コツ、コツ、コツ




「おはようございます!ヒーロー協会本部へようこそ!ご用件をお伺いします!」




「...○○・イェルクヴェインですわ。」




「.....え?」

























『ヒーロー協会本部、大会議室』



「.....やぁ、○○・イェルクヴェイン。自分から来てくれてとても嬉しいよ。はじめまして、私はこのヒーロー協会本部を取り締まっている者だ。」

「…やっぱり、わたくしのことはおとぎ話だなんて思ってらっしゃらなかったんですね、ヒーロー協会は。」




受付で名前を名乗ると、慌てた受付嬢がどこかへと電話をし、屈強な肉体の男数人に促されて、この部屋へやってきた。4人の男女がテーブルに並び、わたくしは彼らの向かい側にある1脚の椅子に座らされた。

ちら、と斜め上を見ると、そこには1枚だけ素材の違うガラスがあり、どうやらマジックミラーの様だった。




「あぁ...君の血については、我々ヒーロー協会も知っているよ。二世紀前の事件で全員死亡したとあったが、まさか生き残りが居たなんてな。」

「わたくしは、あの後祖先が契約していた吸血鬼によって保護されていましたので。ですがそこが何者かによって崩壊させられる直前に、そこを追い出されたのでこうして生きながらえています。」



「ああ、我々も確認した。数百を超える吸血鬼たちが全員倒され、城には大きな風穴が空いていたよ。まるで一撃だけ巨大なミサイルが撃ち込まれたようにね。

ところで追い出されたと言ったか?
イェルクヴェインの君が?」


「その、ヴァンパイアとして生きるには、わたくしは弱かったのです。優しい方が、わたくしを自由にするために……。」

「ほう...。」



それから少しの質疑応答があった。

住んでいるところは? Z市です。
なぜZ市に?
生活が安定するまで身を隠していた名残で。
同居人は?
いません。


いろいろな質問をしたところで、後ろのドアが開く音がして、振り返る。するとそこには、黒いランドセルを背負ったキャンディを舐める男の子の姿があった。...こんなところに小学生が??
彼はこっちを見てたたたっと走ってきて、そのまま椅子に座るわたくしのお腹に抱きついてきた。



「えへへー!」

「あ、え、っと...、パパかママがここで働いていらっしゃいますの?あの、お探ししましょうか?」

「んーん、僕はお姉さんに会いに来たんだよ!」

「わ、わたくしに?」

「うん!これあげる、食べて!」



お腹にぐりぐりと頭を押し付ける少年の栗色の髪を梳くように頭をなでる。ポロシャツにショートズボンにハイソックスとは、なんともお金持ちの男の子、という感じだ。

少年が無邪気に笑って、わたくしに手渡してきたのはピンク色の包み紙に入ったチョコレート。こんな堅苦しい会議の最中に...とは思ったものの、周りの大人も何も言わないところを見ると、どうやらヒーロー協会のお偉い方のご子息などでしょうか...?



「えっと、あの...」

「お姉さん、僕のあげたチョコいや?」

「えっ?!い、いえそんなことありませんわ!...ぜひ、頂きますわね。」



しょんぼりした少年に、慌てて包み紙を剥がすと口に放り込む。
少し大きな粒のそれはとても美味しくて、じっくり堪能したかったのですが今はそういう雰囲気でもありません。少し固めのそれを噛むと、中からとろっと甘酸っぱいものが垂れてきて、口の中にいちごの香りがふんわり広がった。

一生懸命もぐもぐしていると、少年はわたくしの膝に腕と顔を乗せて、にっこり笑って伺うようにこちらを見つめる。感想を待っているのでしょうか?
出来るだけ早く食べきって、こくりと喉に流し込んでから、少年に向き直る。




「ありがとうございます、とっても美味しかったですわ。」

「そ?よかったー!たぶんそろそろ来ると思うよ。





ぐっすり眠れるから、安心して。」

「え?」



少年が意味深な言葉を呟いてからすぐに、急激な眠気がやってきて、眼球と瞼がそれに抗おうと震える。しかし、まるで全身麻酔のように重たくのしかかる眠気に勝てず、上半身をくったり倒して、それを少年に受け止められるのを最後に意識が途切れた。





(童帝視点)





第一印象は、ただの綺麗すぎる弱そうなお姉さんって感じ。

上の窓から様子を伺っていたけど、きちんと質問にも答えていたし、人間的な部分はあったから、話の通じそうな相手ではあった。

僕の役割は、子供っていう特権を活かして彼女に警戒させずにこの睡眠薬入りチョコレートをその場で食べさせること。そんなの、あの人の知り合いの鬼サイボーグに頼めばいいんだけど、どうやら鬼サイボーグがお姉さんを気に入ってるらしいから、そんなの頼んだら燃やされちゃうってオッサンが言ってたし、仕方ないから学校を休んで(まぁS級ヒーロー特権で休んでも響かないんだけど)来たんだよ。




いかにも無邪気そうにお姉さんに駆け寄る。抱きついた身体からは、なるほど、花の妖精と言われるだけはある。甘くて、それでいて爽やかなフリージアの香りがした。思わずうっとりとしたけど、だめだめ、僕は今日は仕事なんだから。
お姉さんは突然現れた僕に驚いていたけど、何かをうまく勘違いしてくれたせいで思ったよりもさらっと食べ物を口にした。




なんていうか、ほんとお人好しって感じだ。

今から自分がどうなるかなんて分かりきってるのに、出されたものに口をつけるなんてさ。



お姉さんは僕が発言してすぐに、くら、と上半身を倒して、そのまま意識を失った。かぶさってきた上半身を抱き抱えるけど、すごく軽い。これなら、僕が中学生にでもなるころには軽々持ち上げられそうだ。





「...で?こっからどーすんの?」

「おお、童帝くん!ありがとう、我々では警戒されかねなくてね。」

「どーだろうね。この人、ほんと馬鹿っぽいしさらっと食べたかもよ?お茶請けに〜とか言っとけば。」



「ううむ...我々は警戒をしすぎたかね?」

「いまだ覚醒はしていない、ということではありませんか?イェルクヴェインが覚醒すれば、S級ヒーローのタツマキに匹敵するくらいの力を持ちますから。」


「え、まじ?!僕殺されなくてよかったー。」


「伝承にあるものだから、なんとも言えないが...。彼らはある種の怪人だ。警戒するに越したことは無かったんだよ。」





そんなに強いなら先に言えよ。
まぁ、まだそうはなってないってことかな?

お姉さんを担架に乗せて、大会議室を出る。

これから向かうのは、ヒーロー協会でも制作に携わった僕と(結局会わなかったけど)メタルナイトしか知らない物がある場所だ。機械を扱うのに長けている僕達2人にしか、この計画は話されていないらしい。

最上階より、エレベーターに乗って一気に最下層まで行く。そこに設置してある地下駐車場にあるワゴンにお姉さんを乗せて、僕もそれに同乗して本部を離れる。




「...でもサ、ほんと綺麗な人だよね。僕こんな生き物初めて見た。」

「イェルクヴェインと言えば、神の血筋と言われているからね。おとぎ話のエルフも、彼らではないかとも言われているよ。」

「ふーん。なんかオンラインゲームのキャラクターみたいだ。綿飴みたいな髪の毛してるし。あとさっき思ったけど、ほんとに目の中に花があるんだ。まるで水に沈んでるみたいだった。」

「それこそが彼らを見分ける最大の特徴だよ。」




担架から垂れ下がる髪の毛を弄りながら、そのぴっちり閉じられている目を見つめる。
さっき見た時に驚いたのは、瞳孔の奥に、まるで水中花のように、青い瞳の奥に花があったからだ。そりゃ、昔の人たちも欲しがるよなぁ。

車が停まった気配がして、お姉さんの髪を離す。

トランクの扉が開いて、そこに見えたのはひときわ大きな美術館。




「美術館??」

「ヒーロー協会本部は重厚な作りだが、ここまで貴重なものを如何にも外見がそれな宝箱に入れておくわけにもいくまい。そこで我々は、ヒーロー協会が管轄保護しているこの美術館の地下で彼女を保管することにしたのだよ。美術館ならば、何十年、何百年と継続して存在し続けるからね。

美しいものを隠すには、美しいものの中さ。」


「木を隠すなら森の中ってことか。へぇ...''アレ''も地下にあるの?」

「ああ。」




美術館の搬送用車庫に入って、担架を運ぶ。

エレベーターに乗って、更に深くまで進み、既に身震いするほどにひんやりとした地下まで到達した。美術館の管理人の指紋と網膜認証を通過して、クリーム色の壁とハッキリ分かれた重厚な鉄の扉に行きあたる。

ゆっくりと扉が開かれると、そこには高さ3.5メートル、幅1.8メートルの巨大なガラスの水槽があった。

僕はその完成系に頷くと、面会用の、水槽のある部屋からはガラスを一枚隔てた部屋へと移動する。





「あーあ。メタルナイト(の技術)見たかったなぁ...。」

「彼は姿を見せないからな。我々が見たのも、制作用ロボットだった。さて、後を頼むよ。」

「さ、童帝くん。ここからは席を外して貰います。」

「え、ちょっ、はぁ?ここまで作らせといて結果を見せないわけ?」

「い、いやそうではないが...その、子供が見るには、少々...。」

「なに?僕のこと馬鹿にしてる??」

「うぅむ...、まぁ、いいだろう。彼もS級ヒーローなんだ。」

「ほ、ほんきですか...?まぁ、そう仰るなら...。あまり気分の良いものでは無いですよ。」

「何だよ平気だってば!」



担架の彼女の荷物を取り外し出してから、僕は部屋を出されそうになって頭にきた。女の研究員に言い返すと、あまり快くはないが僕を追い出そうとしたその手は引っ込められる。

何だって言うたんだ?接続して動作確認が取れるまでを製作者が見届けないなんて馬鹿げてる。ほんとこういう所イライラするよ。









...と思ったんだけど。





「げっ、おぇ、!!ぐ、...う、うぁあッ!!!」

「血圧メーター接続、採血チューブと、鼻への酸素チューブを挿入。」

「ウッ、ぎ、い、いや、いあッ...!!ぐ、げほっげふっ、カフ!ケフ!」

「酸素チューブ接続完了、両腕の拘束を開始して!」








「............ぼ、僕、出るよ...。」



お姉さんの着ていた服を脱がせて、白いワンピースを着せていた時に、お姉さんが目を覚ました。お姉さんは何が起こったのかよくわかっていない様子だったけど、後ろにある水槽を見ると、ふっと抵抗する力を抜いて、それからは促されるままだった。

それから、ジェルで滑りを良くした細い管を2本、お姉さんの鼻へと差し込む。お姉さんは泣きながらむせ返り、嗚咽を繰り返している。

お姉さんは意外と弱くなかったのか、悲鳴はあげない。けれど、悲鳴をあげないそれが見ていて苦しくて、僕はそっと部屋を出た。




「.........あれは、未来のためなんだ。」




1人地上へのエレベーターでぽつりと呟いた。

ただの優しそうなお姉さんだった。きっと、あの不老不死の血さえ無ければ、普通に恋をして普通に結婚をして、普通の暮らしをしていくはずだったんだろう。
僕は、そんな人を、自分が作った水槽の中に沈めて、その人の未来も光も閉じ込めてしまうんだ。

でも、仕方ないじゃないか、この先もっと強い怪人が現れて、地球が危機に瀕したりしたら、その時に、ヒーローがみんな動けなかったら、あの人に頼るしかないんだから。




「......クソッ。」




1人で悪態をついて、沈んだ気持ちを振り払った。もう、僕が関わることはなくなったんだから。何も感じなくていい。罪悪感、なんて。






















目を覚ますと、ひやりとした空気と、青い光がぼんやりと天井を照らす空間に居た。周りには白衣を着た人間が数人。焦って後ろを振り返ると、そこには巨大な水槽があった。

ああ、これが、ソニックさんが言っていたもの...。

それを見た途端に、体の力が抜けて、もうあとは促されるままだった。服を脱がされ、下着も脱いでから、体を洗浄されて真っ白なワンピースを着せられる。



「それでは、これから生命維持装置を接続していきます。」

「...はい。」



怖気付いてどうしますの、わたくしはもう覚悟したでしょう?
まず、両手首の内側に、太い針を二本刺される。その痛みはとてつもなくて、思わず小さく悲鳴を上げてしまう。5センチほどを中に挿入されてから、そこを薄い半透明のシリコンバンドで固定される。それもまた痛い。



「う、うう...いた、い...!!!」

「次、鼻に酸素チューブ差して。」
「はい。」

「うあ、ちょ、ちょっと待ってくださいませ...!まだ呼吸が」
(ずっ!)
「ぐ、ゥんっ!!!ぐ、あう、げほ、おえっ...カフ!やべ、で...!!あぐ、ぅ...!」




鼻の中をチューブが無理矢理に通って、痛みと嗚咽で涙が溢れてくる。思わず白衣の人の腕をつかむと、そのまま両腕を黒いベルトで拘束されてしまう。
口からだらだらと垂れるヨダレを丁寧に拭き取られ、太い管と細い管が何本か通った黒いベルト付きのマスクを装着される。もう何本のチューブが自分からのびているのかもわからない。

胸の下のベルトに装着された、水槽から伸びる2本のベルトがぐいっと引かれて、わたくしの体が宙に浮く。そして、持ち上げられていたガラスが降りてきて、わたくしは完全に水槽の中に閉じ込められた。



「全ケーブルの装着、完了!」
「心電図異常なしです。」
「麻酔を投与します。」



分厚いガラスの向こうで、白衣の人達のやりとりがぼうっと霧がかって聞こえる。

もう、外には出られない。誰にも、触ってもらえない。

神に祈るように、昔の礼拝を思い出して両手を組む。どうか、お傍に居てください。


頭上から薄いオレンジ色の温かい液体が注がれ、足元が満たされていく。外の白衣の人達は、モニターや他の不備を確認するので手一杯のようで、誰もこちらを見ていない。誰にも、見届けられることなく、わたくしはこのまま永遠にここに閉じ込められる。



液体が頭まで満ちて、麻酔が効き始めたころには、動作確認を終えて、黙り込んだわたくしが意識を飛ばしたと思ったのか、室内には誰もいなかった。




これで、終わり。

思えば、あの日 家族を殺され、ルシウス様達に拾われて、辛い日々ばかりだった。
そういえば、アイザック様に会いに行っていないわ。
わたくしの苦い思い出を、一撃で砕いた方を知りたかったのに...。




この街にやって来てからは、とても楽しかった。


サイタマさんとスーパーへ行ったり、
ジェノスさんと料理をしたり、
ソニックさんとお風呂に入ったり、

みんなで、丸くなって食事をして、


サイタマさんは、ちゃんとお布団をかけて寝られたかしら?
ジェノスさんは、きっとまた、何でもないようなサイタマさんの動作をメモしているんでしょうね。

ソニックさん、サイタマさんは、とてもお強いですから、あまり突っかかって怪我をなさらないようにしてくださいね。



楽しかったですわ。

本当に、毎日がきらきら輝いていた。
あの数ヶ月だけで、わたくしは幸せでした。


それだけで、もう何も思い残すことなんて...。




























バンッ!!!


「.....!」





「...この大馬鹿者めが。泣くくらいなら、こちらへ戻ってこい.....!!」







ソニック、さん



ガラスに手をあててこちらを見つめるソニックさんと目が合う。ごめんなさい、そんなに辛そうな顔をさせてしまうなんて。でも、あなたはやっぱり優しい方ですわ。わたくしを独りぼっちにさせまい、と、


ここ、へ

忍び

込んで、きて、くれたんです、ね






ふふ、優しい、ひと...


よかっ、た








わたくし、は、









ひとりなんかじゃ、








なかっ




































ピーーーーーーーーッ

『仮死状態ニ入リマス。採血開始。コレヨリxxxx年間、継続シテ起動シ続ケマス。』








「.......お前はひとりでは無い。


あいつらに見せたくないなら、俺1人でも傍にいてやる。」





オレンジ色の水の中でふわふわと髪をなびかせる○○の姿は、今まで見てきたどの美術品よりも美しかった。

お前がサイタマとその弟子に言えなかったのは、あの2人を傷つけないためだろう。俺が自ら近づかなくては俺にすら何も言わないつもりだっただろうな。
人の世界で生きるにはお前は純粋過ぎたんだ。
待ってろ、たとえお前が嫌がったとしても、いつか俺がもっと強くなって、ここからお前を出してやる。


その時は、サイタマにもあの弟子にも渡さない。


絶対に。









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