(サイタマ視点)




ピンポーン


(ガチャ、)
「はい...、○○さん!」



「こんばんはジェノスさん!

S級ヒーロー認定、おめでとうございます!」



手合わせを終えて、昼飯にわかめうどんを食ってから家に帰った俺とジェノスは、部屋で着の身着のまま過ごしていた。来客を知らせるインターホンが鳴ってジェノスがいち早く反応したから、俺はそのまま読んでいた漫画を読み進める。

すると玄関から、隣人である○○の声がした。いつも通りに明るい声色の○○はジェノスにお祝いを伝えると、ジェノスに促されて部屋にあがってきた。手には大きなクーラーボックスと紙袋を持っている。




「おお、○○じゃねーか。どした?」

「サイタマさんもっ、ヒーロー認定おめでとうございます!」

「おお、ありがとな。(C級だけどな)」




「ジェノスさんもサイタマさんも、お夕飯はまだですの?」



「ん。そーいやもうそんな時間か。忘れてた。」

「俺も今日のことを記録するのに夢中で...!すみません、すぐに支度します!」

「あぁっ!今日はわたくしが用意しますわ!」

「いやお前この前もやってくれたじゃねーか。」



「いいんですの!今日は、

...と、とても、幸せな日ですから...。」



「...○○?」




一瞬、○○が泣きそうな顔をしたような気がした。ジェノスも怪訝そうに○○を見つめるが、それを勘違いかと思わせるくらいにとろけた笑顔でこっちに微笑むと、○○は持ってきていたエプロンを身につけて台所へと向かう。

...なんか変だ。

○○の様子がおかしいような気がして、しばらく○○のことを見ていたけど、たまに綺麗な声で鼻歌を歌うくらいに上機嫌だ。

俺、気にしすぎかな...。
ま、なんかありゃ言ってくるだろ。

そうして、俺はのんびりとキッチンに立つ○○とジェノスを見て、こんな日が続けばいいとか柄にもねえことを考えていた。






(ジェノス視点)


玄関へ向かいドアを開けると、○○さんの甘く爽やかな香りがふわっと風に乗ってきた。○○さんはきらきら輝くやような笑顔で俺に微笑むと、俺に祝福の言葉を伝えてくれた。
荷物を抱えていたので部屋にあげると、夕飯はまだかと聞いてきた。ああ、忘れていた!俺としたことが...。

○○さんはキッチンへ向かう俺を引き止めて、持ってきたピンクのエプロンを身につけ始めた。でも、その時に○○さんはどこかどんよりとした雰囲気を一瞬だけ見せてすぐにまた華やかな笑顔で準備を始めた。
○○さんが持ってきたクーラーボックスの中には、大きな蟹やホタテなどがぎっしりと詰まっていて、○○さんは慣れた手つきで鯛の鱗を取って素早く3枚にさばいて刺身にする。



「○○さん、手伝いますよ。」

「まぁ!ありがとうございます!ジェノスさんは優しいですね、...ずっとそのままで居てくださいね。わたくし、優しいジェノスさんが大好きですのよ!」

「...はい、○○さんが、そう、仰るなら...。」

「うふふ、今日はお2人へのお祝いに豪華鍋ですわ!この前はお肉でしたので、今日は海です!」

「おーーーーっ!!!まじかやったぜ!!!」



先生はウキウキした様子でクーラーボックスの中を覗き込んでいる。

先生...、○○さんの様子がおかしいんです。
俺にはそう感じます。

だけど、それを今ここで言うなんて不粋にも程がある。○○さんは何かあったけど、それを隠そうと今は楽しく過ごそうとしているんだ。聞くならあとでも出来るだろう。

俺は○○さんが魚をさばく隣で、使い捨ての手袋をはめて米を洗う。○○さんはテキパキと鯵を捌いて身とシソを刻んだ物を叩く。鼻歌を歌いながら調理をする○○さんの目はいつもと変わらず美しい。でも、瞳の奥が暗く淀んでいるような気がしてならない。



「......ジェノスさん?」

「はっ、はい!」

「うふふ、どうしたんですの?ぼーっとされて。」
「いえ...、何でも、ありません。」

「...?可愛いですね、ジェノスさん。」

「かっ、かわいい...!?」

「くすくす、可愛いですわ!とっても!

サイタマさーんっ!なめろうを作りましたの!支度が整うまでつまんでいてくださいな!」

「おー!やべぇ酒のみてぇな!サイコー!!」



○○さんは綺麗な顔で俺に微笑んで、出来上がったつまみを先生へと持っていった。
何故だろう、何かすごく胸騒ぎがするのに、今こうして○○さんとキッチンに立っているこの時が幸せすぎて、そんな感情は徐々に薄れていってしまう気がした。




「さて!頂きましょうか!」
「そうですね、○○さん。」
「おーし!んじゃ」


「「「いただきます。」」」

















「そういえば、まだお祝いのプレゼントが御座いますのよ!まずはサイタマさんへ、どこでも使える商品券です!」

「おー、ありがとな○○。すげぇ助かるし、嬉しいわ。」

「うふふ、ジェノスさんにはパーカーを。」

「ありがとうございます!」

「お、いいじゃねえか。ジェノス、それ着てみろよ。」

「はい!」



あらかた料理を食べたところで、○○さんは思い出したように持ってきていた紙袋を探り始めた。

○○さんは先生に商品券を手渡して、俺に紙袋から取り出した袋を下さった。
丁寧に開いて、中の服を取り出す。今着ているパーカーを脱いでそれを着ると、とても着心地が良かった。
パーカーはとても良い素材で出来ていて、軽く、柔らかすぎず、それなりの撥水加工もしてあり、尚且 薄っぺらくもない。シンプルな黒い布地だが、裾に刺繍がしてあった。俺の名前が金色の糸で。



「良かった!お似合いですわジェノスさん!」

「いーじゃんそれ。なんつーか、ジェノスって感じだ。」

「ありがとうございます○○さん!大切にします!」

「喜んで頂けて良かったですわ!それと...これはおふたりに。」



「「○○命令券??」」



○○さんから手渡されたカードは、厚紙に金箔押で『○○命令券』とあり、各2回分あるのか薄い花のマークが2つ並んでいた。

俺と先生はそれをしばらく見つめて、目の前でお茶をすする○○さんに向き直った。○○さんはこれまでに無いくらいににっこりして、恥ずかしそうにもじもじしている。



「なんか、肩たたき券にしては厚紙だし、これ印刷して箔押だよな...。」

「! カードから香りがします、フリージアですね。」


「これは、お2人に各2枚ずつ。お2人がわたくしになにかして欲しい時に使ってください。命令権のようなものです。」


「命令権...?!(これで○○さんに何でもできるのか...!!!)」

「命令っつっても、なぁ...洗濯干しといてくれ、とか?」

「はい!わたくしに出来ることならどんなことでもしますわ!」

「ふーん...何にしよっかな。なぁジェノス。」


「(これがあれば○○さんをああしてこうしてああすることが出来るそれにあんなことをしてもらうことも出来てしまうというのか)」


「......ジェノスさん?」

「はっ!あ、いえ、大切に使いますね!」




○○さんに命令が出来る権利、だと...?!

それなら、○○さんのことを、ああして、こうして、ああやって最後はッ...!!!

○○さんのあられもない姿を想像していると、○○さんが黙りこくっていた俺を心配して声をかけてくれた。しまった、俺はまた不埒なことを...。○○さんに大丈夫だと伝えると、○○さんは微笑んでから、少し心苦しそうに話し出した。



「えっと、わたくし、実は暫く出掛けますの。だからそれが使えるのは、暫く経ってからに、なりますわ...。」

「え。そーなのか。」

「あの、知人の所へ久方ぶりに挨拶へ...ですので、取っておいてください!なにかして欲しい時に、ぜひ!」

「...ふーん。ま、ありがとな!○○の飯が食いたくなったら使うぜ!」

「はい!」



それから、○○さんと先生と食卓を囲んでたくさん話した。○○さんが先生にビールを持ってきていたので、少しほろ酔いになったのか先生はいつもよりも饒舌だったし、○○さんもとても楽しそうだった。

こんな気持ちはいつぶりだろうか。

そうだ、家族で夕飯を食べていたあの時ぶりだろう。他愛もない話をして、食卓を囲んで、笑いあって...。

気が付くと、鍋は空っぽになって、先生は食べすぎた。と横になったまま眠ってしまった。酒が入っていたからだろうか?揺さぶっても目を覚まさなかった。




「...ふふ、サイタマさんも、普段はあんなにお強い方ですのに眠る姿はやはり無防備ですわね。」

「今日は俺の手合わせに付き合ってくださいましたから、(たぶん無いだろうが)疲れていたのかもしれません。」

「そうですか...みなさん、頑張っていらっしゃいますよね。」


「...○○さん、今日は、何かありましたか?」
「えっ?」
「その、雰囲気が少し違ったというか...。」


「...あ、あぁ!いえ、どうしても欲しかった小説が売り切れでしたの。わたくしったら、まだ引きずってたのかしら。駄目ですわね、うふふ。」


「...そうでしたか。何か重大なことかと思いました。」
「いいえ!お客様におすすめされてからずっと気になってたので...あーあ!残念ですわ!」




○○さんの落ち込んでいる様子は、それが原因でしたか。○○さんは困ったように笑いながらテーブルを片付け、俺もそれを手伝う。

すべて片付け終わり、○○さんは翌日に出すためにゴミを縛ってまでくれた。ここからゴミ捨て場までは距離があるので、俺が明日まとめで朝に出すと約束をした。




「...じゃあ、わたくしは帰りますわね。」

「はい。ご馳走様でした。それと、パーカー。大切に着ますね。○○さんが下さったものですから。」

「いいんですのよ、わたくしもとても楽しい時間を過ごさせて頂きましたから...。」

「...?」



またあの顔だ。

○○さんは俺が布団へ移動させた先生が、寝返りで蹴り飛ばした掛け布団を丁寧に先生へと掛け直すと、名残惜しそうにゆるりと先生の頬を撫でてから、こちらへ向き直った。

○○さんが今日 元気がないのは、本当に欲しかったものがなかったからですか?俺の喉まで出かかったセリフは、大げさに伸びをする○○さんによって阻止された。




「ん〜〜…っさて!明日は朝から移動しなくちゃなりませんからね!わたくしも、お風呂に入って寝ることにしますわ!」

「はい...あの、○○さん、大丈夫ですか。」

「えー?んもう!大丈夫ですわ!もうそんなに落ち込んでいませんわよ?今思いつきましたの、インターネットで通販すれば良いのですわ。わたくしったら、盲点でした。」




あちゃー。と言いながら前髪を押さえて俯く○○さんに、 咄嗟に膝をついて、○○さんの頬を両手で挟んで上を向かせる。○○さんは突然のことに拒否できずに、そのままされるがまま俺を見つめる。

...ああ、やっぱり。




「○○さんは嘘がへたですね。」

「っ...ふ、」

「どうしたんですか。俺では、力になりませんか?」



○○さんはその大きくて綺麗な瞳を縁どるまつ毛に雫を載せて、瞬きと同時に頬へとそれを落とした。それが合図かのように、堰を切って流れ出す涙は、○○さんの紺色のスカートに吸い込まれていく。

○○さんはすがり付くように頬を挟む俺の手の甲を撫でて、甘えるように頬を押し付けてきた。




「...友人が、亡くなったのです。」
「......。」

「健気な女性でした、でも、御付き合いした方が悪かったのです。彼女を傷つけて、自分で命を絶つまで追い詰めた。...でも今日はお祝いの日でしたから、こんなとこ、見せたくなかったのです...。」

「○○さん...。」
「すみません...、ジェノスさん。」



○○さんは俺に謝罪すると、ハンカチで目元を拭って恥ずかしそうに笑った。思わず○○さんを抱きしめる。

それは優しさからなんかじゃなくて、頬を赤く染めて、綺麗な宝石のような雫を流している弱々しい○○さんに少なからず欲情してしまったから。

そんな自分の醜い感情を殺すように、○○さんをぎゅっと力強く抱きしめる。




「...辛いことを聞いてしまいました、すみません。」

「...ふふ、やっぱり、ジェノスさんは優しくて、純粋ですわね。」

「俺は、純粋なんかじゃありませんよ。今だって、○○さんの涙を見て、弱っている○○さんを見て気持ちが高ぶるような獣です。...たまには、頼ってください。年下でも。」

「くすくす、では、金色の野獣さんに食べられないうちに、お城へ逃げ込みますわ。でも、そうですね...。じゃあ、その、頭を撫でて欲しいのです...。」

「...可愛いですね、○○さんは。」
「う、と、年上ですわよ?」
「そうですね、俺や先生よりうんと長生きしていらっしゃいますから。」



俺は暫く○○さんの頭を撫でながら、考えていた。この人はもうすでに何千年も生きているけれど、きっとこの人の優しさは生まれつきなのだろうと。
そんなにも長い時間生きていると、一種の悟りのようなものを開いたりするのだろうか。それくらいに、○○さんがいるだけで心の中の黒いものが薄れていくような気持ちさえする。

腕の中の○○さんがうとうとし始めたのを感じて、俺はそっと肩を叩く。少し寝かけていたのか、目をぱちぱち瞬かせて、○○さんはもたれていた体を起こす。



「ごめんなさい、つい気持ちよくて...。駄目ですわね、今日はもう寝ます。」

「俺としてはこのまま寝られてもいいのですが、慣れた布団が良いでしょう。今日はありがとうございました、お疲れでしょうしゆっくり休んでくださいね。」

「ありがとうございます、ジェノスさん。」



○○さんを玄関まで見送る。ほんの壁一枚向こうなのに、どこか遠いところへと行ってしまうかのような気分さえする別れ際。
○○さんは軽くなったクーラーボックスを抱えて、いつものようににっこり笑った。




「サイタマさんに、風邪をひかないようにとお伝えください。お布団をかけて寝てくださいって。」

「わかりました、伝えておきます。」

「...それと、サイタマさんに、ありがとうございますって伝えてください。もちろん、ジェノスさんにも感謝の気持ちでいっぱいですわ。」

「...?お礼を言うなら俺達の方です。今日はプレゼントまで頂いて...。」

「くす、日頃の感謝の気持ちですわ。わたくしはおふたりのことが大好きですもの!」

「え」

「それじゃあ、おやすみなさいっ!」




○○さんは、俺が何かを言おうとした時には既にドアを閉めていた。俺は少しの間ぽかんとしてしまったが、いつも通りの可愛らしい○○さんで安心した。
明日 先生が起きたら、風邪をひかないように。と伝えておこう。大好きという言葉は、見送りをした俺だけの特権とさせて頂きますね、先生。

ドアを閉めて、鍵をかけ、歯を磨いて電気を消す。

壁の向こうの○○さんの事を考えて、あの笑顔を思い出して、とても暖かい気持ちになった。

これからも、こんなふうに3人で食事をして、笑いあっていけるんだと







俺はそう信じていたんだ。