ、ソニックさんはボディーガードさんでしたわね...。
「それに、俺がお前に定期的に血をやろう。」
「?!」
「だがタダでとはいかん。もし万が一俺が酷く負傷することがあれば、血をくれ。そんな時は来ないとは思うが、保険は作っておいても損ではないだろう。」
「.........。」
「いいのか?ゼニールは俺を1ヶ月雇うのに1000万支払った。お前は血液も摂取出来て、俺が怪我をしない限り何も取られるものはない。良い条件だと思うが?」
「......いいですわ。どうせここで約束をしなくても、怪我をなさったら血を奪いに来るおつもりでしょう?」
「頭のいい女で助かる。さて、俺は今はあいつに雇われているからな。身辺警護に戻る。...と、○○。」
「なんですの。(トゲトゲ)」
「まったく、契約を交わした仲だろう。そうツンケンするな。今度お前にまた会いに行く。俺はどうやらお前を気に入ったみたいだ。
その時間までこれを隠すなよ。
隠したりすれば、あとが酷いぞ。」
ヂュッ
「ンっ!」
「じゃあな。」
ソニックさんは突然わたくしの鎖骨に顔を寄せると強く吸い付いて、ちくっとした痛みが走る。そこにはうっ血した後が。抗議しようと顔を上げると、ソニックさんはもういなくなっていた。
ああもう!いい感じにほろ酔いで気分が良かったのに、すっかり酔いがさめてしまいましたわ!それに、これ、商売にはとっっっても邪魔なんですけど?!
イライラが止まらなくて、ドスドスと足を踏み鳴らして帰宅すると、歯を磨いていた様子のサイタマさんが心配そうにベランダから顔をのぞかせた。申し訳ないことをしてしまいましたわ...。
ソニックさん、ほぼ一方的な契約をさせられてしまったけれど、顔を思い浮かべると、ボタンを外すあの姿が浮かんできてもう考えるのをやめて布団に潜り込んだ。ああ、散々な日でした。
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