優しく笑って翼を与えて2




「都結!!!」
『いいからいけ!!!』

頭を掠った。パァンと鈍い音が脳で響き渡って消えていった。何かがたらりと落ちる音がするが、そんなの気にしている暇があったら次の手を繰り出すだけのことだ。ばらばらと粗い音を立て捲り上げ、攻撃をしかける。物語に登場する人物や形ならば何でも出せるらしい。

手当たり次第にウイスさんやモヒイトさんを呼びつける。勿論華神らだって、だ。

色んな人を繰り出しても、それでも模倣は模倣。本物になんて、勝てる訳がなくて。息を吐いて、倒れた三人に、「嗚呼なぁんだ。そんなものですか、」なんて吐き捨てられる。コツコツと音を立て、ぐあと声が入る。ばっと目を向け起き上がった。後ろから声が聞こえる。


「あっけないですねぇ、びっくりするくらいには。」
『っ、』

脆い、

なんて声がした直後の事だった。ガンと頭の中で音が鳴る。身体が痛い。何かに当たったのは分かった。だがその何かなんて考えている暇はない。本を捲って攻撃しなければならないのに、でもその本がないのを知るのはもっとずっと痛い痛みに慣れ始めたばかりで。

振る手に、はははと笑われる。この世界で選ぶべきは一つだけだと。指を指される。化け物に手をかけろ、というのだ。ピクルスは眠っている。寝た子を起こすなんてことはしたくないのだ。

だとしてもどうする。このまま敵を野放しに放置するか?なんてことはしない。胸が熱くなる。嗚呼、なんのゲームかは忘れたが、以前白鳥VSモヒイトさんが何かを嗚呼そうだ、オセロ。オセロをしたのだ。そしたら引き分けに持ち越したのだ。そんなこと今迄なったことなかったのだから、私は引き分けになった後、感動をして思わずモヒイトに飛びついたのを思い出した。

だって彼は上手かったのだ。

対して私がやったら滅茶苦茶に弱くて、話にならなかったから不貞腐れて部屋の隅に寝転がって蹲りフンフンと鼻息で返事を返す程にまで気分を悪くしていた。今思い出しても子供だったと思う。その子供みたいな対応を流しながらも、二人はオセロをしたのだから、二人共大人だと思った。まぁ片方は大人の年齢をゆうに越えている天使さんなんだがな。

まぁ白鳥さんとやって引き分けになった時、凄いと言って飛びついた時の言葉を思い出したんだよ。

ー凄い!凄いじゃんモヒイト!!!やるぅ!流石だね!!!

何で今なのかなんて、分からない。それでも、私は

『(…私は、何時も一緒だった)』
「…ん?」
『(辛い時だって悲しい時だって傍に居てくれた。例え幻だって夢だって。私が守られ私が生きる世界に、あの子達は生きてくれていた。)』

それが何よりも嬉しかった。何よりも掛け替えのない時間だった。それを蔑ろにされたくなんてなかったし、されると分かっていたからこそ、黙っているということはしたよ。だって言えば蔑ろにされる。後ろ指を指され、本当に大事なものを汚されるということに気付いた時は既に遅くて。全てが台無しになる。

それでも無理矢理探されて、見せしめにされた時、どれ程の絶望を経験したか、彼等は知らない。手を伸ばした。自分が好きであったからこそ、迷惑をかけるなんてことがあるなんて知りたくなかった。大事にしたかった。貴方の世界を私も見たかっただから、自分が背伸びして成長する以外術がなかったと勝手に決めつけていた。

そうして、その後は。もう分かる話だ。



手を降ろすしかなかった。


大事ならば、その人の未来を、好きを望むのであれば。私如きの成長が未熟なこの時間に付き合わせることの方が無駄なことだと思えてしまえる自分が何よりも嫌だった。自分が好きでいなければ、あの人だって嫌がると分かっていながらもである。だから、だから伸ばした手を降ろしてしまうしか術はなかった。

本当に?

それが全ての最善だった。

本当に?

その日の自分は、そうしたから、今がある。

その選択で、良かったの?



そうだ、私は物語を「作る側の人間」なのだ。


ならば選ぶべき選択肢はたった一つ。


『(貴方に会おう)』


もう一度、何度だって。


ふと周りに絵画が広がってしまう。背中にも同じ様な額縁が広がっているのだろうか?奥には一体誰が居るのか分からない。それでも、今後ろにある場所は、何処か想像が付いてしまえていて。嗚呼、白い白紙の紙に色とりどりの色が乗せられていく。

突如世界が変わった。

日が差し込んでくる、何処か知らぬ路地裏に来ていたのに、何故か驚きすら沸き起こらなかった。目の前にはみすぼらしい紺色のワンピースを来た子がしゃがんでこっちを見ていた。その眼は何が言いたいのかは分からない。それでも一つ分かったことは、その眼は「どうすればいい?」と何をしていいのか分からなさそうな目を向けていたということだけだった。だって眉が下がっていたから。

私はその薄汚い路地裏に座る子に吐き捨てるような音を吐いた。手にはボロボロになった折り畳み傘かも分からない傘があった。子の真下には人様のゴミ捨て場であろうゴミ箱があった。



その薄汚い傘を人様のゴミ箱に捨て去ろうとして何をしたい?




はっと吐き捨て笑い立ち上がった。

後ろには何故かコルン様が立ち見下ろして居るのがわかった。振り返らねば分からないはずなのに。声で判別する前に知れたのが夢だと知る。




嗚呼ここは夢の中だ。

私は夢の中ですら、その


「本当にその選択で宜しいのですね?」



ー此方としては別に居なくなるなら構いませんが、本当にその選択で。貴方はこの人生後悔などしない。と、断言出来る覚悟がおありだ。と、いうことですね?


その選択をして、人の安堵した表情一瞬だけの為に息をしたがるのだろう。


そして目覚めたらあの白に限りなく近いであろう天井を見ると共に雀の鳴く音で気付くのだ。


嗚呼、なんて酷い悪夢を見たのだろうか!








そう、



私が


『”私がその物語に成れば良いだけの話”だろうが!!!!!』

都結は両手を叩き、そのまま手を地面に振り落としてから何かを一気に持ち上げる動作をした。地面を揺らし上げたのだ。空中に飛ばせてしまえば、追加で翼の生えた莉月栞が攻撃を畳みかけていく。その頭上になんて目もくれていない。弓が引く。声が上がる。叫んだ声に、音が劈く。手を離した。白い弓矢は真下に落ちる筈だった。





パキリと音が鳴った。




実に嫌な音だった。




身体が止まった後、視界が暗くなった。世界がまるで黒に塗りつぶされたみたいに。

そのクリスタルがボロボロになっているのだけが見えた。

床に寝転がった状態で見えた。

それだけがただ、何かが落ちたみたいだった。


ふわりと目の前に光る帯が見えた。


『(栞…?何で今更こんな処に)』


目を瞬きするのも億劫だけど、起き上がるしかなかった。何時の間に倒れていたのだろうか、分からない。それでも雑音が音をクリアにしてくれた。栞を手に取った。かさりと音が鳴った。笑っている声が「さあ!」と叫ぶ。



「力を解き放ってしまえ!!!!!向水都結よ!!!!!」





神が選んだ天使の生まれ変わりよ!!!




その言葉に、ハッと目を見開いた。



顔を上げた。その場所には、嬉しそうに笑ったお人が見えた。黒髪の女性が、輪を持っている。嗚呼止めて、塗り替えないでいや違う、剥がれ落ちていくのだ。自分が無理矢理塗り込んだ場所が、剥がれ落ちて、解けて消えていなくなる。白い髪色の女性。輪を持っている女性。ひし形の輪を持つ男性に、輪を三つ持った女性が子供を抱いて言う。





ー大丈夫よ、パパとママは何時だって貴方の味方よ?


ねぇ”アニュアル”



『”まま”』



クエスチョンマークを付けたい程に弱弱しい声で振り絞って答えた言葉は、掠れていたことだろう。身体を起こし、そのまま手に力を作り上げ、勢いよく投げつけた。クラウチングスタートからの投げ槍である。誰がそんなやり方を教えたのだろうか?教えた人が居たら今すぐこの場に叩き落として欲しい。こんなやり方はして意味がない。

その投げた槍は目的の場所にさくりと入り、世界が燃え広がって消えて黒になる。明るい世界は暗がりに戻って、また空から笑い声が広がる。瞬きをしたら、次は


ー明日の忘れ物はないですよね?


私が見たくない情景が広がっていた。月明かりに落ちている男性の姿なんて、見たくない。影が伸びる。見たくない。風が冷たくて巻き上がる。知りたくない。なんでこの寒い中窓を全開に開けたんだ。というか窓を全開に開けなくとも、換気であれば、いや換気だとしでも一センチでいいだろうが。なんて考えは頭の片隅であって欲しい。


ねぇ、お願い神様。

いるならどうかこっちを向かないで。

彼を此方に向かせないで下さい。

その背中だけを見させてよ。



そしたら私は笑って嗚呼と胸を撫で下ろせるというのに。貴方は手を使って、私の顔を向かせてくれた。





ーさ、寝てしまいましょう?



私の大好きな




『”りと”』




最愛の天使様よ。






ぼろりと何かが零れ落ちた。嬉しそうに笑った表情が崩れ落ちる。もう、何もかもが分からなくなってしまうというならば、いっそのこと全てを


全てを?



私に残された「全て」は一体何処の「統べて」だ?



「はぁ…貴方の気持ちは、その程度だったのですか?」
『は?』
「でしたら、案外ろくでもないものだったんですねぇ〜」

惚けたような、でも芯はある声にばっと顔を上げた。振り返ればふっと笑ったコルンやサワアが居た。肩を叩いて、ゆっくり息を吸って吐いてしまいなさいと言う。彼等でも一つ違う処が見えた。


黄色のリボンと茶色のリボン。



はて、一体そのリボンは「誰に」付けるつもりだった?




「貴方の感情は意志は想いは、その程度で廃れ朽ち果てるというのですか。はっ、無様ですねぇ?…人に突き付けられ、自分の大事なモノを壊された今のお気持ちは如何ですか?」
『っ、』
「おや、そんな顔をしても怖くなんてないですよ?…怒りと言うのはですねぇ、」



【このような顔をなさるんですよ?】



そう言ったサワアの顔が豹変した。ニコリと笑っていた顔に殺気が入る。普段丸い目が細くなった。まるで猫の目みたいだった。拍手をする音に顔が向く。怖い怖いと言う彼に、都結の身体を掴んで引っ張った。その場所に穴が空く。数秒前まで居た時間が続いて居たら、今頃どうなっていただろうか?

「っと、流石に避けられちゃうか。ざぁんねん。もう少しだったのに。」
「…おふざけは大概になさって下さい。」

これが…待てよ?

『…ねぇサワア』
「なんです?」
『春の陽だまりに微睡んで、くらり狂って分からなくなってくれやしないかな。』
「っ!!!」

両手を広げ上げ、上に位置する彼の頬にと、手をかけた。まるで反りあがるエビちゃんみたいに。背を曲げて笑う。


不思議と心は晴れやかだった。こんなくらい世界とは打って違って。頭の中は何も無かった。雲ひとつだって見つけれやしない。霞んだ雲も、針で突き刺した痕の様な点すらも。残されていやしなかった。ふと笑い声が聞こえた。端的な小さな一瞬だけの音だった。嗚呼間違わない。あの音は声は全て貴方がの



【”時を止めましょう”】


停止線より越えては止まれの約束は果たされないからね。


『”フェルマータ”』

その言葉で、手に込められていたものを解き放った。世界は青々とした世界で満たされ、私の意識は綺麗に無くなって何処かに消え去ってしまった。次に目覚める日は一体何時になるのだろうか。わかりゃしないけれども。

きっと良い日になっていることだと、私は信じて今日も夢を観ていたいと思っている。





































































「おや、もう紅茶が切れてしまったようですね。」

では買い出しに行きましょうか。そう言って扉が開かれる。風が扉から入り込んできた。肌よりも数度低い。それでも寒いとは思えない気持ちのいい温度の風が。頬を髪を肌を、何かに纏わりついていたモノを拭い去ってくれる。そんな気がした。



「いってきます」

いってらっしゃい。











泡沫の白昼夢


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