コンコン、

「ん……ふぁーい…?」



わたくしの仕事は商売柄終わるのが遅い、だから帰宅するのは深夜の3時だし、起きるのは昼前である。今は午前11時。ふ、と目が覚めて布団でもそもそしていたけどそろそろ起きだそうかと思っていた矢先、壊れたインターホンの代わりに、鉄製のドアをノックする音がした。

起き抜けの気だるい状態でベッドから抜け出して、そのままズルズル玄関へと向かう。冷えたドアノブにぞっとしつつ、そのノブを捻った。


「よ。」

「あ、おはようございます…。」


サイタマさんだ。

OPPAIパーカーを着てる彼は些か変な人だけど、ワゴン投げ売りで安かったから大量に購入したそう。
でもサイタマさんなら何を着ても素敵ですわ。
サイタマさんのOPPAIの文字をボーッと見つめていると、サイタマさんはこちらを見てギョッとして腕で自分の目を隠した。



「?どうした・・・」

「おっまえなー!前も言ったけど服来て寝ろよ!俺も男だぞ!危機感を覚えろ!!せめて!!!」




あ……そういえば、昨日はメイクを落としてシャワーを浴びてからパンティのみの着用でベッドへ転がり込んだのだった。だって酔ってたんですもの、仕方ないですわ。

ドアを閉めようとするサイタマさんに苦笑いをして、腕で胸を隠すと外にいるサイタマさんの腕を掴んで引いた。



「何か用があったんでしょう?春といえど外はまだ寒いし中入ってくださいな。」

「ばかばかばか!俺も男だっつの!引き入れるなよ!」

「くす、サイタマさんはわたくしを襲ったりなんてしないですよ。わたくしを助けてくれたヒーローですもの。」



サイタマさんは諦めたようにため息をついて視線を宙に漂わせながら部屋に入ってきた。何だかんだいってサイタマさんはわたくしに甘くしてくれる。

そう、サイタマさんはわたくしを救ってくれたヒーローなのです。あれはほんの3ヶ月前、わたくしがこのZ市の危険区域にまだ住んでいなかった時のこと。









『やめ、てったら!!離しなさい!!』

『ハァ、ハァ、と、止まらないんだよ、ヤらせろよ!!お前がさっきなんかしたんだろうがよ!!!』


その日、わたくしはまだ過去に共に過ごしていた姉妹と連絡を取り合う前だった為に、自力で血を提供してくれる人を探さなくてはいけなかった。しかし城を追い出されてから人を襲うことも怖くて出来ずに暫く血を吸っていなかった。
空腹に耐えかねて、歩いていた温厚そうな若者に酔ったふりをして近づき、物陰で血を吸った。だが空腹で多量の血を吸ってしまった為か、はたまた吸血行為での催淫作用が効きすぎてしまったのか。
男はわたくしの体を地面に叩きつけて、襲いかかってきた。やはり男と女、力の差で逃げられない状態に陥ってしまった。




ビリィッ!!

『はぁ、はぁっ、はぁっ!』

『この…!!ただの人間ひとりに…!!』




あーもうこの服高かったのに!貴方が引き裂いたレースのパンティなんてそれだけで2万8千円もしたんですのよ!

頭の中では強がってみても、のしかかる重みで身動きが出来ず、身体をまさぐる乾燥した手指が皮膚を擦って酷く痛くて。布を取り払われて外気に晒された肌を舐める舌が酷く熱くて、なぶった線を唾液が濡らして更に冷やす。




『へ、へは、うはははっ!』

『っ!いたい、痛い痛い痛い!!!やめて、手を離して!!!!』



全然濡れてないアソコに無理矢理太い指をねじ込まれて引きちぎれるような痛みを感じる。思わず男の手の甲へ爪を立てて相手の手を掴んだけど、その爪が皮膚を貫いて血が滲んだその瞬間に横っ面を張り倒されて、視界がぐるっと回って、鼻がツンと痛くなった。





『うるせぇ!』




レイプされた被害者がなぜ泣き寝入りするかとか、なぜ逃げられなかったのかとか、目を潰せばいいのにとか、そういうことを言う人がこの前にやってたニュースのコメンテーターに居たけれど、こうやって1度本気で殴られればわかる。

抵抗して殺されるのが怖いとかそんなものじゃなくて、思考回路がこの嫌悪感や恐怖感を消してしまって、自分を守る為に頭の中を真っ白にして何も感じないようにするんだと、わたくしはいま初めて理解した。

わたくしは怪人なはずなのに、人間とは違う能力があるというのに、いつものろまで、頭が回らなくて、人を殺せなくて、力も弱くて。怪人として出来ることなんて何も無い。力も普通の人間の女と変わりない。ただのグズ。



男が自分のソレを挿入る為に握った時、一瞬で冷たいコンクリートの上で仰向けに寝転ぶわたくしの視界から男の姿が消えた。いや、どこかへ吹き飛んでいったという方が正しいのでしょう。



『……………?』

『おい!お前大丈夫か?とりあえずこれかけとけよ。あいつはぶっ飛ば……あれ?あ、どっか飛んでっちまった…。』



物凄い衝撃波で前髪が靡く中に見えたのは、ハゲた頭に、それに比例しない若さの男のほうけた顔だった。
さらけ出されていた裸を隠すように投げられたのは前開きのOPPAIと書かれたダサいパーカー。ふわりと香った男性の優しい汗の香りと、さっきまで着ていた体温の暖かさが残るパーカーに張り詰めていた糸が切れて、わんわん泣き出してしまったのを覚えている。

すがり付いて離れなくて、とても困った顔をしながらも自分の家に上げてシャワーを貸して、1晩泊まらせてくれた。
自分は趣味でヒーローをしているということや、わたくしが実は元々怪人であったこと、吸血鬼であり血を必要としていた所にあの男が現れて襲ってしまった結果がああだったことなどたくさんたくさん話をした。

そのつぎの日には、サイタマさんの家の隣を賃貸契約して、無理矢理にリフォームをさせ、サイタマさんの隣人となったのです。






「ったくやっと服着たか…。」

「うふふ、お待たせしました。」




あれからサイタマさんを部屋に通してお茶を出し、奥でもぞもぞ着替えて昔のことを思い出していた。
あの時から、サイタマさんはわたくしの好きな人になった。

久しぶりの休みの日だけど、せっかく愛しのサイタマさんがいらっしゃるんだからと、誘惑するような胸元の開いた黒い薄手のニットにショートパンツを履いた。身体のラインがくっきり出るものを選んでいる。




「・・・お前さぁ、ちょっとは気をつけろよ。」

「?なにがです?」

「だから、そういうぱつぱつした服着てんじゃねえって。○○、前も帰り道に追い掛けられてただろ。」

「あら、その時もサイタマさんが彼氏のふりをして下さったじゃないですか?あの人、ストーカーだったから助かりましたのよ。」



先日もお店を出て危険区域の最寄り(家の近くまでは来てもらえない)まで車で送ってもらって家までの道のりを歩いていると、物陰から1人の男が飛び出してきた。「僕のキュアデビルちゃんは君だけだ!」と叫んでいたが、確か1度だけお店に来たことのある男性で、その後は店には来ずに出勤前や後にいつも声を掛けてくる男性だった。アニメの衣装か何かを手に走ってくる男をピンヒールでダッシュしながら蒔いていた時に、買い物帰りのサイタマさんとばったり出会って抱きついたのだ。あの時の男の顔ったら、傑作だった。



「あん時はたまたま通りかかっただけだ、自分の身は自分で守れよ。」

「(心配して下さってる…!)」



両頬を包み込んでうっとりするわたくしにサイタマさんは呆れたような顔をしたが、はっとした顔をして湯呑みのお茶を飲み干すと立ち上がった。


「そうだそうだ。今日来たのはさ、俺 野菜用意するっつったけど足りなかったから買出ししたかったのと、何鍋にするか話してなかったから一緒に買い物行こうと思って。」

「(デートだわ!!!)」
「ちなみにデートじゃねえからな。」


わたくしはサイタマさんの話を聞かないふりをして、るんるん気分でエコバッグとお財布を持った。休日におうちでお食事だけでなく買い物も出来るなんて、今日はツイてる日ですわね!






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