(ヒロインのお嬢様口調に些か無理矢理感を見出してしまったので、ヒロインの過去についての話を投入します。見ればなんとなくキャラ設定が鮮明になるかと思いますが、ワンパンキャラは出てきませんし関係もありません。)





わたくしの両親は、世界が創設された時から続くと云われる由緒正しき吸血鬼の家に生まれ、血の繋がった間柄でありながらも父と母は恋に落ち、近親相姦など許されることではなく、両親は追っ手を振り切って駆け落ちをしたらしい。

母様が父様に惚れた理由は『優しさ』。

父様は生き物を襲い生き血を啜る吸血鬼でありながらも、生き物を殺したことなど無かった。父様はずっとずっと変わり者だと言われ続けてきたのだ。


『お互いに無い能力を持っているなら、互いに支えあって生きてゆくべきだ。私は人を救いたい、人と共存して生きていきたい。』


父様のこの考えは一族の反発を起こしたが、それと同時に母様の心を射止めた物でもあった。

それから両親は、結婚し、子供を授かり、長い長い年月、人に紛れて生きてきた。
吸血鬼の生命は人間よりもうんと長い。わたくし達の血族はそれよりも更に長いと聞いている。わたくしは1888年にイギリスで起きた連続娼婦殺人事件の犯人であるジャック・ザ・リッパーが実は怪人であることも、第二次世界大戦時のことも鮮明に覚えているから、それくらい長生きなのだと思って欲しい。




母は美しく、父は心優しく、兄は正義感に溢れていた。

一般的な吸血鬼は、人に紛れて巧みな言葉や誘惑で人間を誘い、吸血行為によって生じる幻覚や快感で依存させ、抵抗出来なくてして血液を根こそぎ奪う。時には命さえ奪って血を啜って生きていたが、父様は人間と同じようにしっかりと勉学に励んだ普通の医療従事者であった。
輸血用血液などは容易く手に入ったので、わたくし達家族は人を殺したことなどなかったし、両親はわたくし達に何かを破壊させることをひどく嫌っていた。

こっそりと必要最低限だけ血を飲む以外は、友達も出来、学校にさえ通う普通の人間の暮らしをして家族四人仲良く暮らしていた。

兄様は人間でいえば中学生、わたくしはまだ幼稚園児というくらいだろうか。この幸せは無くなることはないと、そう思っていた。





『○○、イアン、私達は吸血鬼だ、血を飲むことは必要なことだ。それと同時に、私達は人より少しだけ命が長く作られている。そんな私達は、自分たちよりも弱い生き物に対して手を差しのべるべきだ。私の言うことがわかるかい?』

『わかるよパパー!』

『イアン?』

『存じています、父上。』

『いい子だ。だが、人から見て忌み嫌われるのも吸血鬼の宿命だ。人は生きていくのに血を必要とはしないからね。血を飲むことは誰にもバレちゃいけない。約束できるかい?』

『任せて!○○、だれにもバレないようにする!』

『必ず約束します。』






わたくし達は慎ましく暮らしていた。

いつだって、人の道を外れることの無いよう
村の人とも親しくしていた。

父様は村一番の医者として
母様は看護婦、時には仕立て屋を
兄様は成績もヴァイオリンの腕も優秀な優等生
わたくしは毎日教会へ祈り、奉仕を続けてきた

あの時に彼らが来なければ、今もわたくしは家族に囲まれて幸せに暮らしていたと、これだけはそう思える。











『なに?何だか焦げ臭い...。』



日課の教会への奉仕からの帰宅途中、空はオレンジに染まり家々からは夕食のいい香りがする。その中で鼻をつくのは何かが焼ける臭い。わたくしは胸騒ぎを覚えて帰路を急いだ。
だんだん濃くなる臭いのもとは家の方角からで、それがとてもいやなことなんだと理解はしていたけど、違うことを願ってただひたすらに走った。

人の声が聞こえる。叫んでいる。
ひどく怒っているようだ。



『この化け物め!!!』
『俺達を騙して、血を奪う機会を伺ってたんだ!』
『村の善意に漬け込むなんて……!』





『...ぱぱ、?』



家の周りを囲む石垣からそっと覗き込む。

診療所兼我が家は赤く染まり、支える力を失った木材が音を立てて崩れる。火柱があがって、庭のりんごの木に燃え移った。猟銃や松明、斧を持って家を囲んでいる。

彼らの視線の先には、人影が3人。




あぁ、美しかった母様の紫の髪は無くなり、坊主頭になっている。ナイフで切られたのか皮膚から血を流して、ぴくりとも動かない母様は地面に突っ伏して顔が見えない。いつも着ているグレーのドレスはびりびりに引き裂かれて、母様の腰を抱えあげて男が腰を振っている。あれは何をしているの?母様はなぜ動かないの?


父様は無理やりこじ開けられたように顎がえぐれて、もう息も絶え絶えだ。千切れた頬から血をだらだらと地面に流したままで、虚ろな目で泣いている。

父様の肩から先が無い、頭を撫でて抱き締めてくれたあの腕が無い、どうして、なんで。つま先は下を向いているし、お腹には幾つもの鍬や斧が突き刺さっていて、壁にまで刺さったそれが父様の身体を動かすのを拒んでいた。

兄様は?兄様はどこ??
いつだって○○を抱き締めて、いつだって○○を守ってくれて、いつだって○○の側にいてくれた優しい優しい兄様は?



兄様の体は、先ほどの男の''用事''が終わったのか打ち捨てられた母様の体のそばに転がっていた。そばにある鉄柵の上部には肉片が付いている。きっとそれを軸として梃子の原理を使ったのだろう、本来曲がってはならない方向へとぽっきり体が折れていて、曲がりきれなかった肋骨が数本飛び出して、隙間からは赤やピンクの臓器が飛び出す時を待っていた。

あの桃色で薄く綺麗な形の唇は裂けていたし、口の中には大きな石がいくつも詰め込まれていて、目玉は抉られたのかぽっかりと隙間があるだけ。兄様の綺麗な金色の瞳はどこにもなかった。




一体ここで何があったの?

いつものように朝食を食べて、学校へ行く兄様を見送って、母様と家事をして、父様と母様とお昼ご飯を食べて、荷物を持って教会へ行ったんだ。

教会でシスターに挨拶をして、神父様に頭を撫でて頂いて、雑巾がけをして、宿や食事の手伝いをして、聖書を自分より歳の下の子達に読み聞かせて、みんなで遊んでいたらいつもより遅くなってしまったの。夕暮れが近いからと神父様にいわれて、明日も来ますと、そう伝えて家に向かっただけ。





『.....ぱ、ぱ..。』


現実が受け入れられずに、ただただそこを見つめてほうけていると、泣いている父様と目が合った。思わず駆け寄りそうになったけど、父様は突然雄叫びをあげて暴れだした。周りにいた人間はそれに慌てて更に父様を殴り、刺す。

きっと父様はわたくしを逃がすために注意をあちらへ向けたんだ。今行ってはいけない、反対方向へ逃げるの!震える足を動かして、逃げ出そうと後ろを振り返る。が、視界が真っ暗になった。何かにぶつかったのだ。



『あ…はぁ、は、…!!』

『○○...これは…なんと、いうことだ。』

『…ひ、しんぷ、さま、あ、あ…。』

『怖がらなくていい、シスターのそばへ行きなさい...。』



それは、ついさっき、私の頭を撫でてくれた神父様だった。騒ぎを聞きつけて来たのだろう、惨状を前にして青ざめ、震えている。

神父様は石垣の門を開いて村人達へと近づく。村人達も神父様が現れたことに気がついてこちらを振り向き、わたくしの姿を捉えると顔を怒りに歪ませた。



『何たることだ、なぜ、なぜこのような悪魔の所業を!』

『神父様ァ!こいつらは吸血鬼だ!バケモンだったんです!』
『うちの子達が見たのよ!!!イアンが家畜の血を啜る所を!!』
『俺の家の牛たちが一匹残らずカラカラに乾いてやがったんだ…許されないぞ!』
『こいつらは殺さなくちゃならねぇ!』



神父様は母様、兄様、そして泣きながら虚ろな目でこちらを見る父様を見て、ぐっと顔をしかめると民衆を睨んだ。神父様はわたくしを背に隠し、シスターはわたくしを抱き締めて下さった。
民衆はそれを見て怒りを露わにしたが、神父様は十字架を取り出してわたくしの額に押し付けた。



『...イェルクヴェイン家の者達が、そのような事をすると思うのか?

カトリーナは貧しい者達の服を繕い、
イヴァンは金を持たない者も治療し、
イアンは美しいヴァイオリンで街を彩った。

○○は毎日神へ祈り、病の者も体の不自由な者も孤児も皆を支え奉仕を続けてきた。

皆も彼らの恩恵を受けてきたのではないのか?その姿を思い出しても、彼らが怪物だと思えるか?』



民衆はそれぞれ苦い顔をして口をつぐんだ。

『うちの子が嘘をついたって言うの?』
『何かほかの化け物が居たのかもしれない…。』
『そうだよ、この人たちはずっと良くしてくれていた。』

反論する声も次第に小さくなっていく。この村は支えあって作られていた。我が家はこの村に受け入れてもらえて救われ、村人も、我が家族によって助けられたことのある人たちばかりだ。

母様を犯していた男は、生まれた赤ん坊のお包み(おくるみ)を妻へ送りたがったが、街で布を買うには彼の賃金では足りなかった。それを相談された仕立て屋の母様が、自分のドレスのレースを裂いて美しい百合の花の刺繍を繕い、無償で男へ渡し、男は母様へ感謝してそれを妻へプレゼントした。

父様を刺していた老人は、妻を亡くしてから廃人となり家を持たない浮浪者だったが、ある冬の日、肺炎にかかり雪の中死にかけていた。だがそれを見つけた父様が我が家へ連れ帰り、母様の手料理を食べて、父様の治療をうけて回復した。

母様の髪をかき集めて袋へ詰めていた女は、自分の結婚式に奏でる音楽が欲しかったが、それを演奏できる奏者を呼ぶには金も時間も足りなかった。でも、打診された兄様が寝る間を惜しんで楽譜を1夜で覚え、兄様の美しいヴァイオリンの音色を背に、永遠の愛を誓った女だった。



『お前達は、彼らがたとえ人間でなくとも、それよりも素晴らしい者達から恩恵を受けていたのだ。その仕打ちがこれなのか。悪魔はお前達ではないのか?イアンが生き物を殺すような少年だと思うのか?』

『…お、俺達、俺達は、なんてことを…。』
『忘れていた、今までしてもらったことを。』
『みんなこの家族に助けられていたんだ、それなのにッ…!』


『…せめて、きちんと埋葬するのだ。そして忘れず、悔やみ続けるのだ。自らの愚かさを。』



神父様は項垂れる村人の間を歩き出すと、父様の前に立ち、虫の息の父様頬を撫でて、一筋の涙を流した。父様はそれに力なく微笑み、手のひらのぬくもりを感じていた。神父様はこちらへ振り返り、わたくしを見つめて歩み出した。



『○○、お父さんの傍へ来なさい。』

『……ぱぱっ!』


駆け出したわたくしは父様に突き刺さるものでハグをすることは叶わずとも、父様の目の前でやっと泣き出した。

神父様は倒れる兄様と母様の亡骸へ近づこうと歩みを進めたが、2人の傍へたどり着くことはなく、突然 縦に割れ、別れた半身は崩れ落ち、地面に血だまりを作ってただの肉塊と化した。



『うわぁあああああ!!!!』
『イヤァアアア!!!!』
『な、なにが起こったんだ?!』





『イヴァン...なんてひどい、姿だ。だから言っただろう?人間とは、欲深く、愚かで、それでいて自分たちが1番正しいと思っている。』

『イェルクヴェインともあろうお人が、最期は人間の愚かな勘違いで殺されちゃうなんてねー。』

『私達のように美しく、高貴な生き物が、なぜここまでの力があるとおもう?ねえジン。』

『.....俺には、わからない。でも、人間は、醜い。』



パニックに陥る村人達の行く手を阻むように現れたのは、4人の男女。

1人は銀色の長い髪をした男で、父様を見て悲しそうに微笑んでいる。
もう1人はクリーム色の髪を三つ編みにした若い男。
1人は真っ赤な髪に真っ赤なドレスを着た長身の女。最後のひとりは大柄な熊のような見かけをした男で、癖のある茶髪をいろんな所へ跳ねさせている。

彼らは長く伸びた黒い爪で神父様を切り裂き、そして村人を襲い始めたのだ。
村人は皆 突然の攻撃に逃げ惑うが、掴まれ、引きずられ、切り裂かれ、次第に沈黙してゆく。

女が1人、こちらへ近づいてきた。シスターは怯え、ロザリオを握り祈っている。思わずシスターを庇うように前に立ち塞がると、女は憎々しげにこちらを睨む。



『イヴァンと一緒の目だわ。いつだって私から奪っていく男!!ほんっといらいらする。』

『やめて...!シスターに何もしないで!』

『あーんもお!そーいうのがうざいっての、よ!』


ドカッ!


『ぎゃうっ!!!』


受身も取れずに叩きつけられることの如何に痛いことか。女はこちらを一瞥して憎しみを込めるようにわたくしの身体を蹴り飛ばした。シスターはがたがた震えながら女を見上げている。



『やっぱ人間なんて、奴隷でしか価値がないのよ。』

『ヒっ!!!!』



女が腕を振り上げる。シスターは目を見開いて息をつまらせ、わたくしは惨状を予感して地面に倒れたままぎゅっと目をつぶった。

しかし肉を裂く音はせず、変わりに風が巻き起こった。




『ケイティ、やめとけ。このガキンチョに今''覚醒''されちゃ困る。』

『な.....、大丈夫よ!!ただのクソガキじゃない!!』

『○○はイェルクヴェイン家の混じり気のない血族だ。この状態でメンタル崩れて獣化しててもおかしくねーのに、よくもってる方さ。最初の獣化じゃあお前でも手に負えねーぞ。』



女の振り上げた手を掴んだのは、クリーム色の髪を三つ編みにして横に流した男。女は憎々しげに歯ぎしりをしてシスターを睨むと踵を返した。男はシスターを見て興味無さそうに視線を逸らすと、地面に転がっているわたくしへと近づいてきた。



『うっ…!』

『お前は俺達の最後の砦だ。お前のオヤジが馬鹿じゃなけりゃ、こんな役目は無かったが、じきにお前の親父も死ぬだろ。俺達が護ってきた血を絶やさない為にも、お前には頑張ってもらうしかねーんだよ。

恨むなら、人を信じたクソ親父を恨め。』

『いっ、いたい!いたい!』



わたくしの長い髪を掴んで無理矢理引き摺り起こすと、そのままリードのように引っ張っていく。痛みからついていくと、壁に突き刺さって動けない父様の元へと連れていかれたようだった。そこには父様の頬を包んでいる銀髪の男もいる。

父様はもう目線も虚で呼吸も微か。
事切れるのはすぐだと子供ながらに気づいた。

なくなった下顎を動かすように頬をひくひくさせると、こちらを見た。



『パパッ...!』


『..あウ、ェ、イオを、いぅンえア、いえあイォ...(○○、人を、憎んでは、いけないよ)。』



銀髪の男は父様の頬を両手で包んで顔を歪める。
対して三つ編みの男は苦虫を噛み潰したような顔をして憎々しげに父様を睨んだ。



『あぁ、イヴァン……の後に及んでまだ……!貴方という人は……。君は優しすぎたんだ。安心してくれ、○○は私が責任をもって守っていくよ。イェルクヴェインの守護者として、しっかりと。』

『ハッ、頭が湧いてんなやっぱ。アンタの娘は貰ってく。自分の選択が如何に間違っていたか、地獄で反省でもしてろ。』



父様はわたくしにひとつの約束を投げて、そのまま力尽きた。わたくしは、ただただ今の喪失感と向き合わなくてはならなかったけど、それをする暇すら彼らは与えてくれなかった。



『死んだの?イヴァンは。』

『おう、すっかり人間くさくなっちまってたぜ。』

『ふーん、じゃ、行きましょう。もうお腹いっぱいだしここにいる理由も無いわ。』



殺された村人の血を啜っていた2人が黒い霧となって姿を眩ませると、銀髪の男がそれに続いた。わたくしの髪を掴んでいる男は父様を見つめ、そしてわたくしを連れて同じように村から姿を消した。

この日、ひとつの村が地図から消え、1人のシスターが海へ身を投げたと言う。




それから、わたくしの地獄の日々が始まった。