黒猫の日々

イタリアからやってきたアイツ





「Finalmente sono arrivato in Giappone.」

流暢なイタリア語が空港に落ちる。
こつん、と空港の床を踏んで歩くブレザーの制服を着た黒髪の少女ーーー相馬依都はゆるく息を漏らす。ゴロゴロと土産やら服やらが詰まったキャリーバッグを片手で転がして行き、空港から出ると慣れた手つきでタクシーを拾った。

「Ciao……あ、ごほん、…並盛中学校まで」

間違えた、と咳払いをしてから目的地を告げる。タクシーに揺られながら近づく目的地にいる、自身にとってのボスを依都は想うのだ。ボスと想われているとはそう想われている本人は知らないだろう、依都にとっての幼馴染、沢田綱吉。ボンゴレ十代目の血を引く彼の元にはその宿命のために家庭教師として最強のヒットマン、リボーンがやってきているはずだ。その来日に伴い、というよりも間に合わせる為に依都は仕事を急いで並盛に帰ってきたのだ。

「着きましたよ」
「ありがとう」

タクシーを降りた先は並盛中学校の校門前。数週間ぶりの学校に懐かしさを感じながら校門を潜ると、体育館から騒がしい声が聞こえて依都は首を傾げる。

「お前のお気に入りがやったんだぞ」
「リボーン!」

声の方向を見れば校内に植えられた木の枝に立つスーツ姿の赤ん坊、最強のヒットマンリボーンの姿が目に写り、依都は驚いた声を上げる。

「もう接触したの!?」
「お前が帰ってくる二日前からな。オレの仕事は早いんだ」
「早すぎるわ。私、まだツナになんの話もしてないのに」
「そのツナだがな、……体育館に行ってみろ。おもしれーものが見れるぞ」

それを聞いた途端がたがたとキャリーの音を立てながら依都は走り出す。リボーンという家庭教師がある程度の無茶振りをすることは知っていたので、幼馴染である綱吉が心配になったのだ。慌てて髪を乱しながら着いた体育館の扉を開ける。ガラガラッと大きな音を立てたにも関わらず、体育館の中はそれよりも騒がしく、湧いていた。

「めちゃくちゃだけどイカしてたぜっ」
「なんかスカっとしちゃった」
「見直したぜ」

なんて言われて生徒たちに囲まれているススキ頭の少年が依都の金色の目に入る。パンツだけの姿の、あどけない子ども。息を呑んで、依都はじいっとその中心にいる少年、綱吉を見つめる。いじめられていた、ダメダメなんて言われていた、世界で一番大好きな幼馴染が、認められている。目の前が滲むのを感じて、袖で目を拭う。
そんな最中、聞こえた声に依都は弾けるようにキャリーを投げ出して、綱吉に向かって走り出した。

「ツナ君ってすごいんだね。ただ者じゃないって感じ!」

ーーそうだよ、ツナは凄いんだ。
白い腕が人混みを掻き分けて綱吉の首に回る。ぎゅうっと、効果音のなるように強く、強く、今日の王様になったのであろう幼馴染を依都は抱きしめた。世界で、一番の彼女のボスだ。

「そう、ツナは凄いんだ。……見る目があるね、笹川さん」
「ぐえっ、……依都〜〜!!??」

柔らかな髪に頬擦りするように抱きしめる依都の名前を正しく呼んでくれる綱吉に依都は笑う。その様子に目の前にいた綱吉の想い人たる笹川京子は、くすくすと実に女の子らしく朗らかな笑みを見せた。

「依都ちゃんと、ツナ君は今日も仲良しだね!」
「過保護の相馬が来たのか…」
「親戚の用事で海外休みって聞いてたけど帰ってきたんだな」
「こりゃ、持田センパイ髪だけじゃすまないんじゃねえのか」
「ちょ、ちょっと依都、恥ずかしいだろ、離れてよ」
「久々なのに……」

外野の話など依都には聞こえてはいない。依都にとっては綱吉こそ至上であり、それ以外は興味もなかった。といっても、綱吉が片想いしている少女の京子には、多少の興味は持っていたのだが。なにせ、自分のボスの片想い相手だ、興味があって当然ともいえる。

「私、依都ちゃんとも、ツナ君とも、お友達になりたいな。ダメかな?」
「そっ、そんな!う、嬉しいよ」
「ツナが嬉しいなら、依存はないよ。……京子、ちゃん」
「うれしい!」

裏のない、可愛い女の子だ、と依都は思っている。そんな女の子と話したことがない、関わったことがない。幼い頃から、一緒にいたのは綱吉だけだった依都にとって、はじめての言葉に数度目を瞬きさせてから、綱吉の読んでいた名前をなぞる。すると、花が綻ぶみたいに笑った京子の顔が、本当に花を咲かせたみたいで、依都は数度瞳を瞬かせてから浮かれる綱吉の背で子どもみたいに頷いたのだった。

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